★ 掲示板:『放知技(ほうちぎ)』 ★彡
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2018年元旦,金正恩,五輪外交を開始!平昌五輪を大成功に導く.習近平が金正恩を超国賓待遇!金正恩が米朝首脳会談を提案,これをトランプが即断で受諾!金正恩,板門店から韓国に入り,南北首脳会談.大成功!トランプが5月中の米朝首脳会談を示唆.マティス国防長官が「駐韓米軍の撤退」を示唆!…まさしく激動の2018年だ.この激動の切っ掛けをつくり,激動をリードしてきたのは,金正恩(34)だ!今後も金正恩は世界をリードする!目が離せない.深い考察と議論が必要だ.
(M部長・飯山一郎)
EG・堺のおっさん等 爺さんが元気なスレ -31-
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1:飯山一郎
:
2017/12/30 (Sat) 20:28:54
host:*.dion.ne.jp
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2017年2月11日(建国記念日).安倍晋三はフロリダで,トランプ大統領と固い盟友関係を結んだ.結果,日本国は従来の支配者=米国ネオコンからの独立を果たした.これを嫌ったネオコンは,朝日新聞や民進党を使って「モリカケ疑惑」をデッチあげ,倒閣を狙った.しかし安倍晋三は耐えに耐え(普通なら失脚),狙いすまして衆院を解散し,総選挙に圧勝!ネオコン勢力を蹴散らした.続く2018年はイカなる年になるのか? タコどもを排除した放知技で,ごゆるりと御議論願いたい.
なお,本スレのスレ主は,堺のおっさん.EGはメンテ部長です
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409:mespesado
:
2018/02/11 (Sun) 13:07:12
host:*.itscom.jp
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>>405
この投稿を例の「めい」さんがご自身のブログ「移ろうままに」でまたコ
メント欄で紹介して下さいました↓
http://oshosina.blog.so-net.ne.jp/2017-05-02
で、その本体記事では、高橋富代さんという元下田市議会議員の方の論文
『アメリカよ、日本を打つならまず自らの手を清めよ』を紹介しておられ、
私の >>405 と同趣旨の、もっと実体験に基づき詳しく論じておられます。
この論文の趣旨についてはほとんど完全に同意するところなのですが、た
だ若干蛇足にはなりますが、コメントしたいところがありました。それは以
下の部分です↓
> 対中国があり日米同盟は必要だが、しかしアメリカもまた日本を必要
> としている。過度の依存とそれ故の過剰な謙虚さは、長い目で見れば結
> 局日米関係を損ねる。まずアメリカが礎石を置いた中韓の重層的反日の
> 構造を把握しないと、それへの対抗策を見出し得ない。結論を先に述べ
> るなら、安倍総理の戦後レジウムからの脱却が急務で、そのためには憲
> 法改正が必須。自衛隊から国防軍ヘの昇格を。それを即戦争と結びつけ
> るのは幼稚である。日本が侵略したい国など、世界のどこにもありはし
> ない。そこからの侵略から守りたいと思う国ならある。
> しかし東京裁判史観からの脱却に、政府レベルでは限度があるのでは
> ないか。たとえば、安倍政権の河野談話見直しは、韓国(とアメリカ)
> に痛打だった。それならなぜいっそ、談話を破棄するなり河野洋平氏を
> 国会喚問せぬのだろう。後者は「前例がない」という納得しがたい理由
> で、呼ばぬという。
> ひょっとしてアメリカへの慮りであり、またアメリカからの「圧力」
> ではないかと、穿ってしまうのだ。明らかなことは唯一つ、何らかの理
> 由で、政府が米国に対して及び腰であることだ。ならば、民間で立ち上
> がり声を上げるしかないではないか。いかなアメリカとて、国民の声ま
> では封殺できぬ。政府を頼むな、自ら立ち上がり戦え。一部が怯える如
> き「ナショナリズムの復活」などではない。自力で立ち、自分で身を守
> れる普通の国になろう、と言っているだけのことである。
という部分、それと「付記」として追加された以下の部分です:
> 付記 拙稿を書き終えてからしばらくして、朝日新聞が八月五日の朝刊
> で「慰安婦問題の事実関係に誤りがあった」と認めた。しかし謝罪は無
> く、英文版では一行も触れず、その上、論点をずらして相変わらず慰安
> 婦をネタに日本を叩く構え。政府はこれだけの環境が整ったのに、(お
> そらく対韓国対アメリカへの外交配慮から)河野談話の見直しはしない
> という。やはり国民が覚醒して立ち上がり、この仕組まれた情報という
> 名の戦争を戦うしかない。互いに呼びかけ、手を組み立ち上がろうでは
> ないか。
つまり、
① 憲法を改正して自衛隊から国防軍に昇格すべきである。
② 「河野談話」は破棄すべきである。
ということのようですが、私はそのような意見には納得できないし、それは
大多数の国民もおそらくそうで、その民意を受けた現政権の行動原理も同じ
だと思うのです。
まず憲法改正はOKです。自衛隊をいつまでも根拠の無い組織のままで置
くことは、当の自衛隊員の士気にもかかわりますし、また、自衛隊の存在自
体が憲法に根拠規定が無いことは、逆にどこまでもその任務を拡大させよう
とする勢力に法的に対抗することが困難になるからです。
しかし、「自衛隊」を「国防軍」に昇格するという(例えば自民党でも石
破さんたちが考えていそうな)案は大いに問題があると思います。
国防軍にしたいと思う人たちの論理は、何かことが起こって軍法会議にか
かる事態になったとき、「自衛隊員」という身分のままでは、「軍隊」であ
れば国際的に認められる権利が保障されず、民間人と同じ殺人罪とかが適用
されてしまうのではないか、ということを懸念しているようですが、そうい
う人たちに限って、やれ北朝鮮に拉致されている日本人を「力ずくで奪回す
るのに現行憲法ではできないから憲法改正するんだ」とか物騒なことを念頭
に置いていたりします。そらあ、いくら北朝鮮が拉致をした「誘拐犯」であ
るからといって、それを力ずくで奪還することまでが正当な軍事力の運用だ、
とまで主張されたら「ちょっと待て」ということになるのではないでしょう
か。そんな場合に、もし北朝鮮人を戦闘行為の中で殺害してしまったとした
ら、たとえ「自衛隊」という名でなく「軍隊」だったとしても、しかるべき
裁きで「有罪」にされてしまうことは十分有りうるのではないでしょうか?
さて、私が「自衛隊」を「国軍」と呼びかえるのに反対である理由は何か、
と言えば、それは「言霊(ことだま)」思想です。おっと、ズッコケました
か?でも真面目で言っているのです。
「軍」という語は人類の有史以来ずっと存在してきた言葉です。そして、
かつての世界中の「軍」が実際に行ってきた行為を衣として纏っています。
その結果、究極の場面では、軍というものが行ってきた「侵略性」「凶暴性」
というものが、どうしても顔を出し、その結果暴走する可能性が常にありま
す。アメリかで、もしネオコンによる政権奪取が起きれば、日本の「国防軍」
は当然のように「軍」としての対応を要請されて米主導の防衛戦争の名の下
での侵略戦争に駆り出されますし、それだけでなく、日本が仮想敵国に指定
している某国から日々迫害を受けていると感じているアジア諸国からも、日
本が軍事的にその仮想敵国に「強い態度」で出て欲しいという要求が高まる
のも、当然に想定されます。
今の自衛隊が、実力面で実質的に「軍隊」であることは、自他共に認める
事実ですし、個々の自衛官の技術力・実力で言ったら世界でも1位2位を競
えるほどの力量を備えていることは確かでしょう。
ですが、これを敢えて「軍隊」と名乗らず「自衛隊」という不思議な名称
で名乗ることにより、「本当の国防の場合にしか活動しないぞ」という強い
メッセージ性を持つ、そして自衛官の立場からも、本当の国防のときにだけ
命を懸ける任務があるのだ、と納得できて、責任感も士気も上がるのではな
いでしょうか。そして、安倍さんのもろもろの場面での発言から推測すると、
このような観点を、実は安倍さん自身も持っているような気がします。
次に河野談話について。(河野談話そのものについては
https://thepage.jp/detail/20130514-00010002-wordleaf
を参照。)
サヨクの人たちは、ウヨクが戦前の日本軍が行ってきた「残虐行為」をす
べて正当化していて反省しないのでは、将来また同じことを繰り返すことに
なる。だから日本軍が行ってきた悪かったことは素直に反省すべきだ、など
と言います。
ですが、特に90年代後半になってから次々に過去の日本の悪行とされて
きたことが戦勝国によるプロパガンダに過ぎないことが暴露され始めました。
つまり日本がやってきた悪行なるものが、その時代その環境のもとでは背に
腹が変えられない事情があったり、そもそも倫理それ自体が現在とその時代
で違う、などのことも指摘され始めました( >>405 で言及した従軍慰安婦
問題などその典型ですね。あと南京事件における「便衣兵」問題とか)。
こういった経緯を踏まえると、サヨクの主張するような安易な「謝罪」や
「反省」では将来同じ轍を踏まないためには丸で役に立たないことになりま
す。なぜなら、真の原因でない理由を反省したって失敗を防ぐことはできな
いからです(これは製造業でリコール問題に悩まされている人には常識です
よね?)。
つまり、河野談話で「自虐的」な部分をそのままにしておくことは、同じ
日本人にとっての誤ったメッセージ性を持つことになります。だから安倍談
話で日本人が悪い民族だと誤解を招くような文言を逐一修正したのは当然の
ことです。
ところがこれに対して河野談話それ自体を破棄するのはどうでしょうか?
河野談話が発表された当時は、なんと保守層からも河野談話を評価する声
があったのです。1993年9月3日の産経新聞紙上で保守系論客の上坂冬
子氏は、首相(当時)の細川護熙による日本が誤った侵略戦争を行ったとい
う発言に対し、「何と粗雑にして迂闊な発言であろうか」と批判し、それと
の比較で、宮澤前内閣での河野談話を「近年、稀にみる名文といってよい。
相手方のささくれ立った気をしずめ、同時にこちらとして外せないポイント
だけはさりげなく押さえて、見事な和解にこぎつけている」と評価していま
す。
つまり、時の外交上の理由により、事実に反することは言わないが、解釈
や思想にかかわる部分は相手国の国民感情に配慮することがありうるわけで、
当時の国際情勢のもとでは、河野談話の内容は十分練り上げられたものだっ
たのです。
ですから、たとえ吉田証言の虚構性が明らかになった等で新たな事実がわ
かって来た今日であっても、事実として述べられている部分に特段の誤りが
ないのであれば、当時発せられた談話を「破棄」するということは、それは
それで事実の部分も否定するのか、というネガティブなメッセージを世界に
対して発信することになります。
そこで、この河野談話の「事実」の部分は継続して認めたうえで、新たな
事実が判明したり、解釈の部分で問題がある部分を今日的に改めた談話を追
加で発信するのでご承知ください、という手法を採用したのが安倍政権の方
法だったわけです。これ、憲法改正案で、9条1項2項を「そのまま残し」
て自衛隊の存在を追記する「加憲」と考え方がソックリですね。
これは、現在の安倍政権が、一度国際的に公表したメッセージを「破棄」
することは、例え更新が目的であっても今までの方針をご破算にして全く別
の方針を採ろうとしているのではないかという疑心暗鬼を産み、外交上マイ
ナスになることをよくわかっていて、戦略的に動いていることがよくわかる
事例だと思います。