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ここは、射能地獄を生き抜き生き残るための恵と術を伝え合う掲示板です。国家や政府やマスコミが「殺人機関」と化した今、放射能から生命(イノチ)を守るサバイバル技術の習得だけが、生き残り(survival)を保証する最後の砦(とりで)です。放射能地獄では議論は不要!互いに助けあう者たちが集い、互いに助けあう!いまや、日本人が生き残る道は、自助努力と相互扶助。この二つしかないのだから。(管理人:飯山一郎 TEL:090-3244-5829)
地獄の釜が満杯になる日】あの亡国の原発大爆発から6年の歳月が(徒に)流れた.この間,核燃料の超微粒子(ホットパーティクル)を吸引し続けたがために,1億総内部被曝!結果は,激甚なる多病・多死社会が到来し,都会の人影は見る影もない.徹底した報道規制で大量死は不可視.ために1億総危機感ゼロの脳天気.この精神の劣化で,フクシマ以前の日本民族は消滅.日本民族の絶滅は(数百万人を除いて)すでに完了している.

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百済国(日本国の先祖)は満州にあった!

1:烏鹿 :

2012/02/09 (Thu) 16:23:29

host:*.dion.ne.jp
百済が満州の地にあったならば、白村江の戦いが行われた時期の百済の地域範囲はどこですか。
9:きみ :

2017/02/23 (Thu) 06:55:47

host:*.iberbanda.es
>>6
お返事を頂きながらお礼を申し上げるのが遅くなり申し訳ありませんでした。

仰る通り… 音が似ているだけなら世界中に関係のある場所が出来てしまいますね(汗)
安易な関連付けに対する戒めに致します。
8:飯山一郎:

2017/02/19 (Sun) 17:51:05

host:218.150.171.17
>>7
RTさん.↓↓あなたがおっしゃるとおり…

>他の地名はともかく対馬がぴったり文字まで合っているから
>魏志の邪馬台国が日本列島のどこかだと無条件に考えてしまう

 このことは…↑↑

 本居宣長,新井白石の時代から…
 日本の古代史を日本列島の中だけでしか考えなかった…
 東アジア全域を見渡しながら魏志を読まなかった…
 日本人の「日本列島に限定した歴史主義」のセイです.

 東アジア全域を見渡せば…,
 渤海湾(遼東半島,山東半島)も,黄海(朝鮮半島)も…
 陸地の沖合には無数の島々が散乱・散在していて…
 「対馬」という名前の島は,10個以上もあったそうです.
 大きな島の向かい側にある島は,「対馬」と呼ばれていたし….

 で,問題の「対馬」は…,遼東半島の下の方角にある「対馬」だ
 と,私は考えています.
7:RT :

2017/02/19 (Sun) 15:59:10

host:*.ocn.ne.jp
魏志の邪馬台国が日本列島のどこかだと無条件に考えてしまうのは
他の地名はともかく対馬がぴったり文字まで合っているから
ここまでは朝鮮半島ここからは日本列島と容易に誘導されてしまうからだと思います。
これはそのために日本書紀がわざわざ合わせてきたと考えていいのでしょうか?

本来の対馬は飯山先生はどこだとお考えになりますか?
6:飯山一郎:

2017/02/16 (Thu) 21:26:27

host:121.188.207.6
>>5
きみさん

「扶余」と「芙蓉」は,日本語発音での語呂は似てますが,関係ありません.

漢字の地名を,日本語の発音で読んで,発音が似ている!というのは,間違いのモトです.

古代史専門の学者も…,

『魏志倭人伝』の「末慮」と「松浦」の発音が似ている!ということで,「邪馬台国は日本にあった」という妄想につながっていった,という馬鹿馬鹿しい話があります.

こういう↑↑語呂合わせの間違いは,ゴロゴロあります.そろそろ止めたほ~がE~でしょう.
5:きみ :

2017/02/16 (Thu) 06:26:58

host:*.iberbanda.es
こんな大昔のスレに恐縮です。
先生の日本の古代史の記事一覧にありました「日本のルーツは扶余」を見て思ったのですが、
富士山の雅号の「芙蓉峰」はこれと何か関係があると先生はお考えでしょうか?

「富士山」の名称の最も古い記録は年代が特定されていますが、「芙蓉峰」についてはただ
富士山の異称・雅号と解説されるのみで… もしかしたら「芙蓉峰」の名称の方が古く「富士山」の方が
新しかったのでは… などと想像しています。
4:飯山一郎 :

2012/02/10 (Fri) 02:53:57

host:*.ocn.ne.jp
烏鹿さん
百済国の歴史を知ろうとしたら、中国の史書に頼る以外ありません。
で、百済の建国の地は、遼西です!

梁書(りょうじょ)に「百済は遼西・晋平二郡を置く」とあります。
この所在地について,『通典』には,
「柳城(古の龍城)と北平の間を言う…」とある。
この北平とは古の漢帝国時代の北平郡を言う。
北平郡は「清朝」期に入り,「永平府廬龍(ルーロン)県」となった.
今日の河北北部の、「廬龍県」である.
「廬龍県」の地図は、私のHPに載せてあります。
http://grnba.com/iiyama/html/16kodaisi.html#ruron
「廬龍県」は、地図↑にあるように「秦皇島市」の更に東側=遼西!と
言うより、河北省!なのです。
今までの常識が、いかに間違って(改竄されて)いたか!分かるでしょ?

白村江は、西朝鮮湾に注ぐ大同江か、鴨緑江です!
詳しくは、山形明郷先生の『卑弥呼の正体』(三五館)を読んで下さい。

熊津(現公洲)が百済の都だった、というのも『古代史犯罪』が暴露した
ように、改竄された歴史です。
熊津は、もともと、満州(東北地方)にあった都城です!
このことは、中国の史書を丹念に読んでいけば分かります。

                                  飯山一郎
3:烏鹿 :

2012/02/10 (Fri) 00:31:17

host:*.dion.ne.jp
?!?!
 まず、ご返答頂き、びっくりしながら、、、とても光栄です。嬉しかったです。
 私、実は、去年から飯山先生のホームページを見ている中国東北地区出身の者ですが、
さすがに、ここまでのことは思わなかったです。本当に、、、想定外、、、です。
百済は、高句麗に追われ遼西に行ったという中国の史書は、間違いですか?

 白村江という河は、遼東でのどの河でしょうか。まさか、鴨緑江でないですよね。
都とされた熊津(現公洲)も嘘ですか?
すみません。知識が不足しすぎまして、、、
2:飯山一郎 :

2012/02/09 (Thu) 19:38:13

host:*.ocn.ne.jp
遼東です。

百済国の最後の都(みやこ)が置かれたという
「扶余」(太田[テジョン]市の東に位置する)は、
日本の歴史学者による歴史改竄です。

 cf. 『古代史犯罪』(山形明郷著 三五館)

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