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金正恩2018年元旦,金正恩,五輪外交を開始!平昌五輪を大成功に導く.習近平が金正恩を超国賓待遇!金正恩が米朝首脳会談を提案,これをトランプが即断で受諾!金正恩,板門店から韓国に入り,南北首脳会談.大成功!トランプが5月中の米朝首脳会談を示唆.マティス国防長官が「駐韓米軍の撤退」を示唆!…まさしく激動の2018年だ.この激動の切っ掛けをつくり,激動をリードしてきたのは,金正恩(34)だ!今後も金正恩は世界をリードする!目が離せない.深い考察と議論が必要だ.(M部長・飯山一郎)
金正恩の真実 金王朝の“深い謎”ビビンバ!北朝鮮!
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飯山一郎へ伝言・密告・質問・短信etc -19-

1:飯山一郎 :

2016/09/15 (Thu) 09:20:45

host:*.sakura.ne.jp
世界で最も裕福な国になった中国に,飯山一郎が3ヶ月も滞在しているのは…,人々の底抜けの明るさ,心のやさしさ,カネを使いまくる鷹揚さ,美しい環境,街なかにも郊外にも公害なんてないし,放射能もない,これほど愉快で居心地の良い国だったとは!という驚きがあるからだ.そういう中国と日本の「国家格差」は,山谷のドヤ街と田園調布,あるいは横綱と幕下ほどの差はないが,今の日本は「落ち目の前頭」が末期癌で死にかけている様相だ.だから「日本」を語るのは今だ!死んだら語れない….
336:小川秀之:

2016/10/06 (Thu) 09:06:14

host:*.com.au
ご無沙汰しております。時間の都合がつかず布志に訪問できませんでした。
よろしければづれ青洲訪問を考えていますが。
私的戦後史を書いてみょうと思い立ちました。
多少書いたもののひとつです。


歴史研究的同志

拙書額田王の童謡を桂重俊先生が一般に理解されるまでには数十年かかるであろうと予言めいた批評をしてくれた。
三十年以上前に書いた本の再判である同じく拙書の古代天皇制研究でも、今現在どの程度読破していただいた人が理解したかなと考えるときわめてこころもとない。
しかし桂重俊先生以外にすくなくとも一人だけこれらの本の言わんとすることを理解していることがいると断言できる。
それは飯山一郎氏である。
僕は飯山一郎氏がほとんど僕と同じ日本古代史観を共通することや、氏が氏のブログで僕のことをべたほめしてくれたことででお世辞を言っているのでなく、心から飯山一郎氏は歴史上まれな日本の「賢者」だと思っている。
世の中に賢い人はいくらでもいる。いや賢い人だらけである。
しかし真の「賢者」ごくまれにしか現れない。
マリア テレサ や周恩来や郭小平などがそうだと思う。
日本の過去では「賢者」というのは非常にすくない。
西郷隆盛や犬養毅は偉人だろうが「賢者」ではない。
というのは暗殺されたり、死場をみつけょうとしたりしたからだ。
「賢者」は賢明であり、生きれるだけ生きて、より人のためにつくす才能をもつたひとであると思う。
日本の志士暗殺という文化が「賢者」をだしにくくしているのだろう。
少ない中で僕は宮崎濤天は「賢者」だったと思う。
日本問題ではなく、中国問題にかかわったことで暗殺の対象にならずにすんだのだろうか。
また勝海舟も「賢者」なのかもしれない。
現代では飯山一郎氏以外に残念なのだが武田邦彦は「賢者」となれる要素があると思えるのだがであまりにも国粋主義的要素が邪魔をし続けているようにみえる。
飯山一郎氏のブログを毎日見ていて飯山一郎氏は中国史上賢者中の「賢者」である越の功臣范蠡(はんれい)の生まれ変わりのような人だと感嘆している。
最初にそう思ったのは飯山一郎氏がお弟子さんに豚を飼うことを勧めた記事に目がおよんだときである。
ある人が范蠡にどうしたら金持ちになれるのかと尋ねたとき、范蠡は五畜(馬、牛、豚、羊,山羊) を飼えと言ったことを記憶していたからだ。
范蠡の蠡の字には名前としては珍しい虫、虫の字画をもっている。
飯山一郎氏自身も蜂を飼ったり乳酸菌などの虫虫した奇畜を飼ったりしている。
それら奇畜を飼うことにより多分巨額のお金が飯山一郎氏の口座に転がり込んでいるのだろう。
「賢者」が「賢者」たるゆえんのひとつとしては生きれるだけ生き、金持ちになれる方法をも知りながら、金や財産に執着しないこともあろう。
范蠡は主の勾践が宿敵呉を倒したあと、勾践の性格をみぬき、災いが及ぶのを避けて、斉国に一族郎党引き連れて逃げた。
この斉国というのは今の山東省当たりにあった国でその首都の臨淄というのは、いま飯山一郎氏が居をかまえる青州市の隣りである。
范蠡もそのあたりに居をかまえ商売をはじめたのであろう。
やがて范蠡は巨万の富を得、斉国でも名声を得、斉国は范蠡を宰相になることを勧誘するのだが、范蠡は名が上がり過ぎるのは不幸の元だと全財産を他人に分与し斉国を去り宋の定陶(山東省)に移るのである。
飯山一郎氏を僕が「賢者」とするのは今転がり込み、将来もっと転がり込みこむ金を福島原発事故以来放射能で汚染まみれになり続けている日本から一人でも多く人を救い、新たな「新日本国」建設資金にまわそうとしているからだ。
いずれ飯山一郎氏は日本の救国の士とあがめられ、中国では中国浄化に貢献した偉人とあがめられるであろうしおもう。
ところでほとんど同じ飯山一郎氏と僕との日本古代史観に戻るのだが主だったことをのべてみるとつぎのようである。
1  百済は元遼東、遼西にいた。
2 日本は百済の後継国である。
3 日本の建国は辛酉年の661年である。
4 日本の初代の天皇は天武天皇である。

僕は百済の後継国や日本の建国は辛酉年の661年や初代の天皇は天武天皇ということをはっきり認識するにいたったのは飯山一郎氏の論の影響による。
僕と飯山一郎氏の見解の相違は飯山一郎氏は天武天皇は百済の出自と考えているのだが、僕は天武天皇は高句麗の出自だと考えているぐらいのものであろう。
百済は高句麗より分離し南下したのは最近までは朝鮮半島と思っていたのだが、最近ではそうではなく遼東、遼西へと南下しやがて山東にまで南下し山東半島から対岸の今の京城あたりに渡ったのではないかと思うようになった。
飯山一郎氏の見解はどのようなものであろう。
飯山一郎氏が「新日本国」を青州市で旗揚げできたのは、なにか必然的な結果だと思える。
将来飯山一郎氏と「真正日本古代史」を共同執筆し中国語で中国で出版することが僕の夢の一つである。


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