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金正恩2018年元旦,金正恩,五輪外交を開始!平昌五輪を大成功に導く.習近平が金正恩を超国賓待遇!金正恩が米朝首脳会談を提案,これをトランプが即断で受諾!金正恩,板門店から韓国に入り,南北首脳会談.大成功!トランプが5月中の米朝首脳会談を示唆.マティス国防長官が「駐韓米軍の撤退」を示唆!…まさしく激動の2018年だ.この激動の切っ掛けをつくり,激動をリードしてきたのは,金正恩(34)だ!今後も金正恩は世界をリードする!目が離せない.深い考察と議論が必要だ.(M部長・飯山一郎)
金正恩の真実 金王朝の“深い謎”ビビンバ!北朝鮮!
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新時代を最先端で読み解く激論スレー39-

1:堺のおっさん:

2019/11/22 (Fri) 21:14:12

host:*.enabler.ne.jp

令和の時代に入りますます旧来の構図で世界を捉えることが陳腐化しだしている。

覇権対反覇権、緊縮財政対反緊縮財政。

この2大テーマから世界と日本を見ることの意味は深い。

今スレでは更なる進化を図っていきたい。

なお、mukuの投稿は『座敷牢』スレに限定する。

本スレ以外の投稿も苦情が多いからである。
334:この世は焼肉定食 :

2020/02/15 (Sat) 12:49:46

host:*.ocn.ne.jp

>>332 亀様
武田氏の動画、面白いですね。
下記は、宮崎正弘氏の書評です。長沼浩明氏の説…興味深いのですが、どう思われますか?
個人的には(!?)、神武天皇が実在していた方が嬉しいのですが…。


邪馬台国はあったのか、なかったのか?  最新科学で古代史を解明すると意外な事実が続出した
♪ 長浜浩明『日本の誕生 皇室と日本人のルーツ』(ワック)

左翼学者、左まき歴史家は、GHQのお先棒を担いで『日本書紀』は偽書、インチキだと嘯き、
また「神武東征」なんぞは架空の作りばなしであり、本当はなかったのだと声高に言い張ってきた。
しかし科学的アプローチをすれば、神武天皇の実在、その東征は証明される。
日本書紀に書かれた内容の真実性も殆ど証明されてきた。  

長浜氏は在野の歴史研究者ゆえに、氏の所論は斯界からは無視されている。
学界にも派閥が蔓延り、視野狭窄と非寛容は、どの世界でもニューカマーを排斥するから、意外でもないが、
正論は伝え続けなければならない。  

ただし神話から逆算すると神武天皇の即位は紀元前660年となるが、長浜氏は科学的アプローチによって、
計算をやりなおし、神武天皇即位は紀元前70年だったとされる。  
この斬新な科学的方法、どこまで歴史家の賛同を得られるかは別の問題である。  

古事記、日本書紀では神武東征の歳月も異なれば、それぞれの天皇の在位期間も異なる記述となっている。
なぜなら当時の暦は現代のそれとはまったく違い、現在の半年の時間が一年だった。
長浜氏は、この方式を独自の方程式で測定し直したのだ。

そこで氏の経歴を拝見すると、東工大建築科卒、工学博士。
あ、納得がゆく。科学的工学的建築学的方法で、歴史の真実に迫ると、旧来の古代史専門家らが見落としてきた
諸矛盾が一気に解明されるわけだ。   

こうした原則に立脚する氏から見れば、直木考次郎や家永三郎批判は当然にしても、井沢元彦、渡部昇一、
田中英道らの所論も怪しい箇所ありとなり、とくに岡田英弘歴史学への批判となる。  

それはさておき、本書で長浜氏は邪馬台国について次の所見を述べる。  
倭人という古代日本人は、北九州(倭国)と朝鮮半島南部一帯を意味した。
魏志でも、倭国以外の国の存在は記述されており、「加えて『旧唐書・日本』には、大和朝廷が北部九州の
倭国連合を併呑したことを彷彿させる記述が遺されている」  当該書には「日本国は倭国の別種なり。
其の国、日の辺に在るを以て、ゆえに日本を以て名と為す」云々。  

それゆえに長浜氏は続ける。  
「今までシナは倭国と外交関係を結んできたが、その地は大和朝廷が併呑し、以後、シナと外交関係を結ぶのは
大和朝廷・日本である、と宣言した」
(中略)「日本書紀に邪馬台国の記載がないということは、四世紀初頭の大和朝廷にとって、衰退した『女王国』
の併呑など、もはや取るに足らない地方の一事件に過ぎなかった」からである(150-151p)。  

氏の論理展開から言えば、邪馬台国の所在など重要課題ではないことになるが、ともかくも邪馬台国は何処にあったか
という素人筋の興味への一見解として、福岡県山門郡瀬高町(現在のみやま市瀬高町女山の西の高台、女山神護石周辺)
に卑弥呼の宮があったのではないか」とする。(172p)

周辺はまだ採掘作業の進まない遺跡が数多くあるが、これまで「中広銅矛」や首飾り、甕棺墓、石棺墓が出土、
また権現塚は高さ五メートルの円墓なども存在している。

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