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金正恩の真実 金王朝の“深い謎”ビビンバ!北朝鮮!
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放知技の書斎

1:猿都瑠 :

2019/03/29 (Fri) 15:15:25

host:*.au-net.ne.jp
情報時代と言えど、読書の重要性は増す一方。
古典と呼ばれる書籍群から現在に至るまで、この書籍は必読、こんな書籍を読みました、読んでます。
この書籍はお薦めですとか何でもE~です。
他のスレと重複しても構いませんので、皆さんどうぞ。
105:mespesado :

2019/12/13 (Fri) 10:53:28

host:*.itscom.jp

>>104


或教授の退職の辞 西田幾多郎

https://www.aozora.gr.jp/cards/000182/files/43655_22317.html


> しかしそれに関らず私は何となく乾燥無味な数学に一生を托する気にも
> なれなかった。自己の能力を疑いつつも、遂に哲学に定めてしまった。


 ここに「乾燥無味な数学」と書いてあります。

 私は数学科出身なので、この件について一言(にかこつけて実は重大宣言)。

 大半の数学好きは、実は「パズル好き」なんですね。専門の数学者だって

実はそうです。彼らは当世の未解決問題を解決したいという猛烈なインセン

ティブに突き動かされて、とにかく数学の未解決問題というパズルを解こう

とする。そして、彼らの世界の住人はみなそうだから、彼らにとって興味深

くて難しいパズルを解いた人が最も評価される。

 しかし、そこまで数学の世界に興味が無い人は、「この世の物質世界や逆

に精神世界」にも無縁な数学の世界に何をそんなに血眼になってるの?と感

じるのではないでしょうか。このような現実の物質にも精神世界にも無関係

ということが、上述の「乾燥無味」という印象に集約してくるのでしょう。

 ところで数学という学問には、学問それ自身における深刻な「黒歴史」が

あるのです。それは、20世紀の冒頭に、カントールという天才が「集合」

という概念を追求することにより、すべての数学の分野がこの「集合」とい

う概念を使うと、すべてその「集合論」の一分野として統一的に理解するこ

とができることを示しました。

 ところが、この「集合論」の中に「ラッセルのパラドクス」という矛盾が

見つかり、更にこれがキッカケとなって、数学全般に共通する純粋な「数学

的推論」の世界にすら、次々に深刻なパラドックスが発生してきてしまった

のです。これを数学史では「数学の危機」と呼んでいます。「我々の自然な

感覚に合った概念をそのまま使って論理的に推論していくと深刻な矛盾が生

じてしまう」。このような衝撃の事実を知った数学者は、これに懲りて、矛

盾が絶対に生じないように、ガチガチな「形式主義(数学の世界では、この

言葉にネガティブな意味は無く、むしろ現代数学の基礎として従わなければ

ならない基本中の基本という位置づけにさえなっている!)」で数学を行う

ことがデファクト・スタンダードになってしまったのです。

 ちなみに、この「形式主義」とは、「公理的集合論」という、本当に無味

乾燥な論理式の羅列で書かれたいくつかの「公理」というものを、証明抜き

に正しいものと認め、それのみを基本にして、これに「推論規則」とよばれ

る、これまた無味乾燥な論理式を並べたルールだけを使って数学の議論は行

われなければならない、という方法論このことを言います。

 こうしておけば、あとは機械的に記号の羅列に関する性質を調べることに

よって、形式主義で記述された数学に矛盾が生じないことを確かめれば、パ

ラドクスから逃れられるぞ~、と当時の数学者たちは楽観的に考えたのです。

 ところが、ここで衝撃的な事件が発生します。なんと、ゲーデルという超

天才数学者・論理学者が、「どんなに形式主義を採用して数学を厳密化して

も、数学が矛盾しない(パラドクスが発生しない)ことを証明することは絶

対に不可能である」ということを、カントールの「集合」のような「素朴に

扱うとパラドクスが生じてしまう」ような「危険な」概念を一切用いずに、

小学校で習うような「数(それも整数だけ)」の足し算や掛け算のような、

初等的な道具だけを使って、論理的、厳密に証明してしまったのです!

 この結果、数学者はパラドクスが生じないことを保証するという取り組み

(ヒルベルト・プログラムという)は諦め、この「数学の基礎付け」問題か

らは一切手を引き、再び「パズルの解決」に専念することとなったのです。

 ところで、そもそもこの「形式主義」というのは、驚くべきことに、しか

しまあ「矛盾が生じないことが最優先の課題だ」という動機で発生した主義

なのですからある意味「当然のこと」でもあるんですが、そこで採用された

「公理」とか「推論規則」には、具体的にそれらを選択した理由となる客観

的な根拠というのが、実は「何もない」のです!

 「ええ?!」とびっくりするかもしれませんが、これらの「公理」や「推

論規則」を選択した理由は、それが正当化される客観的な理由があるからで

はなく、単に「形式主義を採用する前の素朴な時代に確立した昔の数学上の

成果を、そのまま形式主義の下でも正しいことにして生かすために、昔から

無意識に使われてきた素朴な推論方法をそのまま正しいということにできる

ような公理や推論規則を選んだだけ」という、単なる「ご都合主義」、「対

症療法」として採用されただけなんです(本当ですよ!)。

 実は私も大学に行くまでは、数学というのは「すべての学問に利用できる

ほど、他の学問のように学問固有の前提を何も仮定せずに客観的な事実と方

法論のみに従って得られる結果だけを証明していく高尚な学問」なんだ、と

素朴に信じ込んでいました。ですから、そのような「汎用性」を持つために

は「無味乾燥」であることは致し方ないことだ、必要悪なんだ、と信じ込ん

できました。

 ところが大学で「数学の基礎付け」に該当する分野に取り組んだ結果、上

に書いたような事実を知ってショックを受けたのです。何か、大げさなよう

ですが、そのことを知ったとき、「生きる意味を失った」と真剣に思うくら

い「絶望感」に打ちひしがれたんです。実は私は他の数学好きと違って、パ

ズルを解くことにはあまり興味は無く、ただ「(抽象世界も含む)世の中の

カラクリを知りたい」というだけの、まあいわゆる「夢見る少年」だったの

で、このような数学界の「パズル解決の成果を競う」だけの、その大元の根

拠については「ご都合主義」を貫く現実には満足できず、それからは、自分

で思考の羽を伸ばして考え悩むことウン十年、なんと、数学の「公理」とか

「推論規則」には、実はある意味で、客観的な根拠が存在するという事実を

「発見」してしまったんです(妄想かもしれませんがw)。でも、それを文

字にして書き起こそうとすると、どうにもモヤモヤしていて、これを数学の

世界で許されるような論文の形にまとめることができず、今日に至っている

のですが、しかしその内容は、自分にとっては明晰で、しかもあまりにも平

凡で何のトリックも含まれないにもかかわらず、結論が衝撃的な事実だった

ので、この話を家人にすると「そんな重大な事実を発見したなら早く論文に

書け」と背中を押されているので、何とか論文にまとめたいと、ずっと思っ

てはいたのですが、生来の wimpy な性格が仇となって、なかなか論文に着

手できないでいました。

 そこで、いよいよ背水の陣ではないですが、この放知技に、このような宣

言をして、逃げがきかないように自分を追い詰めることにしたわけですw

 とううわけで、このスレの趣旨にも合わない「自分語り」をダラダラと書

かせていただき、スレ汚ししてしまいました。悪しからずご了承ください。

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