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フクイチの原発事故は,人類史上に類例をみない激甚な災厄だった.日本国は何の対策も打てず,徒に6年が過ぎた.この間,日本人は文字どおり「命からがら!サバイバル」の日々を送ってきた.今も,6年間に吸い込んだホットパーティクル(核燃料の微粒子)による内部被曝で,深刻な多病多死社会に突入している.一方,本年は「あの執拗な濃霧が消えた!」 「豪雨が止んだ!」 という大変化があり,これは,「デブリが沈み,温度が下がった」 「埋め殺し状態か?」という推測が成り立つ.「希望が湧いた」と言えるだろう.(飯山一郎)
☆耐えた甲斐があった! 日本には大変化が起きている.それは安倍首相が ❶総理官邸から米国戦争屋を追放 ❷プーチンとフクイチ鎮圧の協定締結 ←これは"希望の革命"だ!だが,(戦争屋と原発ムラによる首相暗殺の危険があるため)公表できないが…(知る人の胸に)希望が湧いたことは確かだ. 【注意】「金融資本」は(FC2の)禁止ワードです.

てげてげ(1) てげてげ(2) なんちゃらかんちゃら 文殊菩薩 里子のブログ ぽんぽこ笑店


百済国(日本国の先祖)は満州にあった!

1:烏鹿 :

2012/02/09 (Thu) 16:23:29

host:*.dion.ne.jp
百済が満州の地にあったならば、白村江の戦いが行われた時期の百済の地域範囲はどこですか。
12:小ボンボン :

2017/03/10 (Fri) 01:42:15

host:*.au-net.ne.jp
>>11  飯山先生

実は…韓国へ旅立つ前に、先生から手渡された『法隆寺を科学する』 天野 正樹著 は未読でして、まず基礎からと思い
法隆寺に関する様々な書籍を、ヒマを持て余し(!?)読み耽ってゐる訳でありますが(オイオイ)金堂にある配置もこれまた
中央の釈迦三尊を中心に東に釈迦如来、西に阿弥陀如来となっております。
あくまでこれは後世のこじつけでありましょうが、私としては意図してのことだと読み取り鯛のです。
(しかし、いくら目を通してもパッパラパーな建築史は専門外でありますので、建築に関する疑問がおありなら
きのこ姐さんの登場をキボンヌ!)

ちなみに「おたね」については見当がついておりますので、開かれるのであれば、春の勉強会の折にでも。

>>10に言及します
型に嵌った地政学的な思考ですと、百済はどちらかと言えばランドパワー。
倭や伽耶はどちらかと言えばシーパワーの部類。

宗像氏などの(大)神(みわ)氏や安曇氏(和田・綿・海津見)などの海人族三神信仰は…
神仏分離・神仏習合・廃仏毀釈などを経て、一見うやむやになってはいても、その源流は失われてはいないと考えます。

宗像大社の辺津宮(へつぐう)に坐す市杵島姫神は『日本書紀』別伝一書では※瀛津嶋姫(オキツシマヒメ)
の別名とされており、また沖津宮に鎮座したとも伝えられているそうです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%81%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%9E%E3%83%92%E3%83%A1

問題は、百済・倭・伽耶・そして扶余の岐れである渤海との関係性及び、書記が国譲り以外に無視する(王朝とは言えないまでも)
出雲との整合性です。

個人的見解ですが「出雲風土記」を読む限り…古墳然り、大和王朝は出雲をパクッてる(取り込んでいる)雰囲気があります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%8F%E5%AE%87%E9%83%A1#.E6.84.8F.E5.AE.87.E5.85.AD.E7.A4.BE

大社(おおやしろ)であるはずの出雲大社(杵築大社)が意宇にある熊野大社にわざわざ杵と臼を拝借に赴く(でもイチャモンつけて素直に貸さない、笑)
※亀太夫神事の奇祭が示す意味とは一体?

焦らず、じっくりと…中村正臣と違い、合法的な電気泥棒(爆)をしながら、真実に迫れたらいい猫~と思う、主(あるじ)がいない毎日。。。
11:飯山一郎:

2017/03/09 (Thu) 21:36:59

host:211.46.183.35
>>10
小ボンボンさん

志布志市の肆部合(しぶあい)の板碑(石碑)は…,

北朝側が建立した北朝側将軍の供養塔ですが…

板碑に刻まれた梵字(サンスクリット文字)の意味を…

小ボンボンさんほど深く考え,深読みした学者はいなかった.

小ボンボンさんのよ~に,ロクに仕事をせず,朝から深夜まで歴史の勉強をしている方は,大したもんだなぁ~!と,タマげています.


ワシは…,

肆部合(しぶあい)の板碑(石碑)の意味付けで重要なことは…,志布志市の郊外で,想像を絶する南北朝の戦いがあった!ということ.

そして…,

南朝側も深い痛手を負いながらも…,

後醍醐天皇の「おたね」を辛うじて守り抜き…,

しかし,更なる北朝方の追悼を怖れて…

錦江湾を渡り,薩摩半島に逃れても,落ち着き場所がなく…

ついには,下甑島(しもこしきじま)まで落ち延びていった.

このことを↑↑W氏に話したところ…

「なるほど.とにかく志布志で会いましょう」と言われました.


とにかく! 南朝方の「おたね」が,志布志市の郊外におられて…

北朝方に追われて下甑島まで落ち延び…

やがて…

九州を北上していって…,

長州は熊毛郡・田布施で雌伏の時を過ごし…

明治天皇になる御仁を東京に送り届け…

それが,今上陛下につながる東京皇室.

このことを↑↑安倍晋三に伝えるのは…

W氏になるでしょうが…

小泉純一郎(薩摩・熊毛郡・田布施の鮫島家の末裔)も…

安倍晋三(長州・熊毛郡・田布施の佐藤家の末裔)も…

自分が南朝方の人間であることを(ウスウス)自覚していることは…

確かなことのよ~です.
10:小ボンボン :

2017/03/09 (Thu) 15:51:44

host:*.ocn.ne.jp

今日は肆部合の板碑のうち、上部のみが残る一基について思いを馳せてみる。
http://www.city.shibushi.lg.jp/docs/2013091200219/files/tano-shibushi_06_0810.pdf
http://www.city.shibushi.lg.jp/bunkazai/51d133ef077.html

大日如来を表す「バン」(神仏習合では天照)
薬師如来を表す「バイ」(神仏習合では素戔嗚尊、国常立命他)
ちなみに、薬師如来は東方にある極楽浄土を指す。
つまり宗像・安曇・住吉(すみのえ)の三神信仰から結論づけて
西にある極楽浄土を指す阿弥陀如来「キリーク」(神仏習合では熊野権現、八幡神)
であったのではなかろうと。

つまり、東方の北朝は許せても、西方すなわち南朝の極楽浄土は許せない。
そんな思いに駆られた人間による破壊も十分考えられる。(西の天皇の破壊)
おそらく南朝の年号を示す興国2年も刻まれていた。そんな気もする。

ま、ただの妄想です。
9:きみ :

2017/02/23 (Thu) 06:55:47

host:*.iberbanda.es
>>6
お返事を頂きながらお礼を申し上げるのが遅くなり申し訳ありませんでした。

仰る通り… 音が似ているだけなら世界中に関係のある場所が出来てしまいますね(汗)
安易な関連付けに対する戒めに致します。
8:飯山一郎:

2017/02/19 (Sun) 17:51:05

host:218.150.171.17
>>7
RTさん.↓↓あなたがおっしゃるとおり…

>他の地名はともかく対馬がぴったり文字まで合っているから
>魏志の邪馬台国が日本列島のどこかだと無条件に考えてしまう

 このことは…↑↑

 本居宣長,新井白石の時代から…
 日本の古代史を日本列島の中だけでしか考えなかった…
 東アジア全域を見渡しながら魏志を読まなかった…
 日本人の「日本列島に限定した歴史主義」のセイです.

 東アジア全域を見渡せば…,
 渤海湾(遼東半島,山東半島)も,黄海(朝鮮半島)も…
 陸地の沖合には無数の島々が散乱・散在していて…
 「対馬」という名前の島は,10個以上もあったそうです.
 大きな島の向かい側にある島は,「対馬」と呼ばれていたし….

 で,問題の「対馬」は…,遼東半島の下の方角にある「対馬」だ
 と,私は考えています.
7:RT :

2017/02/19 (Sun) 15:59:10

host:*.ocn.ne.jp
魏志の邪馬台国が日本列島のどこかだと無条件に考えてしまうのは
他の地名はともかく対馬がぴったり文字まで合っているから
ここまでは朝鮮半島ここからは日本列島と容易に誘導されてしまうからだと思います。
これはそのために日本書紀がわざわざ合わせてきたと考えていいのでしょうか?

本来の対馬は飯山先生はどこだとお考えになりますか?
6:飯山一郎:

2017/02/16 (Thu) 21:26:27

host:121.188.207.6
>>5
きみさん

「扶余」と「芙蓉」は,日本語発音での語呂は似てますが,関係ありません.

漢字の地名を,日本語の発音で読んで,発音が似ている!というのは,間違いのモトです.

古代史専門の学者も…,

『魏志倭人伝』の「末慮」と「松浦」の発音が似ている!ということで,「邪馬台国は日本にあった」という妄想につながっていった,という馬鹿馬鹿しい話があります.

こういう↑↑語呂合わせの間違いは,ゴロゴロあります.そろそろ止めたほ~がE~でしょう.
5:きみ :

2017/02/16 (Thu) 06:26:58

host:*.iberbanda.es
こんな大昔のスレに恐縮です。
先生の日本の古代史の記事一覧にありました「日本のルーツは扶余」を見て思ったのですが、
富士山の雅号の「芙蓉峰」はこれと何か関係があると先生はお考えでしょうか?

「富士山」の名称の最も古い記録は年代が特定されていますが、「芙蓉峰」についてはただ
富士山の異称・雅号と解説されるのみで… もしかしたら「芙蓉峰」の名称の方が古く「富士山」の方が
新しかったのでは… などと想像しています。
4:飯山一郎 :

2012/02/10 (Fri) 02:53:57

host:*.ocn.ne.jp
烏鹿さん
百済国の歴史を知ろうとしたら、中国の史書に頼る以外ありません。
で、百済の建国の地は、遼西です!

梁書(りょうじょ)に「百済は遼西・晋平二郡を置く」とあります。
この所在地について,『通典』には,
「柳城(古の龍城)と北平の間を言う…」とある。
この北平とは古の漢帝国時代の北平郡を言う。
北平郡は「清朝」期に入り,「永平府廬龍(ルーロン)県」となった.
今日の河北北部の、「廬龍県」である.
「廬龍県」の地図は、私のHPに載せてあります。
http://grnba.com/iiyama/html/16kodaisi.html#ruron
「廬龍県」は、地図↑にあるように「秦皇島市」の更に東側=遼西!と
言うより、河北省!なのです。
今までの常識が、いかに間違って(改竄されて)いたか!分かるでしょ?

白村江は、西朝鮮湾に注ぐ大同江か、鴨緑江です!
詳しくは、山形明郷先生の『卑弥呼の正体』(三五館)を読んで下さい。

熊津(現公洲)が百済の都だった、というのも『古代史犯罪』が暴露した
ように、改竄された歴史です。
熊津は、もともと、満州(東北地方)にあった都城です!
このことは、中国の史書を丹念に読んでいけば分かります。

                                  飯山一郎
3:烏鹿 :

2012/02/10 (Fri) 00:31:17

host:*.dion.ne.jp
?!?!
 まず、ご返答頂き、びっくりしながら、、、とても光栄です。嬉しかったです。
 私、実は、去年から飯山先生のホームページを見ている中国東北地区出身の者ですが、
さすがに、ここまでのことは思わなかったです。本当に、、、想定外、、、です。
百済は、高句麗に追われ遼西に行ったという中国の史書は、間違いですか?

 白村江という河は、遼東でのどの河でしょうか。まさか、鴨緑江でないですよね。
都とされた熊津(現公洲)も嘘ですか?
すみません。知識が不足しすぎまして、、、
2:飯山一郎 :

2012/02/09 (Thu) 19:38:13

host:*.ocn.ne.jp
遼東です。

百済国の最後の都(みやこ)が置かれたという
「扶余」(太田[テジョン]市の東に位置する)は、
日本の歴史学者による歴史改竄です。

 cf. 『古代史犯罪』(山形明郷著 三五館)

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