★ 掲示板:『放知技(ほうちぎ)』 ★彡
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2018年元旦,金正恩,五輪外交を開始!平昌五輪を大成功に導く.習近平が金正恩を超国賓待遇!金正恩が米朝首脳会談を提案,これをトランプが即断で受諾!金正恩,板門店から韓国に入り,南北首脳会談.大成功!トランプが5月中の米朝首脳会談を示唆.マティス国防長官が「駐韓米軍の撤退」を示唆!…まさしく激動の2018年だ.この激動の切っ掛けをつくり,激動をリードしてきたのは,金正恩(34)だ!今後も金正恩は世界をリードする!目が離せない.深い考察と議論が必要だ.
(M部長・飯山一郎)
新時代を最先端で読み解く激論スレー39-
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1:堺のおっさん:
2019/11/22 (Fri) 21:14:12
host:*.enabler.ne.jp
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令和の時代に入りますます旧来の構図で世界を捉えることが陳腐化しだしている。
覇権対反覇権、緊縮財政対反緊縮財政。
この2大テーマから世界と日本を見ることの意味は深い。
今スレでは更なる進化を図っていきたい。
なお、mukuの投稿は『座敷牢』スレに限定する。
本スレ以外の投稿も苦情が多いからである。
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969:mespesado
:
2020/04/15 (Wed) 08:51:27
host:*.itscom.jp
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三橋さんの新しいエントリー↓
国民の敵と化した安倍総理・麻生財相(後編)
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/
↑麻生財相を取り上げた前編の方で、「次は安倍総理を取り上げる」とあっ
たから今回は麻生発言を解析しようかなと思ってたんですが、内容は全然違
って、例の国会議員が議員報酬を削る話に対する批判でした。
三橋さんの主張はおっしゃるとおりで、報酬の自主削減なんて国家支出減
らしで緊縮財政のデフレ推進に加担するだけの全くバカげたパフォーマンス
なんですが、これを報じる他のニュースサイトかなんかに付いたコメを見る
限り、多くの人がこれを支持している!それどころか報酬削減を公言してい
ない野党を非難するコメもあって、もう呆れ果てましたよ。本当に日本人っ
て何かをした時にその行為を評価する基準として「成果」がどうだったかと
いうことはどうでもよくて、ただひたすら「我慢すること」「苦労すること」
が一番大切だと心底思っているんでしょうね(呆)ばかやろう!それは昔の
資源が限られていた時代の倫理であって、今のように供給力が強い時代には
貨幣不足で消費できないことが一番問題なんだから報酬削減などと「我慢す
る」のが美徳、なんて道徳基準なんざ、もってのほかなんだよ、と何度説明
したらry)とボヤきたくなりますよ、もう。
で、三橋さんの記事に戻りますが、
> 4月14日の読売新聞「現金給付 覆った首相案」によると、総理は当
> 初は「一人10万円」の給付を考えていたものの、今井補佐官の、
> 「一律給付しても効果がないのは実証されている」
> さらに、麻生財務相の、
> 「一律だと8月になる。限定なら5月に支給できる」
> といった異論を受け、諦めた「ことになっている」わけですが、バカバ
> カしい話です。総理大臣の権力は絶大です。総理が「やると言ったら、
> やる」と一言いえば、国民一人当たり10万円の現金給付はとっくに決
> まっていたでしょう。
>
> それでも通らなかった(通さなかった)ということは、単に総理にや
> る気がなかっただけです。
ここで三橋さんは「単に総理にやる気がなかっただけ」と言っていますが、
これはそのとおりだと思います。で、なぜやる気がなかったかというと、そ
れは私が前に書いたとおり、「経産官僚の今井補佐官の言を無視して我を通
せば、経産省を敵に回し、後の政治がやりにくくなるから」に他なりません。
ところで世界を見渡せば、最近は任期を撤廃したプーチンや習近平(北朝
鮮の金正恩も含まれる)の影が薄い。彼らもあまり大それた方針を貫くと、
敵を増やしてこの先の政治運営に支障が出るからでしょう。これに対して任
期が2期までと限定している米国のトランプは開き直っているせいか、やけ
に威勢がいい。そして後釜に碌な人材がいないという安倍総理は(党則を変
えて総理継続が可能なので任期撤廃側に近い)「優柔不断」度を2~3年前
から強めて来ている…。
つまり任期が無く、国家首脳をずっと続けるというのは中長期的政策をじ
っくり眺めた政策を遂行するには都合がよいが、今回のような不意打ちみた
いな事象が発生したときは、逆に「将来の政治運営に支障をきたすのではな
いか」という怯えでどうしても日和見的になり、大胆な決断ができなくなっ
てしまうのではないか。「自分はやめさせられてもよいから大決断をしてし
まおう」というインセンティブが持てる政治環境に無いと、今回のコロナ禍
を奇禍に経済問題を一挙に片づけてしまおう!というのは「日本では」特に
難しいのではないか、と思った次第。