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第15回 飯能新緑ツーデーマーチ

1:亀さん:

2017/04/01 (Sat) 03:23:09

host:*.t-com.ne.jp
2017年5月27日、埼玉県飯能市でツーデーマーチが開催されます。そこで、同行者を募ると同時に、ツーデーマーチについての情報交換等の場として、本スレッドを立ち上げました。

集合時間・場所、その他については、ブログに書きましたので一読ください。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-1361.html

また、飯能市役所の案内も参照にしてください。
http://www.walking.or.jp/tournament/0fab8a44d339ae40fe069079848330f2359824e2.pdf

参加を希望される方は、本スレッドに一言お願いいたします。では、皆様とお会いするのを楽しみにしております!


亀さん@人生は冥土までの暇潰し
377:亀さん :

2018/08/23 (Thu) 19:27:28

host:*.net.ar
ブエノスアイレス滞在記 19(最終回)

現在のブエノスアイレスは朝の7時過ぎ、シルビア一家と最後の一時を過ごしたり、荷物をスーツケースに詰めたりした後、シルビアの夫オスカルが運転する車で空港へ向かう。

フライトは夜9時台(現地時間)発の飛行機で、翌朝の7時台(現地時間)に10時間強のフライトでニューヨーク着、5時間ほど待機した後、再び昼の13時台に発つ羽田行きの便に乗り、14時間のフライトで25日の夕方に羽田着。天気予報を確認したところ、当日の飯能市の最高気温はナント36℃、翌日も36℃…。せっかく冬に身体が慣れたというのに、真夏に逆戻り、時差ボケも手伝って暫くはフル回転できそうにないwww 一段落したら、写真入りでブエノスアイレス滞在記をまとめなおし、アップを予定している。

ともあれ、滞在記というよりは単なる雑記で終わってしまった感がするが、ご容赦のほど。



亀さん@人生は冥途まての暇潰し
376:亀さん :

2018/08/22 (Wed) 19:14:30

host:*.net.ar
ブエノスアイレス滞在記 17

今回アルゼンチンに発つ前に、現地で目を通したいと思って入手しておいた、『国家テロリズムと市民―冷戦期のアルゼンチンの汚い戦争』(杉山知子 北樹出版)、アメリカとアルゼンチンで検問に引っかかるのではという最悪のケースを想定し、出発間際まで持っていこうかどうか迷ったのだが、結局スーツケースに詰めることはせず日本を発っている。

ブエノスアイレスに滞在してから数日後、時間的な余裕が出来たことから、どのような内容の本なのか確認したところ、桜井敏浩氏の書評が目に留まった。
https://latin-america.jp/archives/23324

最初に桜井氏はアルゼンチンにおける国家テロリズムとは、どのようなものだったのかについて以下のように記している。

**************
1976年アルゼンチン軍部はクーデターによりイサベルを放逐し、「国家再組織プロセソ」により3軍が組織的に左派活動家のみならず市民まで拉致、拷問、処刑、遺体の隠滅などを行い、1~3万人が犠牲になったと言われる状態が、1982年の対英マルビナス(フォークランド)戦争の敗戦で軍政が終わるまで続いた。
**************

桜井氏の書評によれば、著者の杉山女史はコロンビア大学で博士号を取得という経歴が示すとおり、アメリカについては「米国の明確な民主主義外交姿勢」と高く評価しているようで、凡その思想的背景が透けて見えた。そうした点は割り引いた上で、帰国後に同書を一度紐解く価値はありそうだ。一読後、思うところがあればブログ記事にしたいと思う。

それはともかく、何ゆえに杉山女史の『国家テロリズムと市民―冷戦期のアルゼンチンの汚い戦争』を、スーツケースに詰めることに躊躇したのかと云えば、アルゼンチンでは鳴りを潜めてはいるものの、未だに国家テロリズムが続いているのではと危惧していたからだ。

結果として杞憂に終わった。シルビアの家で夕食後に家族で見るテレビニュースも、前キルチネル政権に対する反対デモが、ブエノスアイレスの中心街にある五月広場で、毎週のように盛んに行われている模様を中継しているし、シルビアの妹クラウディアと娘も昨夜のデモに参加したらしく、デモに参加した記念スナップを送信してくれたほどだ。

日本の場合、国会議事堂前で繰り広げられているデモなんか、政権にとって痛くも痒くもない事象に過ぎない上、デモに参加している人たちにしても、ぎのご怪獣さんも指摘しているとおりシールズといった胡散臭い連中や、改憲反対を叫ぶ平和ボケの爺さんや婆さんが中心だ。一方でアルゼンチンの場合、流石に国家テロリズムで多くの同胞を失い、さらにはマルビナス(フォークランド)戦争で、大勢の若者を戦死させた体験を持つだけに、彼らのデモは本物である。



亀さん@人生は冥途まての暇潰し
375:亀さん :

2018/08/21 (Tue) 19:30:47

host:*.net.ar
ブエノスアイレス滞在記 16

親友のシルビアから聞いた話だが、あるアメリカ人夫妻がアルゼンチンに観光旅行に来て、ブエノスアイレのボカ地区で金を盗られそうになった時、抵抗したためアメリカ人の夫が大ケガを負い、急ぎ市営の病院に運ばれて応急手術を受けたことかあったという(非アルゼンチン人であっても治療代無料)。話には続きがあった。手術を担当した若いアルゼンチン人医師、せっかくのクリスマスを病院のベッドで過ごす羽目になりそうだったアメリカ人を自宅に招待し、美味しいクリスマス料理を振る舞ったというのだ。なんとも心温まる話ではないか…。アメリカ人夫妻を自宅に招待した、アルゼンチン人医師が語るところによれば、ケガをしたアメリカ人を自宅に招待したのは、自国アルゼンチンに対して悪感情を抱いたまま、帰国して欲しくなかったという一心からだったとのこと。

このように、どこの国にも掻っ払いといった悪人がいるかと思えば、他人の心を思いやる人たちもいるといった、あるありふれた話を親友のシルビアがしてくれたわけたが、その彼女自身、若いころは世界各地を放浪するといった具合に、まさに青春を謳歌してきた。しかし、今ではすっかり家庭の主婦におさまり、日々懸命に家事をこなしている。そうした生き方について彼女自ら語ってくれたことは、「家族のためにしていることだから苦にはならない。それに、私は自分がしたことで、人が喜んでくれるのを見るのか好きだから」と語るのであった。それから話は幸福論などに展開したわけだが、そうした彼女の生き様を心から尊敬する。

>>327で小生の歓送会で大勢の人たちが集まってくれた話を書いたが、歓送会の食事や飲み物すべてを用意してくれたのが、シルビアとその夫であった。「本当に良い歓送会だった。ありがとう」と言うと、「私たち夫婦も亀さんをはじめ、皆さんに喜んでもらえて嬉しい」という言葉が返ってきた。



亀さん@人生は冥途まての暇潰し
374:亀さん :

2018/08/21 (Tue) 04:50:50

host:*.net.ar
>>373

出世外人さん

シルビアに第一子である女の子が誕生したものの四日後に昇天、爾来、今まで毎週日曜日に通っていた教会から足が遠のき、カトリックへの信仰心も薄れたと打ち明けてくれましたが、それでもなを、唯一の神の存在を信じている心は不動と語っていました。

> 到底理解の範疇の外

宗教同様に、日本人の自然観(アニミズム)や古代神道の精神といった世界も、一般の西洋人には理解の及びない分野なのでしょう。このあたりは乳酸菌の培養とも関連してきますが、結局シルビア一家で乳酸菌の培養を伝授することは諦めましまた。ただ、ウルグアイの親友アナベールは日本のこと、殊に黒澤明監督の映画には、日本精神とも云うべきものが貫かれていると見抜いていました。そのあたり、日本人の自然観に加えて、バイオの専門家であるアナベールと乳酸菌について、今度は徹底的に時間をかけて意見交換をしてきたいと思っています。



亀さん@人生は冥途まての暇潰し
373:出世外人 :

2018/08/20 (Mon) 22:09:06

host:*.bbtec.net
>>372

>たとえば輪廻転生。彼女に「輪廻転生を信じるか?」とズバリ問うてみたところ、「信じない」と即答。

いかに親友同士であっても、それほどに世界観が異なるんですか・・・

亀さん同様、私も「死んだ時の肉体のまま、キリストと共に復活する」といった世界観は、到底理解の範疇の外です。

言い換えれば生死観の差は即、時間観念の差であるわけで、それぞれ異質な時間観念を持つ人々が集合した社会というのは、性質や構造が丸っきり違うものになるのは当然ですね。

グローバル社会とかいいますが、この複雑さを理解しようとするなら、日本人としては最低でもプロテスタントとカソリックの生死観=時間観念を理解しておくことは必須ですね・・・。

372:亀さん :

2018/08/20 (Mon) 21:03:33

host:*.net.ar
ブエノスアイレス滞在記 15

ブエノスアイレスの滞在も残すところ4日、昨日は7名の来客があり、シルビア一家を含めた総勢11名で小生の歓送会を催してくれた。大いに語り、食べ、飲み、踊った次第である。そして一夜明けた今朝は、ナント気温が1.7℃…。朝起きて庭で一服した時、寒いとは思っていたが道理で…。

ところで、東洋経済オンラインに興味深い新刊本が紹介されていた。

『科学者はなぜ神を信じるのか コペルニクスからホーキングまで』
三田一郎著 
https://toyokeizai.net/articles/-/233870

記事をサーッと斜め読みしてみたが、既知の内容のようなので、敢えて手に取って読む気は起らなかった。以下は、著者である三田一郎氏の略歴が分かる上、同書の結語もほぼ想定できる記述となっている。

**************
『科学者はなぜ神を信じるのか』は、素粒子論を専門とする一流の理論物理学者にしてカトリック教会の助祭でもある三田一郎先生による、物理学の歴史という視点からの神についての考察だ。
**************

同記事を斜め読みしながら、ブエノスアイレスに到着早々、厳格なカトリック教徒である親友のシルビアと、カトリック史、一神教と多神教、輪廻転生、アニミズムと、多角的に宗教について語り合ったのを思い出した。

たとえば輪廻転生。彼女に「輪廻転生を信じるか?」とズバリ問うてみたところ、「信じない」と即答。小生がさらに、「しかし、イエス・キリストは十字架に架けられた後、再び復活しているではないか」と問い詰めると、「それは、イエスは神の子からだ。私たち一般人は生き返るわけではない。だから、人生も一度きり」と回答してきたものである。その他に興味深い宗教を巡る会話を行っているが、今回は割愛する。

神の存在を心から信じている様子の親友を見て、彼女の古郷であるノゴジャでの体験を思い出した。それは、彼女の両親が眠る墓地ではなく、46年前にお世話になった彼女の実家での体験だ。今では誰も住まなくなった彼女の実家の大掃除を、彼女と夫のオスカール、そして小生の三人で手分けして行ったのだが、「あぁ、このテーブルでシルビアの両親と食事をしながら、楽しい団欒の一時を過ごしたっけ…」と、徐々に当時の記憶が蘇ると同時に、シルビアの両親の気配が感じ取れるようだったし、鰯の頭も信心からではないが、モノにも心あるいは精神(八百万の神々)が宿っているのでは日頃感じている身として、唯一の神を信じる親友との間に横たわる深い溝を感じたことだった。

さて、本日の8月20日はサン・マルティン将軍命日とのことで、アルゼンチンでは振替休日だという。そして今日の夕食は庭でアサドを豪快に焼きつつ、満点の星空を眺めながら楽しい夕食の一時を予定しているとのことで、今から楽しみだ。



亀さん@人生は冥途まての暇潰し
371:亀さん :

2018/08/19 (Sun) 21:22:52

host:*.net.ar
ブエノスアイレス滞在記 14

今朝もいつものように目が覚め、新しい一日が始まった。今日も一日を過ごせるのかと思うと、天に感謝したい気持ちで一杯になる。この「生きる」ということだが、今年の一月、飯山さんが五木寛之の『孤独のすすめ』から以下の文章を引用している。

***************
まず考えられるのは,人には「何がなんでも生きていたい」という本能,“生存欲”があるからだが…
笑われるのを承知で言えば,私は「この世界がどう変わっていくのか,見ていたい」だけなのです.
日本だけでなく,アジアが,世界全体が,この先どのような変貌を遂げていくのかを目撃したい.知りたい.そのために長生きがしたいと思う.

◆2018/01/17(水)  「疲れない体」と「折れない心」のつくり方
http://grnba.jp/more108.html#ai01171
***************

そして、五木の文章を引用しつつ、飯山さんは以下のように書いた。

***************
五木寛之著『孤独のすすめ』からの抜粋ですが…,ワシも全く同じ気持ちです.
***************

その飯山さんが亡くなってから、早一ヶ月が経った。今回のアルゼンチン行きに向けて慌ただしい数日を過ごしていた、まさに旅立つ前日に志布志にいた堺のおっさんから訃報の知らせを受け、アルゼンチンに向かって旅立ったことになる。ブエノスアイレスに到着後は、連日のように英語のできる親友のシルビアを中心に、現地で多くの友人と語り合った。その旅もあと数日で終えようとしている今、改めて一ヶ月に及ぶアルゼンチン滞在を振り返るに、当初は意識していなかったことだが、まさにこれからの自分はどのように生きていくべきかについて、深く見つめる旅ともなったようである。

肝心な今後の生き方だが、最初に脳裏に浮かんだのが飯山史観。数名のアルゼンチンの友人に飯山史観を説明していくなか、飯山さんが果たせなかった飯山史観のまとめを、小生が中心になってでも完成させなければと、つくづく思ったのである。そして、飯山史観が完成した暁には、アマゾンあたりで電子本といった形で出版し、後世に残すのも一つの方法であるという考えに傾きつつある自分がいる。また、堺のおっさんが提案する飯山さんの業績を、記念碑といった形で志布志市に残すという計画も是非実現させたいものだ。ともあれ、これからしばらくは飯山史観の完成を目指すと同時に、野崎博士の乳酸菌事業や放知技での堺のおっさんの政治、メスペサドさんの経済、ぎのご怪獣さんの告白を側面から応援していきたいと思う。そして、野崎博士、堺のおっさん、小ボンボンさん、絶食青年といった有志が中心になって進めている、乳酸菌事業、大輪の花を咲かせて欲しいと心から思う。。

若いころと違って「何でも見てやろう」という旅の仕方は消え、今回は一か所(友人宅)で多くの友人と語り合う日々を過ごした。ウルグアイに行ったのも、アナベールの母親と会うため、アナベールと多くを語り合うためだった。これは、還暦を過ぎた身として、もう残された時間は長くはないと、心のどこかで悟っているためかもしれない。このあたり、飯山さんの死に接して一層強く思うようになった。

それにしても、英語ができる親友シルビアの家にお世話になれたことは大変有難かった。今朝も早起きした彼女と朝食をとりながら、昨日もう一人の親友ホルヘの御母堂(92歳)、ホルヘの兄夫妻、親戚のエルネスト夫妻との再会を果たし、三時間ほどランチを共にしたのだが、英語ができる者が一人もいないため、会話に大変苦労したことを話しつつ、話がいつしか彼女の故郷ノゴジャに及んだ。シルビアの両親が眠る墓地でつくづく思ったことは、今の我々があるのも父母、祖父母、そしてご先祖様がいたからこそであり、そのうちの一人でも欠けていたら今の我々は存在していないということだった。また、地球の反対側に住む亀さんとアルゼンチンのシルビアが、若いころに神計らいでロンドンのイタリアレストランで一緒に働いたこと、そして46年後の今でも交流を保っているということの不思議さなどを語り合い、今日の朝食を終えた。

さて、今日はシルビアの妹夫妻や二人の娘夫妻が遊びに来る。当面は会うことがないであろう彼らと、心ゆくまで語り合っておきたいと思う。



亀さん@人生は冥途まての暇潰し
370:亀さん :

2018/08/17 (Fri) 20:47:33

host:*.net.ar
ブエノスアイレス滞在記 13

8月16日、親友シルビアの夫オスカールの運転する車で、首都ブエノスアイレスから高速に乗り、一路北を目指した。六車線の高速道路をしばらく走行した後、エントレリオス州へ向かう幹線に切り替えた。そして、マル・デル・プラタ川にかかる巨大な橋を突っ切り、中州に入る。中州といっても巨大な島であり、縦断するのに20分以上もかかった。再び次の巨大な橋を渡り終え、エントレリオス州に入る。しばらく湿地帯のような光景が続いたかと思うと、やがて牛が放牧されている、巨大なパンパスが車道の左右に広がり始めた。あたかも大海原ならぬ大草原の中を、ひたすら車で突っ走るという感じであった。

途中の休憩をはさみ、4時間ほどのドライブで漸くシルビアの故郷であるノゴジャに到着、46年ぶりの再訪であった。早速、お世話になった親友シルビアの父母が眠る墓地に向かう。墓地と言っても、両親の墓地は石造りの遺体安置室であり、一種の芸術作品といった趣があった。ちなみに、ブエノスアイレスにもレコレータ墓地という、観光名所の一つとなった有名な墓地がある。
https://www.tripadvisor.jp/Attraction_Review-g312741-d311760-Reviews-Recoleta_Cemetery-Buenos_Aires_Capital_Federal_District.html

シルビアの父母は火葬して納骨しているものとばかり思っていたが、シルビアに詳しく聞くに、火葬せずに防腐処理した状態で安置してあるとのこと。ともあれ、墓前に手を合わせ、46年ぶりに戻ってきたことを、大変お世話になったシルビアの両親に報告した次第である。

ノゴジャから戻り、シルビアと日本とアルゼンチンの埋葬文化について色々語り合った。そしてシルビアに思い切って、死後は両親の眠る納骨堂に君も入るのかと聞いた時、キッチンで調理していたマリオンが、何やら大声で我々に向かって叫ぶ。シルビアによると、死後の話なんかして欲しくないと、マリオンが言っているのだとシルビアが教えてくれた。思えば、日本でも自分が亡くなった後の話を息子たちにすると、必ず顔をしかめていたのを思い出した。

再び訪れるようなことがあれば、今度は夏季に行ってみたいと思う。シルビアも今では誰も住んでいない両親宅で数泊し、その間に私有の牧場で一日を過ごそうと提案してくれた。



亀さん@人生は冥途まての暇潰し
369:亀さん :

2018/08/14 (Tue) 20:58:22

host:*.net.ar

ブエノスアイレス滞在記 12

昨日の午後、親友のシルビアとアルゼンチンの歴史について多岐にわたり語り合ったのだが、最も印象に残った彼女の言葉は「スペインは嫌い」というものであった。

なぜか? 彼女の言葉を借りれば、「スペインが南米のアルゼンチンに入植した16世紀当時、侵略者であったスペイン人かインディオを大量に殺戮し、長きにわたって(1516年-1810年)アルゼンチンンを植民地化した」ことにあるという。その後、1862年の国家統一をはさみ、イタリア系を中心に、ドイツ人、イギリス人、ユダヤ人、ロシア人、ウクライナ人といった多国からの民族がアルゼンチンに移住、白人系を中心とする国の基礎が出来た。したがって、現在のアルゼンチンはイタリア系が中心ということもあり、イタリア人気質の国と云っても過言はない。しかしその後は半世紀にわたり、徐々に周辺諸国からの移民が激増しているのだが、そのあたりは>>358の「アルゼンチン滞在記 07」でも少し触れた。

それにしても、シルビアの父親はイタリア系、母親はスペイン系ということもあり、スペイン人の血が流れていることで複雑な感情を抱いているのではと勝手に想像していたのだが、「スペインは嫌い」という彼女の言葉を耳にし、長年の疑問が漸く氷解した次第である。

さて、いよいよ明日はシルビアの夫の運転する車で思い出の地ノゴジャに行き、シルビアの両親の墓前で手を合わせてくる予定である。1972年ノゴジャに滞在したのは十日間ほどだったが、当時はアジア系が珍しい存在だったようで、数週間前にシルビアの妹クラウディアに聞いた話では、小生は初めての日本人ということで、当時のノゴジャの街では「有名人」だったとのことだ。今では牧畜事業に進出している中国人や韓国人といったアジア系の移民が増えているとのことだが、未だに日本人はいないとのことだ。



亀さん@人生は冥途まての暇潰し

【訂正】

拙稿「思い出のアルゼンチン」で、亀さんの元に一晩でシルビアの「親戚や友人の可愛いセニョリータが総勢10名も大集結」と書いたが、クラウディアの話によれば、正確には15名だったとのことだ。よって、ここに訂正します。

http;//toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-1479.html
368:亀さん :

2018/08/14 (Tue) 06:40:02

host:*.net.ar
ブエノスアイレス滞在記 11

今朝、政治通のシルビアから貴重な話を聞いた。それは1972年月下旬、船とバスを乗り継いでアルゼンチン国境からチリ国境に向かってアンデス山脈を横断時、アナベールと彼女の母親と言葉を交わしたのをかっかけに、サンチャゴまで一緒に旅をしたのだが、当時のアナベールは高校三年生の16歳、だから、親子で冬休みを利用して旅行をしているものとばかり思っていたのだが、モンテビデオで当時の思い出を語り合っていた時、自分たちで撮った写真は一枚もないという彼女の言葉を耳にして、「アレ?」と一瞬思ったのだが、直ぐに次の話題に切り替わったのでそのままになった。ブエノスアイレスに戻り、何気なくシルビアに話すと、アナベールのそれは単なる旅行ではなく、政治的亡命そのものだと指摘され、今頃になってアナベール親子がはるばるウルグアイから、チリまで来た理由を呑み込めた次第であった。それにしても、平和ボケもいいところ…。

念のため、ウィキペディアで「ウルグアイの歴史」にアクセスしたところ、冒頭の以下の見出しが目に入った。
=============================
7 南米のスイス(1903年-1955年)
8 衰退と社会不安の時代(1955年-1973年)
9 軍事政権時代(1973年-1985年)
10 民政移管以降(1985年-)
=============================

つまり、アナベールとチリの国境で言葉を交わした1972年8月は、8の「衰退と社会不安の時代」の末期に相当する。これは、あと一年遅かったら国外を出ることもままならず、下手をすると殺されていた可能性が高かったことを意味する。それにしても、チリのアジェンダが殺されたのが1973年なら、ウルグアイが軍事政権に移行したのも1973年と象徴的だ。なを、小生はアジェンダ大統領のパレードに遭遇し、一瞬だが大統領と目を合わせている。そのあたりは、拙稿「45年という歳月の重み」にも書いた。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-1135.html

ところで南米に吹き荒れた軍事政権だが、その背景としてウィキペディアの以下の記述がヒントになる。

=============================
1973年の総選挙で人民連合は大統領選より更に得票率を伸ばした。こうした状況に失望した反アジェンデ勢力は、アメリカのヘンリー・キッシンジャー国務長官とCIAの支援と黙認の下で、武力による国家転覆を狙うようになった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/サルバドール・アジェンデ
=============================

当時のスウェーデンは、政治的迫害に遭っていた南米の人たちを積極に受け入れていたとはシルビアの言だ、アナベールと母親もその流れに乗ったのものであった。来年の暮れから再来年の2月頃にかけて同地を再訪した際、詳細に当時の事情を聞いておきたいと思った。



亀さん@人生は冥途まての暇潰
367:亀さん :

2018/08/13 (Mon) 20:58:37

host:*.net.ar
ブエノスアイレス滞在記 10

ウルグアイのモンテビデオから無事ブエノスアイレスに戻った。二日目の昨日朝は美味しいコーヒーをご馳走になった後、アナベール、夫のハル、そして小生の三人で三時間ほどマル・デル・プラタの川岸に沿って散策を楽しんだ。アナベールは大学で神経科学の教授として教鞭を執っている。実に興味深い研究を行っており、彼女の教える学生の卒論も同様に興味深いものが多い。以下は彼女の論文の一例である。
https://exportcvuy.anii.org.uy/CvEstatico/?urlId=83c5ce3bbf6cbcc636689da2301ff65ecc1598f374dca36ae3de5c6789d49d6472ca548c2188106aec175b3569d7f181c89a0687c63567ab8ddf95a046409702&formato=pdf&convocatoria=21

散歩の後、彼女の作ってくれは美味しいパスタとワインで舌鼓をうつ。そしてブエノスアイレスに戻る前に、再度彼女の母親と会い、お別れの言葉を述べたかったが、アナベールの兄弟と何処かへ散歩にでも行ったのか留守だったので、一旦夫婦のマンションに戻って少し休んだ後、空港へと向かった。空港でコーヒーを飲みつつ、また来年あたりモンテビデオで再会しようと約束しつつ別れた。約50分ほどのフライトでブエノスアイレスに到着、美しいブエノスアイレスの夜景が目に焼き付いた。空港では親友のシルビアと夫のオスカーが迎えに来てくれていた。明日の月曜日は仕事というのに実に申し訳ない気分だ。

昨夜は六時間ほど熟睡、これから親友のシルビアにモンテビデオでの体験を報告するつもりだ。



亀さん@人生は冥途まての暇潰し
366:亀さん :

2018/08/12 (Sun) 20:52:47

host:*.net.uy

今、ウルグアイのモンテビデオにいる。昨日、入国手続きを済ませ、ゲートを出ると大勢の人たちが出迎えに来ていたのだが、誰も小生に声をかけてくる者はなく、肝心なアナベールの姿が見当たらない。ともあれ、周囲を見渡してもアジア系は小生一人だけなので、そのうち見つけてくれるだろうと、辺りをキョロキョロしていたところ、「亀さん?」と一人の女性が声をかけてきた。アナベールであった。当時の顔立ちや面影が未だに残っているのに驚きつつ、熱い抱擁を交わす。そして、元医者である夫のハルを紹介してくれた。人の好さそうな易しそうな夫といった感だ。そして、流暢ではないものの、一応は英語を話せるのでホッとする。

早速空港近くに停めてあった車でモンテビデオ市内へ向かう。街の光景を長めながら、46年ぶりのモンテビデオの光景に目が釘付けになった。二人のマンションに到着。市内観光に行く前に、御年93歳の彼女の母親と46年ぶりの再会を果たした。彼女の母親は手を差し出し、力強く小生の手を握り、幾度かキスをしてくれた。後でアナベールから聞いた話だが、その日の彼女の母親、御機嫌斜めだったようだが、小生と再会してからというもの、最近は他の者に見せたことのない、とても嬉しそうな表情を始終浮かべていたという。なんとなく、46年ぶりの親孝行を果たせたような気分になった次第である。

その後市内を案内してもらった後、レストランで遅い昼食をとった。料理名は忘れたが、なんでもウルグアイの郷土料理とのことで、とても美味であった。その後は二人のマンションに戻り、時間にして4~5時間ほど多くを語り合った。特にアナベールの夫ハルが強い関心を示したのが、「なぜ日本経済は強いのか」、「なぜ日本は戦争に強かったのか」で、鋭い質問を矢継ぎ早にしてくるので、江戸時代の寺小屋精神、そして日本人にとっての天皇の存在を語りつつ、いつしか話が飯山史観に切り替わり、それが深夜まで続いたのだった。なを、アナベールは黒澤明監督の作品が好きなようで、黒澤の作品はほとんど鑑賞しているという。特にお気に入りの作品が「七匹の侍」とのことで、黒澤監督の作品に描かれているサムライ像、寺小屋精神、そして渡辺氏の『逝きし世の面影』を絡み合わせつつ、近代日本の解説を試みた次第である。

さて、楽しいウルグアイの思い出もあと数時間、夜八時台のブエノスアイレスの飛行機に搭乗するまで、できるだけ語り合っておこう。ともあれ、これでアルゼンチンを再度訪問する時の楽しみが増えた。


亀さん@人生は冥途まての暇潰し
365:亀さん :

2018/08/10 (Fri) 23:15:10

host:*.net.ar
>>364

suyapさん、有難うございます。でわ、ウルグアイから戻った来週の月曜日にでも作ってみます。

幸い、ミキサーもあるようなので、あとは街で大豆を買っておいてもらうことにしました。


亀さん拝
364:suyap :

2018/08/10 (Fri) 21:21:40

host:*.fsmtc.fm

>>360 亀さん

「豆乳レシピ」
急ぎのようなので、私のファイルから
(たぶん、あちこちから引っ張ってきたレシピをまとめたんだと
思うけど、ソースを記録してません。オリジナルの人たち、ごめん。

--------------------------
大豆:500g (約3カップ半)
水:1800ml
↑↑
豆乳約1.5リットル=1500gが取れる。
【豆腐を作る場合】水につけて膨れた大豆と引き水の量は同量。
【飲料用として作る場合】水につけて膨れた大豆の1.5~2倍の引き水の量でもOK。

1)よく洗った大豆を6~10時間ほど水に漬ける
漬けておく時間は、冬場で15~16時間、夏場なら10時間を目安。
豆を割ってみて、十分に水を吸水し、割り口が両方とも中央部分まで平らに
なっていればOK。

2)水に漬けた大豆と新しい「引き水」をミキサーにかける
※大豆500gを一晩つけると、約9カップの量に膨れるので、膨れた大豆と
同じ量の「引き水」を使う。
※「引き水」の量を少なくすれば濃い豆乳が、量が多ければ薄い豆乳となる。
※ミキサーにかける時の水の量は、大豆がひたひたになる程度の量。
    例:大豆2カップに対し、半分量の水1カップ
※ミキサーにかける時間は大体2分程度。指先でこすり合わせ、
なめらかになっていればOK。大豆にふくまれるタンパク質の力が弱くなるので、
あまり長時間かけない方がよい

3)ミキサーにかけた大豆に残りの引き水を加え、深鍋で熱する。
※すごく泡が沸きあがるので、かなり深い鍋が必要。
※焦げ付きやすいので、たえずかき混ぜ続けること。

4)最初は強火~中火で鍋の底が焦げ付かないようにかきまぜながら火にかけ、
沸騰してきたら吹きこぼれないように弱火にし、そこから10分程度で火を止める。
※こげやすいので木ヘラで絶えず底からかきまぜる。
※弱火にしてからも泡がふきこぼれないよう、十分火加減に注意し、
ふきこぼれそうになったら一旦火を止めて泡がおさまってから再度煮る。

5)布または目の細かいザルで漉して豆乳とおからに分離する

363:亀さん :

2018/08/10 (Fri) 19:56:17

host:*.net.ar
アルゼンチン滞在記 09

昨夜、親友と娘のマリオンの三人で色々と語り合ったのだが、マリオンのゴッドファーザーとして、この機会を利用して大学で心理学を専攻し、現在はセラピストとして就学前の自閉症の子供たちを担当しているマリオンに、具体的にどのような精神療法を行っているのかと尋ねたところ、とにかく子供と遊ぶようにしているという。例えば昨夜の場合は当日使用した粘土を見せてくれた。セラピストの仕事をするようになって未だ二年というヒヨッ子の彼女、今は手探りの状態というか、無我夢中で仕事に取り組んでいる様子が伺え、微笑ましい。

「絵を描かせると、普通の子供は明るい景色を描くが、暗い過去を送ってきた子供たちは描く絵も暗いという具合に、その子の持つ心理状態がもろ出るものだ。だから、ある意味、学校の美術担当教師は子供たちの心を見抜く怖い存在でもある」、といった具合に色々と話題を変えながら語り合っていく中で、「君(マリオン)のやっている仕事は、担当する子供の人生を明るくするかどうかの大切な仕事だ。その意味で、そうした仕事に取り組む君を誇りに思う。これからも頑張れよ」と言うと、顔に紅葉を散らし、「グラシアス」と小声で答えてくれた。

さて、明日は早朝の便でウルグアイに飛ぶ。実に46年ぶりのウルグアイ、そして親友アナベールとの再会、今からワクワクする。当時は乙女のように可愛かった彼女も、今では大きな孫がスウェーデンにいるおばあちゃんになっている。今までどのような人生を歩んできたのか、話を聞くのが今から楽しみである。また、彼女の母親も御年94歳、小生との再会を心待ちにしているとのことで、有難く思う。



亀さん@人生は冥途まての暇潰し
362:堺のおっさん :

2018/08/10 (Fri) 10:39:17

host:*.ocn.ne.jp

亀さん、ご連絡ありがとうございます。
361:亀さん :

2018/08/10 (Fri) 10:11:04

host:*.net.ar
>>359

堺のおっさん、今月25日の夕方羽田着の飛行機で日本に戻ることにしました。帰宅して落ち着き次第、メールか電話を入れます。

以上、取り急ぎ



亀さん@人生は冥途まての暇潰し
360:亀さん :

2018/08/08 (Wed) 22:24:31

host:*.net.ar
>>359

小生にお手伝いできることと言っても、海外で綺麗なお姉さんと速攻で仲良くなれる方法程度ですwww でも、それ以外に小生にできそうなことがあれば、喜んでお手伝いさせていただきます。

アルゼンチン滞在記 08

ブエノスアイレスでの生活も二週間が経ったんだが、未だに当地では一円…、ではなくて一ペソも使っていない。ブエノスアイレスの都心に出かけた時ランチをするのだが、小生が払おうとしても、親友や彼女の妹が絶対に支払わせてくれない。その上、朝昼晩と美味しい手料理を親友が作ってくれるし、洗濯やベッドメーキングと、何もかもお世話になっている。だから、使ったお金は今週末に行くモンテビデオ行きの往復航空券ていど…。これでは申し訳ないので、和食を作ってお礼とすることにした。尤も、肝心な和食の食材がほとんどない。そこで、親友の家にある食材だけで和食に挑戦することにした。昨夕挑戦したのは唐揚げ。しかし、唐揚げに欠かせない片栗粉がない…。片栗粉は本来はカタクリで作っていたが、最近はジャガイモで作った片栗粉が主流だ。それで、スターチはスターチでもトウモロコシのコーンスターチで作ってみた。家で食べる唐揚げは醤油味でパリッとして美味しい。しかし、昨夜作った唐揚げは、ケンタッキー・フライド・チキンと似た味のチキンになってしまったwww 来年は夏季(12~2月)にブエノスアイレスを再訪するつもりでいるが、その時に片栗粉を持っていくことにしたい。

そして、今夜はトンカツを振る舞うつもりだ。幸い、適当な厚さのポークも大量にあるし、パン粉や小麦粉の他、ウィスターソースもある。トマトケチャップなどを混ぜてトンカツソースに仕上げてみよう。マスタードがあれば申し分ない。

また、ブエノスアイレスの中心街に「Nueva Casa Japonesa ヌエバ カサ ハポネッサ」という和食用食材を扱った食料品店があるので、そこでラーメンや天婦羅粉などを手に入れ、ラーメンや天婦羅を振る舞うつもりだ。また、亀さんの好物である水炊きもできそうだ。カレーライスも作りたいが、残念ながらハウスバーモンドカレーなどは置いていない模様…、仕方ないのでカレー粉が入手できれば、色々なスパイスを入れて特製カレーライスやカレーうどんを作ってあげるつもりだ。
https://tokuhain.arukikata.co.jp/buenos_aires/2016/12/nueva_casa_japonesa.html

大豆が手に入るようなので、豆乳を作って乳酸菌ヨーグルトを作ってあげたいが、肝心な豆乳の作り方が分からない。現地で調達できる食材でも簡単に豆乳を作れる方法を知っている読者がいたら、アドバイスをしてもらえたら幸いだ。



亀さん@人生は冥途まての暇潰し
359:堺のおっさん :

2018/08/08 (Wed) 12:56:26

host:*.ocn.ne.jp

亀さん、

帰国の予定が決まりましたら、

お知らせください。

いろいろと、お知恵をお借りせねばならないことが

山ほどありますので。
358:亀さん :

2018/08/08 (Wed) 05:36:48

host:*.net.ar
アルゼンチン滞在記 07


昨夜、親友夫婦とアルゼンチンの政治・経済事情について多くを語り合った。話を聞く限りでは、キルチネル前政権(2007年12月10日~2015年12月9日)とマクリ現政権(2015年12月10日~)は、日本の民主党と自民党それと対比することができそうだ。ここで、民主党に相当するのがキルチネル前政権、そして今の自民党に相当するのがマクリ現政権と考えれば話は早い。ただし、日本の場合は民主党の政権が2009年から2012年にかけての3年間だけで終わったのに対して、アルゼンチンの場合はアドルフォ・ロドリゲス・サア大統領から、キルチネル前政権に至るまで、正義党の時代が延々と16年間もの長きにわたって続いたことだ。

ここで、アメリカのトランプ大統領との繋がりを見るに、安倍政権と正義党から16年ぶりに政権を奪還した、マクリ政権の与党第一党である急進市民同盟党(マクリ自身は政権党の「共和国の提案」に所属)とも、トランプと良好な関係を築いている点に注目したい。トランプとマクリの場合は両者とも実業家畑の人間であり、事業を通じて両者は長年にわたり良好な人間関係を築いてきた。だから、今回の米中経済摩擦問題にしても、マクリがトランプを説いて、アルゼンチンに関税を課すことのないよう持っていくことに成功している。一方、日本の安倍の場合も、アメリカへ50兆円を超えるの巨額の投資を約束するなど、アルゼンチン同様、アメリカとの良好な経済関係を推し進めているだけではなく、良好なトップ同士の人間関係の構築にも成功している。プーチンと安倍の場合もそうだが、トランプと安倍というトップ同士の関係も、他の先進国のリーダーの中でも抜きん出ている。

さて、前稿で「ボリビアやペールといった国々からの移住者に対する、アルゼンチン人の思い」について書くと約束した。そのあたりを少し書いておこう。

親友は前政権のキルチネルを大変嫌っている、顔も見たくないほどだと言う。そのキルチネル、口先だけで重要な政策の実現は極めてわずかだったとのこと。これは、2009年の民主党のマニフェストのそれを彷彿とさせる。

また、アルゼンチンは憲法上、自国のアルゼンチン人のみならず、国内に滞在する非アルゼンチン人に対しても、病院での診療費、住宅+電気・ガス、大学の授業料などすべて無料、失業手当も充実しているため、移民の中には仕事を探そうともしない者が増えているという。そうしてキルチネル政権時代は、誰彼なしに移民を受け入れていたが、それがアルゼンチンの国力にボディブローのように効いた、それにストップをかけたのがマクリ現政権である。つまり、今後は社会保障削減等の緊縮政策を、マクリ現政権は推し進めていくことになりそうだ。このように国益、すなわち自国民の生活に重きを置いているかどうかで、時の政権が本物かどうかが分かるのである。



亀さん@人生は冥途まての暇潰し
357:亀さん :

2018/08/06 (Mon) 20:46:40

host:*.net.ar
アルゼンチン滞在記 06

昨日は友人夫妻と友人の妹夫妻の5人で、ブエノスアイレスの名所を車で回った。幾度か友人にブエノスアイレスの街を案内してもらって気づいたのは、中国、ボリビア、ペルーといった国々からの移住者か非常に多いということだ。1972年に南米を放浪していた時は、ブラジルは白人・黄色人・黒人と人類の坩堝、パラグアイ、チリ、ボリビアといった他の南米諸国はインディオや白人との混血(メスチソ)の国といった感が強く、一方でアルゼンチンと隣国のウルグアイは、ほとんどが白人で占められている白人の国という印象が強かった。しかし、ほぼ半世紀ぶりに訪れたアルゼンチンでは、街の至るところで中国、ボリビア、ペルーといった国々からの移住者が目につく。

ボリビアやペールといった国々からの移住者に対する、アルゼンチン人の思いは別稿で改めるとして、今回はアルゼンチンに影を落とす中国の影について書いておこう。

習近平が強力に推し進める一帯一路構想に対して、スリランカやマハティール首相が誕生したマレーシアが、中国主導の大型案件を見直しつつある。つまり、中国のアフリカ進出にしてもそうだが、ぺんぺん草も生えないほど、富や資源を収奪されてしまうのではとスリランカやマレーシアが恐れているのが分かる。一方、日本の海外投資の方法はウインウインの形が多い。そうした日中のやり方の違いを知るアルゼンチン人は、一般的に日本人に対して好感を抱いている人が多く、一方で中国人に対してはあまり快く思っていないのが膚で分かる。このあたり、確か飯山さんもHPに同様なことを書いていた記憶がある。

それはともかく、中国のアルゼンチンへの進出ぶりは凄まじいものがあり、そのあたりは最近のニューヨーク・タイムズの記事が象徴的だ。
https://www.nytimes.com/2018/07/28/world/americas/china-latin-america.html
From a Space Station in Argentina, China Expands Its Reach in Latin America


友人の話では中国はアルゼンチンから大量の大豆や牛肉を輸入しているとのことだが、買いたたかれるいう形になっているようで、親友は「中国人は商売が上手く、アルゼンチン人は下手」と母国のことを酷評していた。そこで、浅井壮一郎氏の『悪徳の世界史〈1〉フィリピン華僑ビジネス不道徳講座 (悪徳の世界史』を思い出した次第である。同署については、拙稿「戦闘意欲なき国民は滅亡し、敢闘精神なき国民は堕落する」でも紹介した。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-809.html

浅井氏の場合、極論も目立つものの、それでも中国とビジネスを進める上で大いに参考になるはずだ。

それにしても、アルゼンチン人も人が良いところが目につく。もう少しシビアな目で商売を進めるべきではと思う。親友の息子エリックはマネージメントを大学で学んでいるとのことだが、日本に帰国後もメールのやり取りをして、マネージメントについて意見交換を進めていきたいと思っている。


ところで、>>352で堺のおっさんが「今度は極寒がやってくる…」と書いていたことを予言するかのように、8月4日は真夏日だった北海道の稚内市、ナント翌日の5日朝は6℃にまで気温が下がったという。また、8日に台風が関東を直撃するとのニュースに接し、地球の裏側で心配している。
kotodamayogen.blog.fc2.com/blog-entry-7636.html



亀さん@人生は冥途まての暇潰し
356:亀さん :

2018/08/05 (Sun) 06:54:02

host:*.net.ar
ブエノスアイレス滞在記 05

本日のブエノスアイレスは雲一つない真っ青な青空、日中の最高気温も17°に達し、ポカポカ陽気で気持ちが良い。車で親友と娘のマリオン(26歳)、それに飼い犬の一匹ナラ(ボクサー)と一緒に近くの川岸に行く。川岸といっても向こう岸のウルグアイが見えないほど幅の広い、マル。デル・プラタ川の川岸だ。芝生が青々とした広い公園を三人+一匹でノンビリと散歩を楽しんだ。芝生のあちこちで、若いカップルや小さな子づれのカップルが目に入る。ジョギングをしている若者や、ローラースケートを楽しむ若者も大勢いた。

来週の土曜日は飛行機でアナベールの待つウルグアイへ飛ぶ。飛行時間は45分と短いかい。昨夜もスカイプでやり取りしたところ、空港まで出迎えに来てくれるという。ただ、何分にも46年ぶりなので、お互いが分かるか心配だ。彼女に笑われてしまったことなのだが、小生がIphoneを持っていないと言うと信じられないということで笑われてしまった。20年近く前に購入したガラケーを今でも使い続けているんだが、電話をかけたりしたりする程度で、メールを打ち込むこともできないし、カメラ機能も付いているのだが使い方が分からないため、一度も写真を撮ったことはない。だから、次回海外に行くときはIphoneかIpadに切り替えておき、使えるように少し練習をしておかなければと痛切した次第。

明日は親友の妹夫婦とブエノスアイレスの街を散策した後、夕食を共にする予定である。その後、妹夫婦の家に寄り、日本史について時間をかけて説明してくるつもりだ。幸い、全員が日本史に白紙の状態なので、スンナリと飯山史観を受け入れてもらえそうだ。



亀さん@人生は冥途まての暇潰し
355:亀さん :

2018/08/04 (Sat) 04:21:04

host:*.net.ar
>>352

堺のおっさん、

> 寒いアルゼンチンがうらやましいです。

冬のアルゼンチンに滞在している身としては、素っ裸で居られる日本が羨ましいと思いましたが、ナント、昨日は大阪、名古屋、東京でいずれも40度超えとか、今朝のCNNでしたが、日本、中国、ヨーロッパの異常な暑さのニュースを流していました。


ブエノスアイレス滞在記 04

真夏の日本から真冬のアルゼンチンに到着して一週間以上が経ち、漸く身体が冬の寒さに慣れてきた今日この頃だ。そして今、「ブエノスアイレス滞在記 04」を親友宅の居間で書いている。親友を除き、残りの家族は仕事に出かけている。当地は午後二時から四時ころまで昼寝(シエスタ)をとる習慣があり、真夏の昼寝なら分かるが、こちらでは真冬でも昼寝をしているwww 親友も今シエスタ中…。後ろにソファがあるのだが、大型犬も人間並みの鼾をかいて寝ている、つうかシエスタ中www

ともあれ、毎日十時間以上も仕事に追われ、旅の準備も出発間際に慌ててやった身として、ここアルゼンチンでは時間がゆったりと流れているのが実感できる。睡眠のリズムも夜の十時から翌朝の四時までの六時間、ぐっすり眠れるようになったので、小生には昼寝は必要なさそうだ.

煙草も日本では一日一箱(20本)以上吸っていたが、こちらに来てからは吸う本数も減った。尤も、最初の数日間は一日あたり5本ていどだったのだが、数日前にドイツの翻訳会社から、まる一日かかる仕事を押し付けられ、楽しみにしていた散歩もできなくなったこともあって、その日は本数が10本以と増えてしまった。

日本から『職業としての政治』や『君子論』の他、『逝きし世の面影』もバックにつめてきたのだが、未だに紐解いていない有様。毎日、親友やその家族との会話が絶えることなく続くからだ。また、英語で様々なトピックスを巡って、英語で会話のできる友人との対話に備え、アルゼンチンの歴史、政治、経済の下調べをやったり、安倍政治についてまとめたり、メスマペサド理論の体系の説明を試みるため、一枚の用紙に概要をまとめたりと、書いたり考えたりで本を手にする時間が無いというのが本当のところだ。

さて、コーヒーでも入れて、アルゼンチン政治史の下調べをやるか…。



亀さん@人生は冥途まての暇潰し
354:亀さん :

2018/08/03 (Fri) 23:55:10

host:*.net.ar
>>348 >>349 >>350 >>351

みなさん、ありがとうございます。小生、昨日から今週の日曜日に数時間にわたる日本史の簡単なレジメをスペイン語で作成、小生の拙いスペイン語を親友に徹底的に訂正してもらいました。今度の日曜日の日本史プレゼンが楽しみです。なお、英語でプレゼンする予定。小生の英語の説明を親友がスペイン語に通訳してくれることになっています。

よって、今回は上記のレジメのレイアウトを以下に紹介します。


▼▼日本史《Historia japonesa》▼▼

★ 縄文時代 BC12,000-400(Periodo de Jomon)
言語は民族の物の見方・考え方を基底で支配している。そして、日本人の原型、すなわち日本語の基底は縄文時代に形成された。
El lenguaje domina el punto de vista y la manera de pensar de las cosas étnicas sobre la base. Y el prototipo japonés, la base del japonés, se formó en el período Jomon.
日本の歴史の源流は二通りある。一つはツングースの流れ、もう一つは殷王朝の流れである。そのうちの一つ、ツングースは一万年前にシベリアから日本列島に渡ってきた。
Hay dos fuentes de historia en Japón. Uno es el flujo de Tungus y el otro es el flujo de la dinastía Yin. Uno de ellos, Tungus llegó hace más de 10.000 años desde Siberia hasta el archipiélago japonés.

【写真1】
三内丸山遺跡《San-nai-maruyama ruinas》

★BC1600-1400
・もう一つの源流である殷王朝だが、これは長江文明のことである。その長江文明の頂点に君臨していたのがシャーマンであった。そして、そのシャーマンの流れを汲むのが日本の天皇である。ちなみに四大文明(メソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・黄河文明)の他に、第五の文明である長江文明が興隆していたことが、最近の研究で明らかになっている。
Otra fuente de la dinastía Yin es la civilización Yangtze.Fue el chamán quien reinó en la cima de la civilización Yangtze.Y es el emperador japonés quien atrae el flujo de ese chamán.Por cierto, además de las cuatro civilizaciones principales (civilización de Mesopotamia, civilización egipcia, civilización del Indo, civilización de Huanghe), investigaciones recientes revelaron que la quinta civilización, la civilización Yangtze, estaba en aumento.

________________________________________________

■日本の四つのターニングポイント(Cuatro puntos de inflexión en Japón)
皇統の観点から、日本のターニングポイントは四回ある。
Desde la perspectiva del emperador, hay cuatro puntos de inflexión en Japón.

■AD200

【写真2】
応神天皇(Emperador Ouzin)

日本人の原型は一万年前に完成したが、日本という国の形か出来たのが応神天皇の御代である(西暦200年前後)。場所は九州であった。父は仲哀天皇、母は神功皇后と言われているが、実際の父親は武内宿禰である。
El prototipo de los japoneses se completó hace diez mil años, pero la primera generación del país de Japón fue la generación del emperador Ouzin (alrededor del año 200 DC). El lugar era Kyushu.El padre es Emperador Chuuai y la madre es la Emperatriz del Ginguu, pero e l verdadero padre es Takenouchi Sukune.

■AC600

【写真3】
天武天皇(Emperador Tenmu)

応神天皇が日本建国の祖とすれば、天武天皇は中興の祖。天武天皇が日本書紀を編纂した主目的は、当時の大国であった唐に、日本は百済系の天皇に建国されたことを隠すためであった。それだけ、天武天皇は唐を恐れていた。
El emperador Ouzin es el fundador de Japón y el emperador Tenmu es el refundador del nuevo Japon. El principal propósito del emperador Tenmu compiladoen Chronicles of Japan era ocultar que el venia del pais Baekje en Tang, que era un país importante en ese momento.Solo eso, el Emperador Tenmu le tenía miedo a los Tang

■AC1336-1393

【写真4】
後醍醐天皇(Emperador Godaigo)

九州において南北朝の決戦が九州で繰り広げられ、北朝が勝利を収めた。そして、南朝は下甑島に逃れている。
Una batalla decisiva del Norte ocurrió nuevamente en Kyushu, Corea del Norte ganó la victoria.

■AC1700
下甑島に逃亡していた南朝側の子孫が、薩摩に聳える金峯山の麓に移住、準備を整えた上で長州の熊毛郡・田布施へと向かった。その後田布施に大室天皇誕生、明治維新に至る。ちなみに、現皇室は南朝系である。
Los descendientes del lado surcoreano que escaparon a la isla Shimokoshiki-jima se trasladaron al pie de Kimpou-san que se encuentra en Satsuma, y se prepararon para pelear dirigiendose con sus armas a Kumage y Tabuse en Choushu.Después de eso, el Emperador Omuro nació en Tagoshi, lo que llevó a la Restauración Meiji.Por cierto, la familia imperial actual es un sistema surcoreano.



亀さん@人生は冥途まての暇潰し
353:たかひろ :

2018/08/03 (Fri) 21:04:59

host:*.mesh.ad.jp
>>352堺のおっさんさんへ。確かに世界的に酷暑ですが私も今の酷暑は極寒の前触れだと思いますよ。勉強と言えば大袈裟ですが学ばないといけないのが多すぎて皆さんのコメントに追い付くのが大変です(^^;
352:堺のおっさん :

2018/08/03 (Fri) 20:30:58

host:*.ocn.ne.jp

亀さん、日本は名古屋まで40度超え。

寒いアルゼンチンがうらやましいです。

ヨーロッパも猛暑。北朝鮮も猛暑。

この現象は、温暖化と言われそうですが、

私は機構の極端化ととらえています。

今度は極寒がやってくる…

そう思っています。

帰国を首を長くして待っています。
351:ままりん :

2018/08/03 (Fri) 12:38:22

host:*.infoweb.ne.jp
>>344 お兄さま
無事、到着して滞在を満喫されているご様子で、安心いたしました。
ブエノスアイレスという響き・・・、なぁ~んか素敵。

AI翻訳について、お忙しい中、申し訳ございませんでした。
ありがとうございました。この手のソフトは、ちょっと前でしたか
秋田を tiredと訳して世間のもの笑いになりましたよね。
(例文の、「あなたの娘は、一日二十時間寝ているのですね」で
微笑ましくて、つい笑ってしまいました)

でも翻訳メモリと違い、翻訳ソフトは無料の物から高額なものまでいろいろで、
辞書を充実させていけばという条件つきですが、かなり役に立つというのが実感、というか、
自分などは、今となっては翻訳ソフトなしでは考えられないでおります。

ただあくまでも主は人間で、ソフトはあくまでも翻訳支援という立場なわけですが、
聞くところによると、最近のAIを用いたソフトはレイアウト編集まで(例えば、PDFを読み込んで
そのまま翻訳はもちろん、レイアウトといった翻訳の後工程的なことまで)可能だそうで、
こうなると、人の手を一切煩わせないからかなり使い勝手よさそうな感じがします。

問題は、翻訳の質はどうかということなのでしょうね。だって、文節くぎれないですもんね。

子猫がね子を産んだ と、
子猫が猫を産んだ

これできないですよね。でも今、これを一生懸命集めてるようですよ。こわいなぁ~。

ご紹介いただいた記事、まだちゃんと読めておりませんため、しっかりと読んでみたいと
思います(言わんとされていることが理解できるのか、自信ないでおりますが・・・ ^^;)

これからのブエノスアイレス滞在記も、楽しみにしてますね!
350:堺のおっさん :

2018/08/03 (Fri) 04:38:03

host:*.ocn.ne.jp

>>349 猿都瑠さん

石碑建立賛同者第二号ということで、了解しました。

場所の問題はありますが、提案の価値はありますね。
349:猿都瑠 :

2018/08/02 (Thu) 16:48:52

host:*.au-net.ne.jp
石碑は古墳の上に。

千年後は飯山古墳と呼ばれるように。

日本国とは世界最古の国家なれど、正史が存在していない。

日本国の成り立ちを解明すべく第一歩を刻んだのが、山形師と弟子の飯山一郎であった。

その記述を残すべく、ここに刻む。
348:高橋:

2018/08/02 (Thu) 15:44:41

host:*.bbtec.net
 亀さん お久しぶりです。
 
 飯山一郎さんの訃報本当に驚きました。

 今まで数十冊の自己啓発本を読んでも本に書かれてあることを実行することは出来ませんでしたが、飯山さんの「憎悪心・ルサンチマンを持つな」「貪・瞋・癡から解脱しよう」という教えを継続して実行出来ているのは飯山さんの生きざまをネット上で拝見して心から信頼できると感じたからだとおもいます。

 実は五月に飯能の亀さんの家で猿都瑠さんと恐山の例大祭の話題がチラッと出たことを思い出して例大祭の日程を調べたら飯山さんが亡くなられた7月20日に例大祭が始まり、堺のおっさんと野崎博士が飯山さんの訃報を発表した7月24日の18時に例大祭が終了したことを知り何か意味があるかもしれないと思い最近は仕事が忙しく休みの日は家で体を休ませることが多かったのですが昨日恐山に行ってきました。

 八戸を出発するときは午前中から30℃に達するほど暑かったのですが恐山に近づくほどに雲が立ち込めてきて風が強く吹いてきて雨がパラパラと降ってきて気が重かったのですが、恐山に着いて霊場内を1周する頃には風は強いものの太陽が顔を出し暑さが戻ってきて嬉しくなってきました。

 イタコはいませんでしたが最後に恐山の中にある温泉に入りました。2つの湯舟がありそれぞれ適度にぬるく、適度に熱くとても気持ちがよかったです。

 飯山一郎さんを偲ぶ会に参加できるかはまだ分かりませんが、今年の忘年会は飯山一郎さんを偲ぶ色合いが強くなると思われるので確実に参加したいと改めて思いました。
347:堺のおっさん :

2018/08/02 (Thu) 12:54:23

host:*.ocn.ne.jp

>>346 亀さん

放知技を継続していて気付いたのですが、

文章ってのは、そこはかとなく人間性や生き方を反映するものだな~、と

書きたいけど書けない人や、言葉が見つからない人などを想像すれば

ものすごい数の読者がいたんだな、と

再開して以降、一向にアクセス数が減らないばかりか

増えていたりして。

すべて、飯山一郎氏の残した巨大な影響力のおかげであると思います。

亀さんの帰国後、同志をつのり、さっそく記念碑の件具体化していきましょう。

賛同第一号、ありがとうございます。是非、1000年残るものに…
346:亀さん :

2018/08/02 (Thu) 10:58:57

host:*.net.ar
>>345

堺のおっさん、貴重な提案をありがとうございます。

> 石碑の建立

是非、実現させていきませう。飯山史観を後世に残す意味で諸手を挙げて賛成します。

また、飯山史観を纏める作業も必要です。これは小生が中心になって、飯山さんが遺してくれた莫大な史料に改めて目を通した上でまとめ、都度ブログに発表していきますので、小生の勘違いしている点などを見つけた場合、野崎博士や堺のおっさんなどに遠慮なく指摘していただければ幸いです。期間として、一年から二年ほどの時間をかけたいと思っています。むろん、その間に飯山史観以外のテーマ、例えば健康、宗教、政治、経済、文学といったテーマで思うところがあったら、都度記事にして発表していく予定です。

ともあれ小生が帰国した後、再び日本の暑さに慣れ、時差ボケが治ったら、スカイプなどを活用して、積極的に打ち合わせを進めていきませう。

心残りは飯山さんの株指南、このあたり、得意な人に継続してもらえることを切望いたします。なを、HTMLは昔やったことがありますので、お手伝いできることがあるかもしれません。

> 真冬のブエノスアイレス

乳酸菌とヨガで何とか寒い冬を乗り切っています。

一点、驚いたことがあります。それは、川崎さんの玄米+黒砂糖+塩+水道水で乳酸菌の培養に成功していますが、実は用意したのは小生の親友《アルゼンチン人女性》です。彼女は厳格なカトリック教徒ですが、日本人の心を理解しているだけに、言霊の何たるかを何処かで理解しているような気がしてなりません。彼女が乳酸菌の培養に成功した理由について、もうしばらく観察を続けてみたいと思います。

今回アルゼンチンを再訪する前は、還暦を過ぎた小生にはきついかなと思っていましたが、久しぶりにアルゼンチンの土を踏んでみて、行こうと思えば年に一回ていどは数週間ほどの滞在期間で行けそうです。

近く、隣国のウルグアイを訪問する予定で、現地ではアナベールという元ガールフレンドが首を長くして待っています^^;



亀さん@人生は冥途まての暇潰し
345:堺のおっさん :

2018/08/02 (Thu) 06:28:50

host:*.ocn.ne.jp

亀さん。

真冬のブエノスアイレスはいかがでしょうか?


実は、飯山史観の日本人にとっての意味を少なからず理解した一人として、

私もどうしても飯山氏の足跡を残したいなと痛切に思います。



志布志は応神、天武が河内に移動する拠点であったわけですが、

飯山氏が偶然というか、天命というか、志布志に滞在されたこともあって

その埋もれていた根拠を発掘された。

横瀬古墳がなぜ海沿いに造営されたのか?

応神、仁徳陵もなぜ海沿いに造営されたのか?

当時としては巨大な土木工事であり、この事業を通して

日本は国家を形作っていったと考えられます。


そこで、相談です。

志布志に石碑のような形で

飯山氏が日本国建国の秘密にたどり着いた!

この業績を残せないかと思案中です。


たとえば、

「飯山一郎翁が志布志から応神天皇が出現し、

天武天皇が河内に王朝を移動し日本国を建国

した歴史を発見した地」

といった内容の碑文の石碑を建立したいのです。

これは私一人の力でできるものではありません。

本当に飯山氏の業績を理解しうる同志の協力なくしてはできないと思います。

亀さんにもぜひともご協力いただきたいと。


真夏の堺より
344:亀さん :

2018/08/02 (Thu) 06:03:45

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ブエノスアイレス滞在記 03

現在、お世話になっている友人宅では、英語が堪能な友人シルビアとは英語で、彼女の夫や子供たちとはスペイン語で会話をしている。と言っても亀さんのスペイン語はブロークンで、知っている単語を並べて辛うじて意思疎通をはかっているに過ぎない。こんな時に役立っているのが、グーグルの翻訳機能。グーグル翻訳のページで片側に言いたい日本語を入力し、「スペイン語に翻訳」のボタンを押すと、自動的にスペイン語に翻訳してくれるスグレもの。だから、親友の夫が仕事から戻ってくると、互いにマテを飲み交わしながらアレコレ語り合っているのだが、そうした場合に実に役に立つ。

たとえば、以下のように…
https://translate.google.co.jp/#ja/es/%E3%81%82%E3%81%AA%E3%81%9F%E3%81%AE%E5%A8%98%E3%81%AF%E3%80%81%E4%B8%80%E6%97%A5%E4%BA%8C%E5%8D%81%E6%99%82%E9%96%93%E5%AF%9D%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%A7%E3%81%99%E3%81%AD%E3%80%82

ここで、>>338のままりんさんのAIに関する問い合わせ…

上記に書いたように、様々なトピックスについてグーグル翻訳機能を用いて、小生の日本語をスペイン語に自動翻訳しているのだが、ほとんどが酷いスペイン語のオンパレードだとのこと。また、親友の夫オスカーがスペイン語を打ち込んで、日本語に自動翻訳してくれた場合の日本語も、意味を汲み取るのに一苦労といったことしばしば。だから、当面はAIに仕事を取られるという心配はせずに済むと思った次第である。

さて、親友のシルビアとは英語で会話をしている。ここ十日間にわたって、大方互いの近状や過去46年にわたる報告は終えたので、あとは残り三週間をかけ、日本史、カトリックvs.神道・仏教(一神教vs>多神教)、互いの人生観、日本とアルゼンチンを含めた世界の政治・経済、健康と乳酸菌といったテーマで、徹底的に語り合っていく予定だ。

ここで、親友シルビアの日本での体験について少しふれておこう。確かメスさんだったと記憶しているが、本スレでフクイチ原発事故の時、救援活動を展開したトモダチ作戦のアメリカ兵、日本人の物の見方・考え方に感化されたといったことを書いていたし、昨日も本スレで堺のおっさんが中国では乳酸菌の培養に成功しないという話と絡めて、日本語を母語としていない人たちには、微妙な日本語が伝わらないといったことを書いていたのを思い出す。

それはともかく、トモダチ作戦に駆り出された米兵も次第に日本人の物の見方・考え方に感化されるようになったという記述にあるとおり、親友のシルビアも今ではすっかり日本と日本人に対して、好感を抱いているのがわかる。結局、彼女の場合、日本語の習得は片言で終わったのにもかかわらずである.ましてや、日本語を母語としない人たちの場合も、日本に定着した後、次第に日本的な物の見方・考え方に変わっていき、二世・三世ともなれば、すっかり日本化している。

そうした日本人の物の見方・考え方を基底で支配しているものこそ、日本語に他ならないと思う。このあたりは拙稿「日本語は生き残れるか」で紹介した、『コトバの原典』に詳しい。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-1296.html



亀さん@人生は冥途まての暇潰し
343:亀さん :

2018/08/01 (Wed) 01:58:48

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ブエノスアイレス滞在記 02

土曜日(㋆28日)、親友の妹一家が会いに来てくれた。名前をクラウディアと言う。1972年にブエノスアイレス北のノゴジャという人口25000人ほどの町にある、親友の実家でクラウディアに初めて会ったのは彼女が16歳の時、高校三年生のスラリとした、いかにも田舎娘というか、素朴で可愛い女の子という印象が強く残っている。

そのクラウディアと46年ぶりに会った時、彼女の連れ添いを紹介してくれた。彼の名前をカルカッチャーという。当時、クラウディアが紹介してくれた初恋の男の子だ。つまり、初恋をクラウディアは実らせたということになる。だから、亀さんの初恋も当然話題に出ると思ったので写真を持参、しばし初恋や当時のことで話が盛り上がったものである。それにしても、当時は若かったカルカッチャー(彼女より3歳上)も今では頭がカメカメ…、ではなくてツルツル…。

現在のカルカッチャーは、民間の研究所で化学分析の仕事をしている。クラウディアは弁護士として政府に勤務、息子が二人いて、一人は医者、もう一人は母親同様に弁護士とのこと。娘は二人いて上は国際線のアテンダント(スチュワーデス)、下は心理治療とカウンセラーを仕事にしているという。そして、親友の娘マリオンも大学で心理学を専攻、現在はカウンセリング関係の仕事をしている。

確か、遠方にいる親友の真ん中の妹の娘も心理学関連のカウンセラーを仕事にしているらしい。つまり、親友と妹の子供たちの半分近くが、心理学関連の仕事をしていることになり、面白い。

クラウディア一家は今週末も遊びに来るという。その時に忘れていたお土産(扇子)を人数分渡したのち、カルカッチャーとは乳酸菌の化学組成、クラウディアとは弁護士として政府でどのような仕事をしているのか、また現政権に対する意見も併せて夫婦から聞いてみたいと思っている。

遠方のため今回は会えそうにない親友の真ん中の妹マレレーナは、大学の文学部で教授の職にあるという。アルゼンチンでは最も優れた文学者と言われているボルヘスの著作はすべて読破したというから驚きだ。親友に言わせると、彼女にとってボルヘスは難しすぎて通読した本は一冊もないという。小生もボルヘスの本は一冊も目を通したことはないが、帰国したら易しそうな本を一冊取り寄せて読んでみよう。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ホルヘ・ルイス・ボルヘス



亀さん@人生は冥途まての暇潰し
342:亀さん :

2018/07/30 (Mon) 19:27:00

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現在アルゼンチンに滞在中で、大勢の現地の友人が押し掛けてくる時間の合間に、現地滞在の記録を書き進めています。当初は直にブログにアップする予定でいましたが、写真処理などが上手くいかないといったこともあり、取り合えず写真抜きの記事を、この飯能スレッドに発表させていただきます。帰国後、写真のアップなどを含め、再編集してブログにもアップする予定です。アルゼンチン・シリーズを終えた後、時間をかけて飯山史観をシリーズの形でまとめ、ブログ記事にして発表させていただきます。


アルゼンチン滞在記 01

7月23日、飯能駅始発の電車で羽田空港に向かう。アメリカン航空に乗ること13時間、無事ニューヨークに到着。当初は久しぶりに、マンハッタンの思い出の場所を歩くつもりでいたが、前日の堺のおっさんの電話で、飯山(一郎)さんの訃報を知ったこともあり、街を歩く気分には到底なれず、代わり空港で旅の疲れを癒しながら、飯山さんの亡き後、自分ができる恩返しは何かといったことを漠然と考え続けていた。

再び機上の人になる。青春の思い出が詰まっているブエノスアイレス、そのブエノスアイレスの土を、あと数時間で再び踏めるというのが、とても信じられないという自分がいた。しかし、そんな感傷に浸る間もなく、隣に座った年配のアルゼンチン人の夫人と、46年ぶりにスペイン語での会話が数時間にわたって始まり、その後はブエノスアイレスに着陸するまで熟睡という塩梅であった。

10時間ほどのフライトで無事にブエノスアイレスに到着、入国手続きを終えてロビーに出ると、そこには懐かしい親友《女性》の顔が…、熱い抱擁を46年ぶりに交わす。そして、彼女の連れ添いであるオスカールとも互いに笑顔で抱擁を交わした。早速、空港の駐車場に停めてあった車で親友の自宅に向かう。約1時間ほどのドライブで無事に到着、親友の息子エリックと娘のマリオン、そして大型犬二匹が温かく迎えてくれた。いよいよ一ヶ月にわたるアルゼンチン滞在の始まりである…。

滞在二日目、数日ぶりに放知技にアクセス、実に多くの読者からのお悔やみの言葉に接し、改めて飯山さんの人としての大きさを再認識した次第である。よって、アルゼンチンに関する記事の下書きは、極力は滞在中に済ませ、帰国以降は時間をかけて飯山史観を改めて纏め直したいと思うに至っている。なぜなら、このまま飯山史観を、埋もれたままにするわけにはいかないと思ったからである。

故飯山一郎氏による、日本人の希望と力強い生き方を発信し続けた功績に感謝する。
http://grnba.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=16507984に盛り上がった



亀さん@人生は冥途まての暇潰し

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