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放知技の書斎

1:猿都瑠 :

2019/03/29 (Fri) 15:15:25

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情報時代と言えど、読書の重要性は増す一方。
古典と呼ばれる書籍群から現在に至るまで、この書籍は必読、こんな書籍を読みました、読んでます。
この書籍はお薦めですとか何でもE~です。
他のスレと重複しても構いませんので、皆さんどうぞ。
160:猿都瑠 :

2020/12/02 (Wed) 17:36:20

host:*.au-net.ne.jp
白山比咩神社、白山信仰の総本山です。

表参道の雰囲気、何よりも心地良いのです。

拝殿よりも、古の木々に囲まれている、まさに緑一色の表参道。

天橋立で強制的にアースされた肉体は、苔の上を歩いたらとかねてより言っていたハープ奏者の声に素直に耳を傾けていました。

なるほど、手触りとは違う足裏の感触に、なるほど自然の波動を覚えます。

気が付けば参道脇の湧水流れる滝に足を入れていました。

子どもの時以来の記憶が蘇って来ます。

そしてこの白山信仰、穢多や非人の信仰であり、白山信仰を突き詰めると、天皇家と渡来民族や被差別部落と言った、日本最大のタブーに触れるとも。

前田速夫氏が菊地山哉氏の調査を高く評価していると。

菊地山哉は部落史研究としては被差別部落民を異民族起源とする説を唱え、賛否両論を呼んだが現在この説は退けられている。

そして白山信仰の示す五寺に、自分の産まれた地である大聖寺が入っていると。

幼少期は祖父の家の前の道路に出れば、白山が正面に見えていたのです。

山岳信仰(修験道は認めません)という訳ではありませんが、信仰めいたものと言えばここだったのかなと。

両親は大聖寺を良くは言いませんでしたが、自分にとっては落ち着く地でした。

なので白山比咩神社の神域に入った時の波動はまさに自分の幼少期の波動に近かったのかも知れません。

それからは三輪に出来る限り行き、古代稲の禾から出るケイ素の波動を感じたり、三輪山の波動を感じたり。

山体が鼓動をするように迫って見えたりとするのです。

さて、それからの事でした。

恐らく「みち」に書かれていたでしょう。

Jinmo夫妻が高砂を訪れて、有馬温泉に行くと聞いていたので、会えるかもと思えば、元町商店街で40年は通っているという喫茶店を通り過ぎ、

商店街の端まで1kmも歩いて、洋食を食べ終わった自分の目の前近くに呼び寄せるという事が起こったのです。

絶対に目立っている上、自分は入った事はないが知っている喫茶店を二人に気付かせなかった、これは私がこれから夫妻が会う村上氏と対面させた神計らいであると。

ここで村上氏と村上氏の行き付けの喫茶店へとご一緒させて頂きお話を伺いました。

みちの原稿を読ませて頂きましたが、さすが安西さんの師匠、感服しました(前回日曜日)。

そこで村上氏がjinmoさんに言ったのは、人間生きててなんぼ、死んだら穴も掘られへん。

生きてる間に草を引いて、稲を1本でも植えて収穫せんとなと。

将来自給自足の世界がやって来ると、未来予測しているのに、田んぼに入る実感がない方への強烈なパンチだと感じました。

その月末、明治神宮に初めて参拝しようと思っていました。

イベントでは毎年行っているのに、参拝は未だに。

いつもの牛かつに舌鼓を打とうとしていると、jinmo氏の海外マネージャーのMariaも一緒に行きたいと。

しかし何か行ったらダメな気がするとドタキャン。

その日は陛下が即位後初めての明治神宮参拝。

目の前の交差点で見送りましたが、秋篠宮夫妻の車列が。

自分の右側から入って来られ、右側にもお迎えする人の列があったのに、殿下は私の顔を見た瞬間に手を振られると。

帰りもお見送りし(一般参拝が出来なかった)、明治神宮の参道を歩きました。

100年前の明治時代に建てられたとは思えない実に重厚な雰囲気でした。

やはり宮中祭祀を司る神官である掌典(宮内省式部職・主席掌典)を務められた宮地厳夫師が支えられた明治大帝である意味に於いても。

そしてその月末、イチミンさんが1泊で三輪に来られ笠の月次祭に参加されました。

18日の倭姫命にイチミンさんと抱き茗荷さんも来られる前に、誉田八幡宮へ。

ちょうど中学校の下校時間帯、途切れる事なく下校する生徒が境内を通り過ぎて行きます。

飯山翁が堺に来られて、亀さん、堺のおっさん、メッさん達と訪れた以来。

不思議な事に、参拝が終わっても神官以外は誰も境内に居ないのです。

御札を買おうかと思えば、ブレスレットにも目が行きます。

巫女はおらず、宮司さんが応対してくれるのです。

何度目のお参りで?

2度目です。

本日は大安吉日、良いお詣りでと。

思い立って行くにしても、全く調べないし、お詣り中に何か願いもなく、思考は空白なのです。

応神天皇陵を再び仰ぎ見、境内の幼稚園のお迎えに来られたお母さん方と出会ったぐらいで、まるでお詣り迄は誰も入れなかったかのようでした。

そして3日後ぐらいにイチミンさんと抱き茗荷さんが来られて四時間深夜まで話し続け、色々な事を再確認したり、新たな視点を知ったり。

出会うタイミングとは、同じ次元になって初めて接点があるんだということ。

イチミンさんとも抱き茗荷さんとも名古屋一郎会では話し足らなかったということでしょうか。

さて、近畿には五芒星があります。

伊勢神宮、皇大神宮、伊弉諾神宮と。

今年中に全て行かないとと、伊勢神宮、皇大神宮と行って思ったのです。

幸いにも神戸に泊まってるじゃないか、三宮駅から高速バスで行けるのです、70分ほどで。

神戸に向かう当日、京都を過ぎた辺りから、雲の隙間から太陽光が降り注ぐ、所謂光のカーテン状態が神戸に着いても続いて居ました。

岩戸開きかと即感じました。

翌日は午後の便を考えて居ましたが、コロナ禍で減便された午前中の便を見ると、11時前にはバス停に着けると。

そう高速バス乗り場の時刻表を見て決めてJRの高架下を抜けると、太陽光が一度二度と顔を照らすのです。

宿に向かうと、雲に太陽は隠れて居ました。

最近は三輪での草引きでも太陽にお伺いを立てます。

日没まですると決めて望めば、太陽はそのようにと言われる(気がする)のです。

そして翌日、宿に置かれた何紙もの新聞の1番手前に神戸新聞があり、淡路で鳥インフルエンザ発生と。

非常に大規模な殺処分になったのです。

これはまさに国津罪。

伊弉諾神宮で末社を含めてお参りの後、拝殿から少し離れて、大祓祝詞を一人で初めて奏上をしました。

太陽光に向かって、天童さんも岡山に戻られてから続けておられる日拝鎮魂法を実践。

自らの魄を洗い流し、太陽=天照大御神様の魄を頂き体内に入れるのです。

自分の場合は10回唱えるまでもなく、丹田に太陽の魄が収まり、足下からスッと魄が出ていく感覚がありました。

それからは人目も気にせず、東京駅のホーム、新橋駅前、午前中に正の気を入れるのです。

太陽凝視を行いながら。

超古神道Ⅰ サニワと大祓詞の神髄

を再読して淡路島へ。

超古神道Ⅱ 言霊と太陽信仰の神髄

淡路島の後に再読、この2冊が自分の行動にピタリと当てはまった事実がありました。

そして先日、笠での神事を終え、三輪の依代にやって来た御仁から衝撃の事実を伝えられるのです。

続く
159:猿都瑠 :

2020/12/02 (Wed) 14:25:13

host:*.au-net.ne.jp
相曾誠治師の2冊を再読しました。

超古神道Ⅰ サニワと大祓詞の神髄
超古神道Ⅱ 言霊と太陽信仰の神髄

その前に。

宮地水位師、宮地厳夫師の存在を知り、高知の潮江天満宮を3月に訪れた事を皮切りに、厳島神社に行けないな今回はと思えば、広島市内の橋本町の厳島神社に呼ばれたりと。

7月には明日香の百姓達と靖国神社へ、9月には宇佐八幡、伊勢神宮、熱田神宮、出雲大社へ。

予定を何となく決めれば、最初の予定で行く路線は台風の影響で不通だったり。

しかし天候は晴れるのです。

宇佐八幡も予報は雨も、北九州で夕飯を食べてからの小雨。

伊勢も台風一過の後の晴れ。

熱田も名古屋駅近くのホテルから荷物を取って駅に戻る時から小雨。

出雲大社は快晴。

それから自分が行きたいと思っていた大江山内宮や外宮へ、笠での神事でで会ったハープ奏者(同級生)が行ってると知り、連絡をして天橋立で合流。

これも笠の神事で会って2回目なのに、行きたいんだよと話していたんですね。

ハープ奏者も行くつもりも無かったのに行っていたと。

天橋立の真ん中にある天橋立神社、車で北側に回って海岸を歩いていたハープ奏者の子に裸足で歩いて大地のエネルギーを感じないとと言われ続けていました。

盛り砂の所で削れた砂浜に入ると、靴が全て砂に埋まる事態に。

数年来無いだろう二人で腹を抱えて笑いました。

靴ってやはり大地と絶縁体になっているんですね。

籠(この)神社を参拝。

そこでは笠での神事をずっと行われてきた方と再会。

なんやあんたかいなと(笑)

そこで別れ、大江山の外宮である豊受大神社そして内宮である皇大神社では土砂降りに。

樹齢1000年を優に越える御神木からエネルギーを感じます。

天岩戸神社へ向かうと、天照大神がかつて降臨したと伝わるご神体山、岩戸山山上の雲の形が龍に。

何度もハープ奏者の同級生に言われたのは、流布している情報だけ見て頭で考えてばかりじゃないか?

自然と触れ合って、自然からエネルギーとしての情報を感じ取って無いのでは?と。

全くその通りで、人間は自然の一部である事を忘れていたと。

都市生活とは自然との断然を意味し、本来あるべき人間の姿から遠ざかる一方だと。

小浜で一旦自分は翌日の福井での撮影を行うために移動。

行き先を決めて居ないハープ奏者も福井へ。

そして金沢で能登牛に舌鼓を打ち、白山比咩神社へと。

これが大まかですが、自分のルーツに繋がって来るとは思っても居ませんでした。

続く
158:猿都瑠 :

2020/11/25 (Wed) 15:06:05

host:*.au-net.ne.jp
独り言

日本国とは國體と政体の二重構造。

政体が穢れ、そして國體が禊祓う。

一般的な目で見れば、政治が混沌として常に汚いように思えるのはそのせい。

人工兵器があろうが気象兵器があろうが、思惑通りに使用命令した側の納得した結果が出ようが、実は結果は決まっている。

憲法9条にしてもそう。

実は八百万の神の御神託を受けた者が創ったもの。

共産勢力やらコミンテルンの必要とする思惑通りの効力には決してならない。

日本全国に原発が建てられたのも、戦争を心から望んだ者達を縛る為。

しかし原発を兵器転用に出来ないかと考えた者が出てきた。

日本全国で起こる地震は原発停止に向けての序章だった。

世界最大の原発である柏崎刈羽原発近辺でも大地震が第一安倍政権時にあった。

そして東日本大震災。

大津波が太平洋沿岸を襲い、全原発は停止した。

大津波とは何か。

禊とは塩水で行うもの。

つまり太平洋沿岸各地を大規模に海水で禊を行ったということだ。

魂とは素粒子であり重さを持たない。

天変地異や事故で天命を全う出来ない方々の魂は何かしらの業を背負っているからだ。

そして禊祓され再び誰かの御魂として戻る。

日本に於いて最近の大震災と言えば阪神大震災と東日本大震災。

場所は神戸。神の戸と書かれる重要な場所。

阪神大震災も東日本大震災も極左政権時と思えば彼らの増長を止める為とも言える。

コミンテルンが跋扈し、昭和天皇すら道を誤ったのは、元来世界で最も次元の違うレベルで平和と平等を追い求める民であるのに、軍国に走った点であろう。

戦後に昭和天皇が日本の勝利だけを祈ったのは誤りだった。世界中の民が幸せに暮らせますようにと祈るべきだったと、悔いを発せられたのもそうだ。

神戸に向かう途中、滋賀からずっと雲の間から太陽光が差し続けている。

第2の岩戸開きのように思える。

追伸

宗像市で鳥インフルエンザ発生だとか。

「三つ巴」は宗像の御神紋で、防火の力を持っている。

三柱の宗像の神々は世界中の海を支配しておられ、本拠地は玄界灘にある沖ノ島、中の島、辺津島。

まさに何かが起こり始めている。
157:亀さん:

2020/11/23 (Mon) 05:17:03

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>>156

> 図書館で借りた 高山龍三『河口慧海』を読み終わりました。

堺のキャラ三郎さんは、酒飲みでぐうだらな生活を送っている小生なんかと違って、真面目に川口慧海に取り組んだ・・・。穴があったら入りたいとは、マサニこのこと、自分の日常生活を猛省せねばと痛切した次第です。


> 多田等観

ウィキペディアに「多田等観」の項がありますが、以下の記述に目が留まりました。
__________
多田等観とともにラサに滞在したが、多田等観がセラ寺で修行生活を送ったのに対し、青木文教はラサの街に居住し、特技の写真撮影の腕を活かして多くの当時のチベットの風景・文物を記録した。またチベット仏教を研究し、主にチベットの市井で多くのチベット仏教に関する文物を収集した。また、文法学や歴史学などを学ぶ傍ら、ダライラマ13世の教学顧問として近代化のための助言を行った。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ここで、「青木文教」という人物が登場していますが、青木も大谷光瑞の配下であることが分かります。そして、このウィキペディアの文章にある、青木文教のチベットにおける活動についての記述から明らかなことは、青木の正体は「草」であるということです。草については、最近の拙ブログ記事で言及しました。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-1791.html

この草について、放知技でも以下のような投稿を、小生は10年ほど前に行っています。
__________
『金正日は日本人だった』が発行される少し前から、小生は「草」について山浦嘉久氏らから、直に月一回のペースでお話を聞いてきました。その後、西川一三の著した『秘境西域八年の潜行』、その西川の著書に青春時代に出会い、大いに感銘を受けたという関岡英之の『定刻陸軍 見て果てぬ「防共回廊』と読み続け、その後「草」に関しては栗原氏も推薦している、最も貴重な資料『伊犂紀行』(日野強著)を入手するに至っています。なお、西川一三については、天童竺丸氏がネットに書いていますので参照してください。これは、「反支那地帯を行く ──西川一三の秘境西域潜行」という記事で、一番下の方にある全部で6話のシリーズです。
http://michi01.com/kantougen.html

これと関連して、草、すなわち皇統奉公衆について世の中に公開してはいけないと思っていた情報の一つに、アラスカで行方不明になった冒険家・植村直己が居ます。同氏とはかなり昔池袋で一度お会いしたことがありますが、数年前に栗原から植村直己が皇統奉公衆と聞かされて驚愕、その後は人に話すことはありませんでしたが、何のことはない、天童氏が上記のページに堂々と公開していました(苦笑)。このように、皇統奉公衆の中には出口清吉・日野強・西川一三・植村直己といった、世の中で存在を知られるようになった「名の知れた草」も一部にいますが、これは氷山の一角であり、あとはほとんど世の中に知られることはありません。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/13007953/19/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
西川一三も、正体は草です。その西川については、天童さんが『みち』にシリーズで書いていますので、上掲の天童さんの記事、「反支那地帯を行く ──西川一三の秘境西域潜行」に、一度目を通すとよいかもしれません。


それから、草と言えば北朝鮮。この北朝鮮と韓国の関係ですが、最近BBCが「金委員長、韓国が建設のホテル撤去を指示」と題する報道を行っていたように、北朝鮮と韓国は全く異質の国同士です。
https://www.bbc.com/japanese/50162726

だからこそ、上掲の拙投稿で小生は以下のようなことを書いているわけです。
__________
> しかし、先日W杯の予選で日本と北朝鮮が対戦していましたが、フェアプレーで、中国や韓国に感じられる、国家の為とはいいながら国家を盾にした自分のためのものではない(国家とはそういう時に利用されるものかも知れませんね)、むしろ日本に近いひた向きさが感じられ、好感が持てました。

馬之助さん、北鮮を創ったのは、日本のサンカ(スキタイ)です。ご存じのとおり、紀元前800年代のスキタイは草原の民であり、日本ではサンカと呼ばれている民族です。彼らは天皇の墓つくりのプロ集団でした(石屋)。だから、好感を持てるのも自然の成り行きです。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
W杯について言及しているのは、「馬之助さん」という方で、一度だけ栗原茂宅に案内したことのある人です。その馬之助さんの「日本に近いひた向きさが感じられ、好感が持てました」という発言に注目してください。何故に小生が北朝鮮に親近感を抱くのか、何故に小生が北朝鮮を残置国家と見做しているのか、分かっていただけると思います。


> 河口慧海がイギリスのスパイ説

小生、川口慧海はイギリスのスパイではなく、草だったと思っています。

さて、このイギリスですが、小生の同国についての印象を一言で言い表すなら、「老獪」という言葉で言い表せると思っています。そうしたイギリスの老獪さを如実に示しているのが、江崎道朗氏の最近の動画であり、拙稿「ナショナリズムの今」でも紹介しました。
米英で進むコミンテルン研究と情報史学 江崎道朗のネットブリーフィング 菟田中子【チャンネルくらら】
https://www.youtube.com/watch?v=PKQ9BiZu0sw

今後の世界情勢を卜うにあたり、やはりイギリスの動きに注意していくべきでせう。近く、飯山史観カテゴリで南北朝時代について筆を進めますが、初めて拙記事を読んだ読者は驚愕するはずです。何故なら、落合完爾さんと飯山一郎さんが言及していた、「薩摩ワンワールド」を取り上げる予定をしているからです。

さらに、その薩摩ワンワールドを下敷きに、現皇室と英国の関係も書く予定ですが、皇室や薩摩の島津家、さらには日英同盟といった歴史的事実を挙げるまでもなく、英国が日本に及ぼした、あるいは今でも及ぼしている影響は、実に物凄いものがあります。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
156:堺のキャラ三郎 :

2020/11/22 (Sun) 11:42:06

host:*.zaq.ne.jp
 図書館で借りた 高山龍三『河口慧海』を読み終わりました。河口慧海研究の第一人者である著者が校了中に亡くなるという文字通りの集大成でありとても読み応えがありました。

 河口慧海が本になった第1回目の約3年間のチベット旅行から帰国後の約1年半後に約10年にも及ぶ2回目の旅行に行き、その期間中に大谷光瑞と会っていたり、

 巻末の年譜に河口慧海と同時代にチベットへ赴いた人や試みた人の事柄も載っているのですが、大谷光瑞の命で青木文教が仏跡調査しダライ・ラマに拝謁(1910年)、

 ロンドンで教育事情視察(1911年)、ラサ滞在を経て東南アジアとくにジャワにて約5年間熱帯農業調査(1918年)と書かれてあったのが目を惹きました。

 河口慧海が幼少時に学んだ清学院でガイドの人が「海外の方がよく知られていて外国の方がよく来られます」と言っておられましたが、

 「世界のカワグチになった慧海」という章があるほど世界中に驚きをもたらした一方で河口慧海がイギリスのスパイ説があったことを筆者がそれを淡々と紹介していき、最後にスパイ説に否定的な見解を述べれられておられましたが

 僕は飯山一郎さんの最終講義のYouTube 動画や、亀さんから教わった大谷光瑞との関係から、スパイではないけれどもイギリスと何らかの関わりがあるのかもしれないと思いました。

 あと個人的に宮沢賢治がチベット旅行記に着想を得て「銀河鉄道の夜」を書いたと金子民雄『宮沢賢治と西域幻想』という本で指摘していると書かれてあることにとても興味深かったです。
155:猿都瑠 :

2020/11/07 (Sat) 13:31:22

host:*.au-net.ne.jp
知っては居るでしょうが、「超限戦」~21世紀の新しい戦争~がFacebookの投稿で自分の琴線に来ました。

三輪へ向かう途中、奈良駅で途中下車。

万葉まほろば線への接続時間の17分間に駅ビルの喜久屋書店に駆け込みました。

角川新書があるかどうか、しかし喜久屋書店は品揃えは良い方。

必ず出会えるはず、ハイ50冊にも満たない角川新書の並びにありました。

人民解放軍教授と空軍退役少佐の共著。

これからの中国の動向を考えた場合、戦略をまずは知る所から。
154:猿都瑠 :

2020/11/06 (Fri) 13:03:51

host:*.au-net.ne.jp
「日本人が誤解している東南アジア近現代史」、川島博之著 扶桑社新書、2020年 読了。

現像作業の合間に1日で読み切った。

ベースが農業である為、グイグイと引き寄せられる。

面白いのはGDPの農業の割合が下がる、つまり工業化が進むと人口増加のグラフがなだらかになること。

飯山翁は160億人まで地球は食を賄えると言ったが、川島氏の主張ではそこまで増えないようだ。

東南アジア諸国の「あの戦争」(あの戦争とは大東亜戦争と日本の右派は言い、GHQは太平洋戦争と呼ぶ)
による国民感情から国民の資質までを分析している。

結論からすれば、菅総理がベトナムとインドネシアを国会での所信表明演説前に外遊した事は、川島氏の主張通り。

念頭には中国包囲網があるのでしょう。

所信表明演説前にベトナムとインドネシアを訪問したのは、2国を重視するインパクトには充分。

揚げ足取りメディアは、拙いベトナム語を小馬鹿にする論調、まさに中共を利する為の物。

国民感情の負の部分を煽る初歩的な手なれども、感情ってのは1番厄介である。

どうしてもルサンチマンがあると、見通しが出来にくい。

フェイクで怒りを煽られ、それを信じる輩が多いと混沌とする。

それがまさに今であって。

安倍晋三前総理が大統領選の混沌を見越して、フリーハンドを得たの鴨と言う妄想ぐらいしか希望はないと思うけれども。

中共の思惑を見抜いた国民が増える事を祈って。

猿都瑠@久し振りに充実下読書で1日が長かったサ道22年目
153:猿都瑠 :

2020/11/04 (Wed) 16:41:48

host:*.au-net.ne.jp
亀さんブログで易教と亀卜の話が出たが。

実は亀卜の書籍は4冊しか見当たらない。

・亀卜―歴史の地層に秘められたうらないの技をほりおこす

・新撰亀相記の基礎的研究―古事記に依拠した最古の亀卜書

・神道正伝 亀卜判断法

・杉本亀卜宅相秘鈔

最後の「杉本亀卜宅相秘鈔」に関しては、国会図書館のWeb版で読める。

上記3冊は書棚にあるけれども、概要は全く掴めていない(苦笑)

猿都瑠@サ道22年目
152:猿都瑠 :

2020/11/04 (Wed) 01:33:38

host:*.eonet.ne.jp
メインスレのひとことじーさん氏の投稿。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/17267547/20/

葉室頼昭氏が出てきたので、実は著作を5冊ほど持っています。

春日大社と言えば、現在宮中で行われている儀式のバックアップとして、同じことが催行出来る神社です。

Amazonのレビューを見れば、低い次元を書き込んでいる人たちがいて、苦笑いしていましたが。
151:やまっち♪ :

2020/11/04 (Wed) 00:01:57

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遂に雪が降りましたぞ~~♪ ほんのちょろっとでは有りますが。
150:亀さん:

2020/10/30 (Fri) 04:12:21

host:*.t-com.ne.jp
>>148

> 河口慧海の評伝

即行動に移すとは流石です。栗原稿や落合稿で質問があれば、どうぞご遠慮なく。日本の裏歴を覗くことで、堺のキャラ三郎さんの史観がどのように変わるか、楽しみです。

> 宿題

別に強制でも何でもないので、面倒だったらストップし、少し時間を空けるとE-鴨・・・


>>149

先ほどまで、『みち』(11月1日号)の校正を行っていました。神戸でJinmo夫妻に会い、その足で村上学氏の事務所に行ったようですね。安西正鷹さんの師匠であり、関西方面の裏社会に精通している人なので、今後もお付き合いを重ねていくといいでしょう。

> 小室直樹の中国原論

拙稿「青州へ赴く(8)」にも書きましたが、数年前に飯山さんが待っている青洲に赴く前に、『中国原論』に目を通した在りし日を思い出しました。有り難う。
__________
初めての訪中を明後日に控え、現在精力的に読み進めているのが、『小室直樹の中国原論』(小室直樹 徳間書店)である。小室直樹も中国を解くキーワードとして、宗族と幇を同書の中で取り上げているのだ。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-1246.html
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
149:猿都瑠 :

2020/10/30 (Fri) 00:19:57

host:*.ocn.ne.jp
亀さんブログの、そして自分がメインスレで載せた動画をきちんと視て、書棚から手に取って鞄に入れた1冊。

小室直樹の中国原論。

行き付けの神戸の喫茶店で7割方を読みました。

もはや待ったなしの中国情勢、見れば平成8年の著作。

浅見絅斎の「靖献遺言」も登場し、思わずニンマリ。

恥ずかしながら、目から鱗続き。

神戸の猿都瑠@サ道22年目
148:堺のキャラ三郎 :

2020/10/29 (Thu) 19:42:36

host:*.zaq.ne.jp
 >>147 亀さん

 文章を拝見し、亀さんから宿題を出されたと感じて図書館に行き河口慧海の評伝を借りて来ました。

 家に戻り改めて栗原茂さんや落合完爾さんの文章を読み直して、ただ文字を追っていただけだったとはいえ一応読んでいた落合秘史シリーズの内容を少し思い出すことができました。

 亀さんが提示してくれた視点から評伝を読んでいってどのような学びが得られるか楽しみです。
147:亀さん:

2020/10/29 (Thu) 03:50:33

host:*.t-com.ne.jp
>>146

川口慧海の名を目にして、思わず筆を執りました。

講談社学術文庫が出した川口慧海の筆による、『チベット旅行記』(一)~(五)と『第二回チベット旅行記』、昭和61年版を拙宅の書架に所蔵しています。だから、35年前に入手したということになるので、小生が三十代の頃ということになりますが、当時は独身だったこともあり、会社を辞めて中国やインドを数ヶ月かけ、十代の頃に実践した放浪の旅を再び試みようと、漠然と考えていた時期と重なることから、多分、そのあたりの旅行情報の収集ため、購入したのだろうと思います。結局は実現に至りませんでしたが・・・

当時の小生が川口慧海に抱いていたイメージは、純粋な心から仏教の原典を手に入れる為、遙かなるチベットに赴いた求道者、といった程度のものでした。しかし、その後に至って栗原茂さんとの出会いがあり、川口慧海と大谷光瑞の繋がりを知るに及んで、川口慧海には公にはなっていない、チベット行きの〝真の狙い〟があったのではと睨み、あれこれ個人で調べたものです。そして、今では仄かに川口慧海のチベット行きの目的が分かるようになりました。以下、大谷光瑞について言及した、栗原茂さんや落合完爾さんらの原稿の一部を数本転載しますので、堺のキャラ三郎さんの今後の川口慧海研究に、役立てていただければ幸いです。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し

最初に、栗原稿。
__________
●日野氏庶流の日野強情報
 通説に従えば、日野氏は中臣鎌足系(なかとみのかまたり)の藤原北家流・真夏(まか)が祖といわれ、孫の家宗(いえむね)が山城国宇治郡(京都市伏見区)日野に法界寺(ほっかいじ)(真言宗)を創設、のち資業(すけなり)が薬師堂を建立して日野氏を称したという。また代々(だいだい)が儒道と歌道で朝廷に仕えており、室町時代に将軍家と結縁(けちえん)が成り家格の安定を図るも、将軍八代目義政(よしまさ)の室(しつ)となる富子(とみこ)が応仁(おうにん)の乱を引き起こす火種(ひだね)を生むともいう。即ち富子が産する義尚(よしなお)を次期将軍にすべく、山名(やまな)氏を後見役として応仁の乱に及ぶ原因とされる話のことだ。富子は専横を極め政治に介入のうえ、京七口に(ななつくち)関所を設け税を課したり、高利貸し、米相場にも手を出すなど、市場混乱を招く張本人と見なされるが、たとい悪女としても同類の責任転嫁は政治の常である。こんな物語をして歴史が組み立てられるのも、氏姓鑑識が粗末ゆえ起こる現象であり、大江山に根ざす大本教団の講社(こうしゃ)を何ゆえ綾部(あやべ)に据(す)えたのかを、氏姓鑑識がないまま、個人情報の糸を手繰(たぐ)れば歴史が千切れるのも当たり前である。
 本稿第二回項(通巻二七九号)に記す通り、日野強が新疆を(しんきょう)目指しハミ、トルファンを経て省都(しょうと)ウルムチに到着、このとき清国の文武(ぶんぶ)諸官と漢詩交流を重ね、南州少佐と(なんしゅうしょうさ)呼ばれ大歓迎され、新疆の巡撫(じゅんぶ)や布政使(ふせいし)ほか、赴任のため途次(とじ)滞在中の伊犁(いり)将軍などに、特段の厚遇を得るのも、姓((かばね)家業)に根ざす遺訓として、儒道歌道に通じたからで、家訓に学ぶ伝承あればこその恵みなのである。また日野は宗教観として、信仰の伝染および宗教心の遺伝まで踏み込み「信仰も宗教心も、人から人へと、系統的経路を通り伝わるは免れないため、その祖先とか人種により、また智識(ちしき)程度の如何(いかん)により、崇拝(すうはい)する信奉(しんぽう)する、宗教の同一ならざるは、自然の勢いなり」と結ぶのも宜(むべ)なるかなである。さらに日野は浄土真宗本願寺法主(ほっす)に昇る大谷光瑞(こうずい)一〇歳年少を通じて、特命遂行に特段の協力させるが、これぞ日野が少尉任官後三年間(一八八九~九二)の消息不明事由と重なる。
 大谷家には天皇歴代の皇女(おうじょ)が降嫁(こうか)しており、その経歴は省くも、大谷光瑞(一八七六~一九四八)が日野と出会うのは、嘉仁(よしひと)親王(大正天皇)宝寿一一年に当たり、光瑞一四歳のちロンドン留学(一八九九~一九〇二)一〇年前に当たる。当時二四歳の日野は、神仏分離令、寺社領没収などの後遺症が残るなか、愛媛県出身で軍閥(ぐんばつ)と無縁ゆえ、京都在留の歴代天皇家側辺(そくへん)および大江山霊媒衆の手配により、主に軍事訓練の移動を繰り返し、京を中心に二六歳までの三年間を過ごし、丸亀の歩兵第一二連隊附で年末(ねんまつ)中尉に進級するのは二七歳である。日野は既に年少六歳の出口清吉とも、出会いを重ねており、日清戦争勃発年(一八九四)においては、釜山(ぷさん)に上陸後各地を転戦して、講和後は大連湾(だいれんわん)から乗船して混成第九旅団の編成地に帰還した。清吉も台湾へ出征その帰還船内で病死、全身包帯巻き姿で海中に葬られたとする偽装も、本稿第一回の冒頭に記している。以後、清吉の消息は北清(ほくしん)事変(一九〇〇)の殊勲者として、名を改め京都日出(ひので)新聞に報じられるが、参謀本部出仕(しゅっし)の日野が対露戦略に則り、現地赴任(一九〇二)後一〇年を特務で働くことも、既に記しており、日露講和後(一九〇五)の両者は、日野が功(こう)四級金鶏(きんけい)勲章、清吉が再び京都日出新聞に軍事探偵として報じられる。
 皇紀二五六六年(一九〇六)日野は「その筋…」より、新疆視察の特命が降ると、身の回りを備えるや直ちに北京(ぺきん)入り、以後は『伊犁紀行』に詳しいが、本稿も概略を抜粋して紙面を費やした。日野本に清吉は登場しないが、監修の岡田は日野が綾部に帰住(きじゅう)するのは同二五七九年(一九一九)と記し、大本教の幹部となり、翌年五六歳の長逝と書き記して日野の個人情報を結んでいる。同二五八四年(一九二四)に王仁三郎は朝鮮経由で奉天(ほうてん)に到着する。大正天皇宝寿四六年であり、前年には関東大震災が生じており、皇太子殿下の裕仁(ひろひと)親王(昭和天皇)が摂政宮を果たしておられた。同二五四〇年(一八八〇)日野一四歳のとき、京都堀川御所に貴子(うづみこ)が降誕(こうたん)のち辰吉郎(たつきちろう)と称(たた)えられる。日野が伊犁紀行を終えて東京に戻るのは、同二五六七年(一九〇七)四二歳のとき、辰吉郎二八歳であり、清朝は袁世凱(えんせいがい)が担(にな)うも同二五七二年(一九一二)には、宣統帝(せんとうてい)退位の幕引きがある。ヨーロッパ発の津波は、支那大陸と朝鮮半島に及ぶほど大きくなり、日清戦争、日露戦争を誘引(ゆういん)して日本に雪崩(なだ)れ込む亡命勢力も、人知では計測不能の土石流(どせきりゅう)に巻き込まれる。
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次に落合稿。


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幕末現象と南朝復元
弘化元(一八四四)年八月四日、オランダ使節コープスが長崎に来たり、開国を勧告するオランダ国王ウィレムⅡ世の親書を幕府に呈しますと、長崎奉行が応接して勧告を拒絶します。
これを機に、欧州各国の船舶が来航して頻りに開国を勧め、条約の締結を請いますが、これには欧州王室連合の強い意思を感じます。
折しも、弘化三(一八四六)年二月十三日に即位された孝明天皇は、性急な条約締結と開港が、既に片鱗を見せ始めていた欧州帝国主義に付け入る隙を与えることを憂慮され、国内に潜在する矛盾・対立の解消こそ先決と考えられました。早晩の開国を不可避と覚られましたが、開国に際する西欧勢力の侵入を憂慮し、そうこつ忽滑を戒めるために幕閣を攘夷に誘導しようとしました。これを「臆病」「頑迷」と酷評する史家たちは、皮相を見ただけの一知半解に過ぎません。
孝明と岩倉は外国と国交を結ぶに際して、相手国が国家で元首を立ててくる以上、わが国も元首を立てる必要があるが、それは幕府でなく皇室でなければならない、と考えていました。安政大獄の前に、岩倉が同輩の公卿に宛てた書簡には、そのように明記しています。それだけではなく、天皇の使節を相手国の首都に派遣して元首に謁見し、国情を観察してから、初めて国交を議するべきである、と考えていました。これがまともな見識と云うものです。
その前に必要なのは、国内における対立の解消です。国際情勢上の必然として開国を見据えた孝明は、国民間の間隙を見つけて国内対立に付け入ろうと狙う欧州帝国主義の常道に対処して、国民融和のために南朝復元を企図し、進んで皇統の二元化と、将来における南北および表裏皇統の統合を目指したと考えられます。
孝明天皇即位の弘化三年(一八四六)以後、次々に具現する幕末現象をもたらしたのは開国攘夷・勤皇佐幕・皇統南北論の各次元における対立ですが、その核心は南朝復元論でした。これには日本人の民族的源流が関係しています
日本人の三大源流は、縄文人(海民橘氏・平家)と弥生人(倭人鈴木氏・地下藤原氏)および古墳人(いわゆる所謂正統清和源氏・北方騎馬系はちまん八幡族)の三大族種ですが、族種間で混血も進んできました。したがって、普段は列島で融和親近して平和に暮らしていますが、数世紀に一度の社会変動に際するや、挙げて族種対立の乱戦に陥ることが国史の常例であります。
その典型的な例が、壬申の乱と南北朝の乱ですが、治承寿永の乱・応仁の乱・関ヶ原の乱などにも族種抗争の要素が少なからず潜んでいます。これらの武力抗争の本質はズバリ海民と騎馬民のあつれき軋轢であって、人口の大半を成す倭人系の農耕民は概ね傍観者です。この厳然たる事実を学校史学が徹底的に無視するのは、単一民族思想に拘泥し過ぎるからで、その根底には誤った皇国史観があります。
西南雄藩に広がる楠公顕彰の動きが、知識階級下層部からの差別解消・処遇改善の要求ばかりでなく、そうせい蒼生心理に伏流する南朝復元願望のけんげん顕現と覚られた処に、孝明天皇の國體天皇としてのシャーマン神格性があります。孝明天皇は、南朝復元がそうせい蒼生に潜在する歴史感情を浄化し、民族意識を高めて帝国主義に対抗する力を生じさせると考えたのです。
シャーマン神格天皇がみそぎはらい禊祓を行う聖地は富士山を東に見る立地が要件と聞きましたが、その真意を私(落合)はまだ会得しておりません。ともかく開国に伴う江戸遷都を予見した孝明は、ここに「堀川政略」を断行します。すなわち慶応二(一八六六)年十二月二十五日、自ら崩御を装い睦仁親王ら家族と女官を連れて、堀川御所に隠れました。
一方、その直前に皇太子睦仁親王と入れ替ったおおむろとらの大室寅之すけ祐は、慶応三(一八六七)年一月九日に践祚して皇位を継承しましたが、即位の礼は遅れ、慶応四(一八六八)年八月二十七日にこれを執行し、十月十三日に東京城に入って東京奠都を宣言しました。
極秘に行われた皇統の交代は、世間には片鱗も漏れませんが、並行して南朝の先帝・大塔宮などの皇子に加えて、楠木正成・北畠親房ら南朝忠臣を祀る神社が、各地に続々と創建されたのを眼にした蒼生の胸には、何かしら響くものがあったことと思われます。
ともかく、之を以て南朝復元は成功しました。
以後は、東京皇室が政体天皇として政務を執る一方で、裏方の国家シャーマンに任じた京都皇統は、欧州王室連合からの皇室に対する要望に対応するため、皇室外交と国際金融を担いました。前者は欧州王室連合との折衝と王族間縁組への参加、後者は金融ワンワールドとの折衝を意味し、誕生したばかりの南朝皇室と攘夷原理主義者の革新公卿、及び薩長下級武士を中核とする明治政府では到底こなせない難題で、京都皇統以外には担えるものがいなかったのです。
京都皇統は明治中期から、現実政治の必要に迫られて国内政治の誘導、国内経済の金融支援、大陸政策の立案推進など国策の根幹を担います。これを捌いたのは孝明の皇孫堀川辰吉郎で、明治十三年に堀川御所に生まれて七歳の時に博多に移り、以後は玄洋社の訓育を受けました。天与の資質のうえに、杉山茂丸・大谷光瑞・渋沢栄一・勝海舟らの有能な側近に恵まれたため、その事績は余りにも巨大でありますが、側近が宜しく隠蔽しましたから、世人は其の存在にすら気が付いていません。
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最後に落合稿+亀さん稿(最初の行のみ)。

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現在、落合氏が『NEW LEADER』に連載中の記事は、今年(平成22年7月号)から第三部に入った。それは、堀川辰吉郎を頂点とする京都皇統を本邦で初めて公開してからである。第一部、第二部、第三部の違いについて、落合氏は以下のように述べる。
…1年の休稿期間の後、第一部で得られた史的知見の相互間の有機的連関の追究に取りかかった。第一部の各個別知見は、より上位の史的地検の集合たる「歴史実体」に属するので、アーサー・ケストラーのいわゆるホロン構造である。歴史実体の解明は、まず個別知見相互の有機的関連性を明らめる作業から始めなければならない。即ち現在連載中の第二部あるが、この作業の基本は一に懸かって洞察である。
 洞察によって個別知見相互の有機的関連を仮定し、之を用いて公開資料や口碑伝聞を検証すると、今まで見えなかったものが見えてくる。つまり、同じ史科であっても旧来の解釈と異なる意味が観えてくるが、そうなると、荒唐無稽に見えた口碑伝聞にも実質が備わって来て、貴重な資料性が保証されるのである…
……中略……
…明治以後のわが国体は、明治天皇と京都皇統の二元方式によって運用された。京都皇統こそ薩摩ワンワールドと杉山茂丸、玄洋社などを下部集合として含む史的知見の上位集合である。薩摩ワンワールドは在英海洋勢力の一角を占めるが、その本質は国策遂行団体で、英国筋からの伝達は杉山茂丸を通じていた。茂丸が薩摩ワンワールドの誘導者になったのは、辰吉郎に最も近かったからである。京都皇統に属する下位集合として、他には大谷光瑞師が率いた京都社寺勢力、孝明帝と同系の鷹司家を初めとする旧堂上の一部、光格帝の生母大江巌代(大鉄屋岩室氏)に由来する丹波大江山衆(穴太上田氏・大本教)、公武合体を進めた会津松平氏・紀州徳川氏が存在した。その実態と活動を追究するのが、今後始まる本稿第三部の作業である…
(『NEW LEADER』2010年06月号)
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146:堺のキャラ三郎 :

2020/10/29 (Thu) 02:17:13

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 堺市に来てからすぐに緊急事態宣言が出て図書館も閉鎖され本も読むことも出来ずに電子書籍のKindleで青空文庫の河口慧海『チベット旅行記』

 を読み始めました。淡々とした語り口で立て続けに起こる生死に関わるようなとてつもない出来事を述べられていてすごいなと思いながら読みました。講談社学術文庫で5巻に及ぶ大作だとは知らずに読み始めた為読むのにかなり長い時間が掛かりました。

 本の始めの方にチベットに行くために堺にいる知人から支援してもらったと書かれており堺市に縁のある人なんだなと思っていましたが

 堺市の観光パンフレットで河口慧海が堺出身で幼い頃学んだ清学院が家から自転車で20分くらいのところにあることを知りました。

 行きたいと思い続けていたのですが、時間ができたので今日行くことができました。

 清学院には河口慧海が友人に送った自作の俳句が刻まれた南部鉄瓶が展示されていて、僕は南部の出身であるので縁を感じ嬉しかったです。

 観光ボランティアの方と話をして大坂夏の陣の直前に堺の街が豊臣方に徹底的に燃やされてその灰の上に街が再建され1メートル地面を掘ればその時の灰が出てくること

 そして七十数年前の空襲で清学院周辺以外の場所が全て消失してしまったとのことでした。

 そしてなによりも興味深かったのは清学院では昭和40年くらいまで修験道の祈祷や厄除けをしていたと聞いて山の奥で活動しているばかりと思っていた修験道が街中で最近まで活動していることを知りとても興奮して堺に来て良かったと改めて思いました。

 その後に清学院から少し離れたところにある国の重要文化財になっている山口家住宅に行きました。

 重要文化財に指定されているだけあって立派な梁がある古民家で数年前に亀さん、出世外人さん、猿都瑠さんと飯能ツーデーマーチに参加した時、途中で抜けて飯能の古民家に入ったことを思い出して古民家に造詣が深い出世外人さんがここに来たら、目を輝かせて熱く語ってくださるんだろうなと想像してみました。
 

 
145:亀さん:

2020/10/24 (Sat) 01:39:22

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>>144

> 五木寛之氏の「下山の思想」

小生は五木氏を取り上げた、ブログ記事を数本書いていますが、その五木氏の著書と飯山さんについて、「確か、何かの記事を書いたことがあるな」と、朧気な記憶があったので、検索したところ拙稿「一日一生」がヒットしました。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-1637.html

そして、五木氏の『下山の思想』という著作名も朧気に覚えていたのですが、多分、上掲の記事を書いた後、アマゾンか何処かで目にしたのだと思う。

ところで、改めて拙稿「一日一生」を再読し、飯山さんが五木寛之著『孤独のすすめ』から引用していた、以下の言葉をじっくりと噛み締めた次第…

> 笑われるのを承知で言えば,私は「この世界がどう変わっていくのか,見ていたい」だけなのです.

今の小生なら、五木氏や飯山さんの気持ちが、よぉ~く分かります…。

実は昨夕、二階の仕事部屋から一階の茶の間に下り、テレビのスイッチを入れたところ、千葉市の有料老人ホームのコマーシャルが、目に飛び込んで来たので何気なく見ていました。

同ホームの入居人らがテレビ出演して、同ホームを褒めたたえるという、ありふれたコマーシャルだったんだが、テレビに映る入居者らの年齢が、六十代後半から七十代前半の人たちであることを知り、彼らと同年代で、かつ未だに日々仕事に追われている我が身を振り返りつつ、如何にもお花畑的な日常を送っている彼らを見て、別世界に住んでいる生き物に見えて仕方がありませんでした。それにしても、毎日の楽しみがテニスだの、ダンスだのと語る入居者たち、五木寛之著『孤独のすすめ』の世界とは無縁の人たちだな・・・。「ゴルゴ13のように」と題する記事を書いた身として、俺だったら、あのような生活は御免蒙りたいね。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-1815.html

猿都瑠さん、「この世界がどう変わっていくのか,見ていたい」という、五木氏や飯山さんのような気持ちを忘れず、お互いにこれからを生きていきましょうや。どうか、今後とも4649!



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
144:猿都瑠 :

2020/10/23 (Fri) 16:21:50

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同じ分野の著作ばかり読むのは楽しいが、一時的な視野狭窄に陥る事がある。

飯山翁は鷲が~と言うのは、俯瞰で物事を見る事を常に念頭に置いているからだと、自身の戒めのように言われていた事を思い出した。

幸いにも亀さんからレスを頂ける事が非常に有り難い。

モトコーと呼ばれる高架下の耐震補強工事で移転した古書店が開店したことは認識していたが、思い付いて入ってみた。

現在探している古書を見付ける予定であったが、神保町をくまなく歩いても見付からないものは無い。

日本の古本屋という有り難いサイトはあるが、実は老舗にはサイトに載せない書籍が店頭に行かないと分からなかったりする。

話が逸れたが、目に止まったのが五木寛之氏の「下山の思想」だった。

五木寛之氏と言えば、「マサカの時代」を以前読んで放知技に書き込んでいた。

確か飯山翁のお薦めだった気がする。

恐らくこの「下山の思想」に呼ばれたのだろう。

1冊の為に書き下ろしではなく、コラムや連載の寄せ集め。

似た文章が幾度と登場する。

最近出た「スサノオの正体」では書き下ろしにも関わらず、次のページにほぼ同じ記述が何行も続いていて、推敲出来なかったのかと言うのとは違う。

大震災の年末に出された本なので、2011年のあの大災害の後の五木寛之氏の心情の変化が綴られている。

今までの高度成長は登山であったと。

ただひたすら登頂を目指していた。

しかし経済成長も峠を越え、後は下山するしかない。

決して悲観的にものを考えている訳ではない。

下山してお家に帰るのだ。

登りの時はただひたすら上を目指して周りを見る余裕もなかった。

しかし下山の時には下界の景色を見る余裕があるではないか。

登頂まで気付かなかった、あぁこんな景色が広がっていたのか。

実に心踊る瞬間じゃ無いのかと。

大震災で生活も文化も経済も全て流された、登っていた山から下りるしかないと。

下りたら終わりではない。

また登頂計画を立てて、山に登り下りてくる。

人生は山あり谷あり、人間社会もその集合体なんだから山あり谷あり。

そしてあの時に流行語にもなった「想定外」。

自然は常に人間の意識を超越した存在。

その意識があれば、自然災害が起こって想定外なんて言葉が出てくる筈もないと。

「土中環境」を読了した後だけに、この意識がスッと入って来ました。
143:亀さん:

2020/10/22 (Thu) 02:37:01

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>>142

> Jinmoさんの話を聞けば、現天皇家もどうも日月神示の予言?通りの道を歩んで居るようなのです。

日月神示と東京皇室について、Jinmoさんから聞き及んだとの由、すでにお気づきと思いますが、その情報源は故山浦嘉久さんです。世界戦略情報誌『みち』で最近、「山浦嘉久講義録」の連載をJinmoさんがスタートさせましたが、この連載のきっかけは月刊日本の建屋で山浦嘉久さんが、毎月第一月曜日に行っていた「月刊日本塾」でしょう。その時の様子が、同連載の第一回目(『みち』9月1日号)に詳述されており、写真入りで当時のJinmoさんの後ろ姿が写っています。同時に、Jinmoさんが取っていたメモも公開されており、Jinmoさんが熱心に山浦さんの話に、耳を傾けていた様子が目に浮かぶようです。

小生の場合、『月刊日本塾』に参加したことは一度もありませんが、その代わり、池袋で月一回開催されていた、まほろば会に毎月のように顔を出していました。そして、池袋でも山浦さんは、伯家神道について頻繁に話題に取り上げておられ、その内容はJinmoさんの話と同様に、「伯家に伝えられた“祝(ほふり)の神事”を授けられない天皇の御世が100年続くと、日本の国体が滅亡してしまう」というものでした。

ちなみに、伯家神道とは平安時代から明治維新に至るまで、宮中祭祀を司ってきた古神道を指していますが、この800年というタイムスパン、現在筆を進めている「武士の時代」の800年と、時期的に重なっています。つまり、日本列島が武士の時代に突入した頃と時期を同じくして、伯家神道が台頭してきた・・・。貴族の時代から武士の時代への移り変わり、何か大きな時代精神の変化が当時の日本列島で起きたはずです。このあたり、次稿「武士の時代」シリーズで書き表せればと思っています。

それはともかく、Jinmoさん同様、まほろば会で小生が電子データにして残しておいた、山浦さんによる伯家神道についての講話の一つを、そのまま以下に転載しておきますので、判読しづらいと思いますが、今後の執筆にご活用ください。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し

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山浦嘉久
■マラキの予言
・2月11日、ユダヤ系のローマ法王ベネディクト16世が、2月28日をもって退位する旨表明した(飯田さんの情報)。その直後、サンピエトロ聖堂に落雷があった…。
http://mizu888.at.webry.info/201302/article_32.html
法王ベネディクトはイースターまでに予想された逮捕と教会の富 の没収を避けて辞職した
ここでマラキの予言というのが話題になっている。詳細は以下のサイトを参照。
http://datasea.seesaa.net/article/322259910.html
予言情報:聖Malachyの法王予言

特に、“最後”の法王と言われている「ローマ人ペテロ(Peter the Roman)」について、ローマはロマノフ王朝のペテロの意ではないのかと山浦さん。カトリック、ロシア正教、プロテスタントのうち、プロテスタントはユダヤの支配下にある宗派である。残りの宗派で今まで中心となっていたカトリックの力が衰え、今後はロシア正教が中心になるのではないか。そして、天皇家の終焉を予想する伯家神道と共振するのではないか。内容の信憑性はともかく、伯家神道と天皇家終焉とを結びつけた以下の記事を参照。ここで、南北朝に関する落合(莞爾)さんの新著と照らし合わせ、今上天皇陛下が吉野(上皇)にお戻りになり、皇太子殿下が跡を継ぐ(天皇)という線も考えられる。
http://nueq.exblog.jp/17523594/
伯家神道が予言する 2012年 天皇家の終焉

なお、このブログ主は飯山(一郎)さんも会ったことのあるnueq氏だ。
http://nueq.exblog.jp/17470129/
金正恩の父親ってホントに金正日?

ロシアの隕石はチェバルクリ湖に落下したが、ニュースによれば、「チェバルクリ湖のそばに建つロシア正教会の聖堂では15日朝、祭日の祈りが行われている最中だった」とあり、意味深長だ。
http://mainichi.jp/select/news/20130217k0000m030062000c.html
ロシア隕石落下:正教会の「聖なる湖」に 周辺は警戒態勢

ともあれ、法王ベネディクトが退位を表明した翌日、北鮮が核実験を強行した。これは尖閣諸島における平成の盧構橋事件になりかねなかったリスクを、避けられたことを意味する。なぜなら、嘗てベトナムを相手の戦争ですら敗退した支那なので、日本と北鮮を相手に二正面戦争を行うだけの実力は支那に無いからだ(『月刊日本』にも時折寄稿している、日本有数の中国通から山浦さんが引き出した情報)。
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142:猿都瑠 :

2020/10/21 (Wed) 14:14:01

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少々時間が遡ります。

相曽誠治師の著作を幾度と読み返しました。

講演を記述化したものです。

そこには大本が天狗に騙された教えだと記述されており、日月神示も大本のものである事をまほろば会で知りました。

Jinmoさんの話を聞けば、現天皇家もどうも日月神示の予言?通りの道を歩んで居るようなのです。

これは後の伏線とします(尤も巧く記述出来るかは分かりません)。

皇紀2679年の12月初旬、産土神に報告する為に大聖寺(石川県加賀市)に思い立って里帰りします。

何よりも産土神の大切さを幾度と説かれていた相曽師の教えによるものです。

加賀中央病院(当時の通称、江沼病院)で産まれ(母方の祖母もそこで他界)、産土神の神社は何処だと。

実はかつて大聖寺藩の庭園が金城山の麓にあり、そこには江沼神社があります。

幼少期を含め、里帰りすると祖父の家から歩いて幾度と行ったものです。

その隣には金城小学校があり、母親の母校でもあります。

産土神に伺う場合、米もしくは塩や酒とかをお供えすると。

良い塩を和紙に包んで、皇紀2658年(1998年)に他界した祖父と、皇紀2678年(2018年)に亡くなった母の報告をしました。

そして祖父の自宅のあった、母親の産まれ育った跡地(別の方が住まれている)の隣にある社を目指します。

小学校時代、お社の扉を勝手に開けて、御神体である石を見た、通称お稲荷さんにも報告をします。

亡くなって20年までに報告をしなさいとの事ですが、21年経った事をお詫びして。

堺一郎会で天童さんに伝えると、今はもう産土神に報告している人は殆んど居ないのではないか。

良い事をしたね、素晴らしいとお褒め頂きました。

vagabundo1431さんは知らなかったと。

それから祖父の妹の住む自宅の前、かつて自分が幼少期を過ごした街を数時間歩きました。

そして撮影で知り合った在住の接骨院を営む後輩が昼休みになる時に合流。

母親の小学生時代の親友と母親の弟の同級生という夫婦が開いた中華料理店で美味しい料理に舌鼓を打ちました。

そこの2代目は後輩の同級生かつ親友。

彼が小学生時代に何度も店で会っていると言う間柄。

昔話に花が咲きました。

今思えば、御神業に入る為の一歩だったのかも知れません。



追伸

亀さんとの出会いが全てを決定付けてくれたと思っています。

亀さんがブログに自身の投稿を取り上げて頂かなければ、飯山先生の意識に入らなかったかも知れません。

またまほろば会で、天童さんにお会いできた事もそうです。

実は「亀」が自分には人生最大のポイントなのです。

飯山翁も亀仙人に自分の顔を合成したアイコンを、天童さんのFacebookのアイコンも亀、そして亀さん。

初めて入った御神田のある三輪の百姓氏の自宅側の古墳、三輪大社の末社の真後ろにある古墳は巨石が剥き出しになっているのですが、亀の形をしているのです。

つづく
141:亀さん:

2020/10/19 (Mon) 03:37:32

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>>140

ここ1~2年、猿都瑠さんの神道関係の発言を丹念に追っていましたが、日毎に深奥なる神道の世界へ入っていく様子が手に取るように分かり、神道についての投稿がある度に凄いと思っていました。今後、どのような神道の世界を我々に見せてくれるのか、当方も猿都瑠さんの投稿から学ぶことが多いだけに、今回の新シリーズ、大いに期待しております。

> 高麗神社

先ほど確認してみましたが、一緒に高麗神社を訪れたのは2018年12月23日、現上皇誕生日最後の祭日でした。

実は、昨日は千葉方面に一日外出しておりました。上の息子の伴侶となる娘さんご一家との初の両家顔合わせでした。大事な儀式故、両家夫婦揃って出席した他、お互いの子どもたちの兄弟も全員出席、和やかな一時を過ごしてきました。

その時に娘さんの父と話題になったのが高麗神社、そして巾着田でした。本来、今秋あたり巾着田と高麗神社を訪れる計画を立てていたようですが、武漢ウイルスのため、巾着田の曼珠沙華群生を見に行く旅は中止したとのこと。よって、来年あたりコロナ禍が無くなれば是非行きたいとのことで、訪問の折は案内する予定です。

ちなみに、2017年9月20~21日、現上皇となられた天皇皇后両陛下、高麗神社に御親拝されていますが、その時の後様子を以下の拙稿に書き残しました。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-1621.html

その時、天皇皇后両陛下の案内係を務めた宮司は、愚息たちが幼い頃に合気道を教わっていた先生でした。また、それ以外にも高麗神社の由来を簡単に話したところ、身を乗り出して娘さんのご両親が、耳を傾けてくれたのが強く印象に残ります。

さて、最近は飯山史観の執筆が疎かになり、なかなか先に進まないwww 今日は月曜日、引っかかりの仕事が一件入っているので、それを片づけてから近くアップしたいと思っています。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
140:猿都瑠 :

2020/10/18 (Sun) 14:51:44

host:*.au-net.ne.jp
今年に入って、今泉定助先生研究全集の2巻を読み進めている。

亀さんに言霊についてや神道について語って頂いた時、

故山浦師は小笠原氏の著作を読んでいたのでと全冊手に取ったのだけれども、

天童さんは相曽誠治師を師と仰いでいると言われた。

相曽師の教えの方が、小笠原氏の著作よりも自分の中に抵抗なくスムーズに入ってくる。

相曽氏の師匠が村山惣作師で、大祓祝詞は村山師の著作で教わっている。

そしてお二方の師である今泉定助師にたどり着き、手に入れて読んでますとお伝えし、天童さんの自宅で話を伺ったのも最近。

今泉師の1番の嘆きと言うか、神道の教えを勉強する所で留まっている人の多さである。

実践まで行く人の少なさである。

神社巡りといった流行ではなく、祝詞を唱え、太陽を拝み、神棚に手を合わせる。

皇紀2680年に入り、橿原神宮の紀元祭に天童さんやjinmoさんと参列した所から全てが変わり始めた気がするのです。

思えば亀さんやメッさん、ちゃきちゃん、高橋(当時)君達と高麗神社にお参りした時は、全く知らない事ばかりでした。

そして皇紀2599年の9月、吉備津彦神社、吉備津神社、造山古墳、作山古墳と回る事も意味があったのでしょう。

けれども、始まりと言えば高麗神社からだったのかも知れません。

橿原神宮紀元祭の参列後の翌日、三輪の百姓氏との出会い、百姓氏達が行う大倭姫宮での月に二度行われる神事。

相曽氏が神仙界に自由に出入りされる宮地水位師、厳夫氏達が祀られている宮地神社、

そして宮地師が宮司をされていた高知の潮江天満宮を参拝しようと向かった時から、明白に変わったのです。

訪れる前々日までは完全な雨予報。前日も天気は小雨予報でした。

しかし当日、岡山から高知に向かう時は晴れ間が。

高知名物の鰹のたたきに舌鼓を打ち(昼営業終了最後の客)、潮江天満宮に歩いて行くと、日光が徐々に差してくるのです。

参拝後、一の鳥居前にある宮地神社、Googlemapでは表示がなく(当時)、goomapでその場に行こうと周りを五回は回ったでしょうか。

鳥居は無く、敷地にはハウスメーカーが一杯に建てられており、その奥に宮地神社の立て看板が見えたのです。

目の前のフェンスに字の消え掛かった木札に謂れが書かれていました。

参拝後、一の鳥居の前の通りに鏡川に掛かる天神大橋の横に腰を下ろして感慨に耽っていました。

良い参拝だったなと。

帰りの時間、夕飯の時間もあるし、帯屋町筋の土佐茶カフェに向かおうと、天神大橋のちょうど真ん中辺りに差し掛かった頃でしょうか。

曇り空の真ん中が太陽の大きさの分だけ開き、太陽がこちらを差したのです。

後日、天童さんにこの話をすると、神様はいつもお社に居ないからね。

忘れられたであろう神社にお参りした事で、神様がお顔を見せてくれたのだろうと。

つづく。
139:嘘と欲 :

2020/10/13 (Tue) 06:40:36

host:*.bbtec.net
お早うございます、
何かの不都合で投稿がおかしくなりました、皆様も真実を言おうとすると経験すると思います。
138:男前のおっさん :

2020/10/03 (Sat) 13:07:37

host:*.vectant.ne.jp

アラッw。

137 は間違いです。

お騒がせし、申し訳ございません。
137:男前のおっさん :

2020/10/03 (Sat) 13:02:19

host:*.vectant.ne.jp

続きw

肝心な報告を忘れていましたw。

指2本、イッテみました!

オッケーですw。

明日は、指三本! イッテみよ~と思いますw。

一合も目の前のような気がしますw。
136:亀さん:

2020/09/30 (Wed) 02:14:33

host:*.t-com.ne.jp
>>135

> 切支丹

天童さんとは、小生がまほろば会の開催日を間違えて池袋の会場を訪れた日、『ザビエルとヤジロウの旅』(大住広人 葦書房)を叩き台に語り合ったことがあり、今では懐かしい想い出です。

立花京子女史の著した『信長と十字架: 「天下布武」の真実を追う』、小生は目を通したことはありませんが、アマゾンの「内容(「BOOK」データベースより)」冒頭に書いてある以下の記述・・・
__________
「天下布武」の理念を掲げて、ポルトガル商人やイエズス会をはじめとする南欧勢力のために立ちあがった信長は、彼らによって抹殺された―。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
これが立花女史の結論(視座)であるのなら、同女史の説とは真っ向から反対の説を唱える、鈴木眞哉・藤本正行両氏による『信長は謀略で殺されたのか』の第六章、「雄大にして空疎な『イエズス会黒幕説』」にも目を通さなければと思っています。その上で、本スレで紹介した田中進二郎氏の『秀吉はキリシタン大名に毒殺された』、これをじっくり検証する必要がありそうだ。

ところで、昨日今日とノンビリしようと思いましたが、二件の仕事が入り、またもや飯山史観の執筆を進めるどころではなくなった。よって、もう少し待って猪!



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
135:猿都瑠 :

2020/09/29 (Tue) 18:39:34

host:*.eonet.ne.jp
メインスレの亀レス

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/17178824/923/


切支丹と言えば、天童さんに立花京子著『信長と十字架: 「天下布武」の真実を追う』を薦めて頂きました。

比叡山の焼き討ちの真相も変わって来る。

浜松の貴婦人にお話しした所、違うわよ~と言われたのですが(笑)

大航海時代を迎え、白人の全世界植民地支配の頃、日本にもその手が伸びていると言っても不思議ではありません。

それにしても現行の学校教育の場における教科書の史実を少しでも曲げると、歴史修正主義者だとの烙印を押したがる連中。

無意識の内に脊髄反射しているけれども、明治維新~戦前の歴史どころか、江戸、安土桃山、戦国、室町、南北朝、鎌倉、平安、奈良と歴史認識を遡って行く必要がありますね。

自分は、栗原茂氏論文の「真贋・大江山系霊媒衆」の以下の部分が特に気に入っている。

文明史最大の弱点は公私整合できないまま、知の極致(きょくち)たる史観を原動力に文明を衝突させたことにある。

意に倣(なら)う知の置き所を定めるには、記紀を知で読まず、記紀を意で読む訓練を積み上げれば、その禊祓により、天の岩戸が啓(ひら)き成るようなる未来に光明(こうみょう)が差し込むのだ。

http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-1792.html
134:亀さん:

2020/08/14 (Fri) 03:45:05

host:*.t-com.ne.jp
昨日は昨年暮れにあの世に旅立った母の新盆、ここ数日準備に追われていたが、昨日の迎え火に菩提寺で執り行われた、新盆精霊追善供養法要が午後の四時過ぎに終わり、漸く一段落したところです。

ところが、帰宅してメールをチェックしたところ、海外の数社の翻訳会社から大量の仕事www 海外の翻訳会社にとって、日本のお盆に纏わる行事は関係ないということなのだろう・・・T_T

その後、はぐらめいさんが小生と猿都瑠さんとの間で交わされた、投稿を記事にしてアップしてくださっているのに気づいた。多謝!!
https://oshosina2.blog.ss-blog.jp/2020-08-14#more

取り敢えず、打診された仕事すべてを承ったが、多分今月の24日(月)一杯、他の引っかかりの仕事も抱えていることから、もしかしたらそれ以上の日数かかるかもしれない。そうした仕事を早めに終わらせ、以前から気になっていた田中宇氏の中国台頭論、改めて見直しを行いたいと思います。

それにしても、はぐらめいさんの鄧小平と青幇の関係、あるいは落合完爾さんの和傘理論(和傘の構造に似る日本社会)についての言及、さすがと思いました。ますます昨今の米中衝突について、一層の洞察を加える必要があるなと、痛切した昨夕でした。

でわ、仕事に戻ります。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
133:猿都瑠 :

2020/08/13 (Thu) 14:05:22

host:*.au-net.ne.jp
>>132

ファーウエイの問題が日本でも持ち上がり、中国憎しの連中がワーワー言い始めた頃。

自分もFacebookだったかのコメント欄に、それを言うならAppleもMicrosoftもGoogleも一緒でしょと書いた記憶が。

アメリカ占領状態では覇権国家が欲するモノを形成するのは厳しいでしょうが、少なくとも今はそうではない。

しかし量子コンピューターなら日本の出番ですと書く深田女史の考えには希望が持てるのであり。

それにしても頑なにスパイ防止法を拒否する連中には、他国に秘密や機密情報を渡したい意図があると、
深い理解が得られたのは大きい収穫でした。

恐らく安倍総理は全てを理解した上での政道を歩んでいると考えると、
中曽根時代ならば中韓との離間させる為のパペットで済んだが、
政界や財界に中国中毒が多いから靖国参拝は見送ったと。
132:亀さん:

2020/08/13 (Thu) 04:38:14

host:*.t-com.ne.jp
http://bbs6.fc2.com//bbs/img/_409100/409098/full/409098_1597261095.jpg >>131

> 深田萌絵

数年前から反共色の強い同女史の言論に、小生は関心を抱いてきました。動画も先月(7月)に立ち上げたばかりであり、今のところ本数も少ないので一通りは見ています。

一方、小生も拙ブログで米中衝突という、一見、反共色の濃いシリーズを連載中ですが、米中両国に対する、小生の基本的な見方は「(米中とも)同じ穴の狢」。

たとえば、深田女史が六年前から警告してきたファーウエイですが、では、一方で我々が使用している米国産のアプリはどうなのか? 我々が日々使用しているWondows、小生はギリギリまでWindows 7に拘ってきました。しかし、マイクロソフトがWindows 7のサポートを打ち切る寸前、やむを得ず(仕事上、Windows PCでなければならないため)、Windows 10に切り替えています。このWindows 10、使いにくいという酷評が多く出回っていますが、それ以上に深刻なのは、我々のPCデータがMS側に丸見えという事実です。だから、小生のパソコンのデータを見たければ、ご自由にどうぞと腹をくくって、日々の仕事にWindows PCを使用しています。つまり、過去を振り返り、インディアンを大量に殺戮してきたのが、白人系のアメリカ人であった歴史的事実、これを片時も忘れてはならないということ。

それはともかく、中国という国を考えるに及んで、たとえば政治面では江沢民派、習近平派、胡錦濤派といった党派が目に付く他(↑添付の図参照↑)、青幇、華僑、瀋陽軍区といった、多様な組織・団体が複雑に絡み合い、〝中国〟を形造っている現実も、忘れるべきではないと思います。

ここで、華僑を一つの例に挙げましたが、海外に根を張る華僑勢力の三分の一が客家であり、客家と云えば、宋三姉妹(慶齢→孫文夫人、宋美齢→蒋介石夫人)、鄧小平、李登輝、蔡英文らが客家の代表人物であることも、頭の隅に置いておくべきかと思います。

それから、深田女史の最新の動画を観ました。
日米保守派離間策?新しいプロパガンダのトリック
https://www.youtube.com/watch?v=wvEPHrmT2bg

同動画の中で深田女史は、昭和天皇と習近平を並べた写真云々について述べていましたが、小生が思い出したのが美智子様を中傷している、以下の一連の動画・・・
https://www.youtube.com/watch?v=4K7EKaFc-14&t=109s

この「演歌大好きワッショイ!」とか申す作者の動画を数本を見るに、プロパガンダ丸見えの動画のオンパレード・・・(嗤) 熱心に愛子天皇を推しているあたりがいじらしい。

さて、本日は迎え火、忙しい一日になりそうだ。落ち着いたらブログを再開します。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
131:猿都瑠 :

2020/08/12 (Wed) 23:28:07

host:*.yournet.ne.jp
はぐらめいさんのブログがメインスレで話題になっていたので、アンテナが反応し、即4冊Amazonに注文しました。

『日本のIT産業が中国に盗まれている』(深田萌絵著)が昨日中にポストに入っていたので、神戸の喫茶店のお供にと。

恐らく読み切れるだろうと思い、数時間内に読み切りました。

出版された時系列で読むつもりだったので、最初に到着したのは実に良かったと。

中国の危険性、今一つ実感が無かったのが現状でした。

最近はここでも米中関係と言った話題が多いので、意識はありました。

スパイと言っても、やはり危機感は無かったなと。

恐らく日本人の99%に深田氏のような危機意識は無いでしょう。

政界はおろか財界、そして司法に至るまで、中国が覇権を制するまで日本を含めてあらゆる物を取り込んで成り上がろうとする、この視点が欠如しているだろうと。

自らハニートラップに引っ掛かりに行くようなI破氏を総理にと誘導するメディアを見れば、鳴呼、手羽先ねってハッキリ判りますね。

もし二階氏が推してI破氏が総理になるような事があれば、日本は完全に草刈り場と化すでしょう。
130:亀さん:

2020/05/13 (Wed) 01:59:49

host:*.t-com.ne.jp
>>129

> 飯山さんも亡くなるまで、読書を続けていたとの事

三十代~四十代は、購入したり図書館から借りたりした本は、原則として隅から隅まで読むようにしていました。最も精力的に読書に取り組んでいたのは三十代だったと、今にして思います。和書は年に平均して百~二百冊、加えて洋書(英語)の場合、週に一冊のペースで読破していました。和漢洋という言葉がありますが、あらゆるジャンルにわたって和書と洋書に格闘した三十路を終え、四十路に突入してからは、今度は漢書にも挑戦しようと、最初は中国語の通信講座から入り、いずれ原書で漢書を乱読多読してやろうと思っていましたが、結局は和訳の中国古典に一通り目を通したレベルで終わりました。

だから、還暦を過ぎた今、自分の田圃に実った稲を刈り取っている(思索を重ねている)最中ということになりますが、あまり出来の良い稲穂ではないわいなと、ブツブツと独り文句を言いながら稲穂を刈り取っています(笑)

それでも、今年の初めに読んだ『李登輝の偉業と西田哲学』(柏久 産経新聞出版)のように、隅から隅まで目を通し、赤線・青線・鉛筆での書き込みで一杯になった書物にも時々ですが出会うこともあり、これからも残り少ない余生にそうした本に幾冊か出会うことでしょう。だから、飯山さん同様、小生も死を迎える日も読書をしていると思います。


> 「空海に教わる親子学」を読んでいるのですが、これって神道なんではと思う

日本に入ってきた佛教、その後は大きく変容を遂げ、日本の風土に溶け込んでいった…。このあたりに、他国にはない日本人の持つ寛容の精神、受容力といったものを感じます。それが猿都瑠さんの佛教の神道化あるいは日本化を指しているのだと思います。


> 人間社会に於いて最も小さい単位、ここがしっかりすれば、国家という大きな単位になっても盤石になると。

行きつくところが、「民のかまどはにぎはひにけり」という、仁徳天皇を偲ぶ詠歌ですね。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
129:猿都瑠 :

2020/05/12 (Tue) 17:09:25

host:*.eonet.ne.jp
>>128

亀さん

>今までの読書や体験をベースに、多角的に検討し、思索を重ね・・・

その総量が足りないのではあるんですけど、今回で家にいる事が多くなってので、思索する時間は増えました。

飯山さんも亡くなるまで、読書を続けていたとの事ですから、自分も少しでもその域に近付けるようにと。


今は「空海に教わる親子学」を読んでいるのですが、これって神道なんではと思うんですね。

天照大御神=大日如来、そして神道と仏教の融合なのではないかと。

空海もオリジナルで祝詞を完成させようとしていた事もありますし。

そして何よりも親とはどうあるべきか。

春日大社宮司だった葉室氏も親の在り方について語られる部分が多く。

人間社会に於いて最も小さい単位、ここがしっかりすれば、国家という大きな単位になっても盤石になると。
128:亀さん:

2020/05/08 (Fri) 04:53:44

host:*.t-com.ne.jp
>>127

「放知技の書斎」というスレッドがあったのを、すっかり忘れていましたwww

> 山浦さん

山浦(嘉久)さんが小生と顔を合わせる度に言っていた決まり文句は、「鳶が鷹を生んだ」(爆) まぁ、確かに…

それはともあれ、山浦さんには愚息たちを実の息子のように可愛がっていただき、今でも感謝しております。


> 読書のコツ、1日1ページでも数行でも、何かしら読む事ですかね。

小生の場合、今では読書よりも、過去の読書や体験を基に、さまざまな思索を巡らせる方に時間をかけるようになりました。現在、「コロナ禍と世界の今後」(仮題)というブログ記事の執筆に着手しつつありますが、やはり今までの読書や体験をベースに、多角的に検討し、思索を重ねた記事になると思いますので、お楽しみに。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
127:猿都瑠 :

2020/05/08 (Fri) 00:48:29

host:*.yournet.ne.jp
山浦さんの遺稿集を読んでいて。

・国士 内田良平―その思想と行動 内田良平研究会

・民間が所有する中央銀行―主権を奪われた国家アメリカの悲劇

・新版 カナンの呪い  寄生虫ユダヤ3000年の悪魔学

・真のユダヤ史

・知られざる世界権力の仕組み[上] ロスチャイルド&ロックフェラー帝国の全貌

・知られざる世界権力の仕組み[下] 寄生体シンジケートが富と権力を握る

・医療殺戮

以上、ユースタス・マリンズ著 天童 竺丸 (翻訳)

・井筒俊彦全集
・井筒俊彦英文著作翻訳コレクション

・新約聖書・詩編 英語・日本語―聖書から差別表現をなくす試行版 ゴールド,ヴィクター・ローランド

・「今のロシア」がわかる本 畔蒜 泰助著

・井筒俊彦著作集 (7) コーラン

・神道と“うつくしび”
・〈神道〉のこころ
・神道と日本人

・神道 〈徳〉に目覚める

以上、葉室頼昭著

読書のコツ、1日1ページでも数行でも、何かしら読む事ですかね。
そして一杯でも酒を呑むw

尤もメインスレの憲法論、幾度と読み返すだけでも非常に濃密ですけど(笑)

猿都瑠@まもなく書斎完成w
126:亀さん:

2020/03/02 (Mon) 12:33:39

host:*.t-com.ne.jp
上の息子が職場から遠いということで、所沢から職場に近い千葉県のアパートに引っ越した。すでに今月から新しいアパートに住み始めているのだが、未だ荷物の整理も終わっていないということで、新しいマンションでの荷物の整理が終わるまで、一時という約束で一部の荷物を飯能の実家で預かっている。しかも、住んでいた所沢のマンションには、未だに大量の本が残っているとのこと。どうやら、京都で大学生活を送っていた時、古本屋を巡って買い漁ったものらしい。下の息子もそうだが、二人とも読書が好きなのは親として嬉しい限りだ。だから、今までは何とも思っていなかったんだが、以下の記事で今風の若者の読書観を知り、愕然となったのでR…

「若者の本離れ」がこんなにも加速した5つの理由
https://toyokeizai.net/articles/-/330115

要するに、読者は苦行であり、ネットのゲームや動画の方が楽しい、つうことらしい。では、ナゼ拙宅の息子らは本が好きになったのか…。思い当たる節がある。それわ、彼らが中学校に進学した時に一読を勧めた、今東光和尚の極道辻説法シリーズwww 多分、それで読書の楽しさを覚えたの鴨しれない…

だから、もし、和尚の極道辻説法シリーズを読んだことのない放知技の読者で、本が苦手の読者がいたら、一度は和尚の極道辻説法に目を通すことを勧めたい(爆)



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
125:猿都瑠 :

2020/02/01 (Sat) 20:52:36

host:*.asahi-net.or.jp
書き込みをさぼっているスレ主ですw

「アメリカ情報・文化支配の終焉」
PHP新書  石澤靖治

神道関係の書籍を読む合間に2時間ほどで読了。

マタタビさんも書いてましたけど、アメリカ以外、特に露中のメディア政策がよく分かる良書でした。

あっちにフラフラ、こっちにフラフラで乱読。

・荻生徂徠(岩波新書)
・老子(中公文庫)

・日本文化の古層(A.スラヴィク)

以上、神保町


・神道の現代的解議
・ヨガと神道

以上、山蔭氏の著作は大阪天牛書店。


・霊の真柱
・仙境異聞 勝五郎再生記聞
・意識と本質

名古屋・栄のBOOKOFF(笑)


・神典
・神典 上下解説

山雅房直送。


鈴木重胤の著作をと思い、早稲田古書店街まで行って「中臣寿詞講義」を購入したのに、、、

神保町で「延喜式祝詞講義」三冊におまけで付いてきた(涙)

行くべき人の所に集まって来るものなのかとw


正月はここ数年、恒例となっている福井。

駅前に古書店があると知っていたんですが、二日からやってるので覗いてみました。

・神仏習合
・古代エジプトの神々
・今東光 みみずく説法
・東光金蘭帖

和尚の書籍ってプレミア価格だったりで高いんですが、ここは10冊弱揃ってどれもリーズナブル。


・吉田松陰「孫子評注」を読む

PHP新書を探しに行ったら、目に入ったので。

山県有朋を読んでる最中だからでしょう。


年明けのまほろば会に行く前に、村山惣作師の著作に出てきた「氏神と氏子」。


・偉大なる宇宙の物語(ローレンス・クラウス)

亀さんブログを読み直してw


・A Very Stable Genius: Donald J. Trump's Testing of America


天童さんの深夜講義(笑)で出てきた、「信長と十字架」。


まほろば会での刺激は、貪欲に色々な分野の著作に触れないとと思わせてくれます。

この分野だけ、この方の著作だけ、ついつい視野が狭くなりがちになりそうなのを、そうじゃないよと言ってくださるようで。
124:はぐらめい:

2020/01/07 (Tue) 22:13:51

host:*.omn.ne.jp
>>122 八戸のマタタビさん
八戸は安藤昌益活動の舞台となった地です。
その土地ならではの情報があると思います。
地の利を生かした安藤昌益理解の成果を期待しています。

>>123 亀さん
ほんとに安堵、です。
自分の体にてらして余計なこと考えたりしてしまいました。
そういえば、「亀は万年」でした。
123:亀さん:

2020/01/07 (Tue) 21:33:23

host:*.t-com.ne.jp
>>121

> 亀さんどうしたのだろう、と心配しつつ新年を迎えています。

はぐらめいさん、ご心配をおかけして申し訳ありません。小生、数時間前に台湾から帰国したばかりです。今回の訪台は単なる物見遊山の旅ではなく、思索の旅となりました。思索を重ねた中心テーマは、あの西田哲学でした。なぜ、台湾と西田哲学なのか、というあたりは、明日か明後日にでも簡単なブログ記事の形で報告させて頂く予定です。ともあれ、長旅で疲れていますので、本日はこれまでとさせていただきます。

また、ご丁寧に賀状をありがとうございました。明日は一月八日と、当地では松の内が明けますので、至急賀状を戴いた方々に寒中見舞いを投函させていただく予定です。

以上、取り急ぎ



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
122:八戸のマタタビ :

2020/01/07 (Tue) 19:29:00

host:*.bbtec.net
 >>121

 はぐらめいさん

 東北一郎会では大変お世話になりました。

 はぐらめいさんが紹介されたブログを拝見して『嫌われる勇気』の中に縦の関係ではなく横の関係を築くということが書かれていて

 安藤昌益もあらゆる人間関係を上下関係でなく横の関係で生きようとした人なのかなと思いました。

 今まで自分にとって安藤昌益は名前はよく聞くけれども捉えどころがない存在でしたが身近に感じる事ができました。

 
121:はぐらめい :

2020/01/07 (Tue) 10:56:03

host:*.omn.ne.jp
あけましておめでとうございます。
亀さんどうしたのだろう、と心配しつつ新年を迎えています。

>>115 八戸のマタタビさん
安藤昌益のこと、心にとどめていていただきうれしいです。

↓関連記事です。
・安藤昌益は「神道思想家」に近い!https://oshosina.blog.ss-blog.jp/2018-10-05
・安藤昌益は本居宣長に通底するhttps://oshosina.blog.ss-blog.jp/2018-10-10-1

安藤昌益講演会の質疑の中で「安藤昌益は本居宣長に通底する」と発言してくれた地元神社の宮司とは、
「安藤昌益は、サヨクの占有物にしておいてはならない思想家だ」と語ったものでした。

昨日、市主催の新年の集いで、
中学の校長先生と「共同体感覚」につながる話しをしました。

市外から私の地区に通って3年になります。
「この土地は結構いい土地でしょう?来られてからそんなに困ったこともなかったんじゃあないですか」
「たしかにそうです。ただ困ったことと言えば、突拍子もないことを言い出す保護者がいて、
あたかもそれが正しいようになる。そんな体験が何度かありました。」
酒を片手の立ち話なので、その具体的なことまでは聞きませんでしたが、
昔だったら「とんでもない」と言われてしまうことが、それを抑える力がない。
「言った方が勝ち」みたいで、空気の読めない発言が行き交うばかりで収拾がつかない。

言ってみればその「空気」が「共同体感覚」なんだと思いますが、
その「空気」自体がどんどん希薄になっている。
校長先生はその「空気」を「地域力」という言葉で語ってくれました。

そして、八戸のマタタビさん、
>他者を仲間だと見なし、そこに「自分の居場所がある」と感じられることをいう「共同体感覚」

なるほどです。
そういえば、「封建的」として葬られてきたものの中にこそ見直すべき多くがある、
と思わされることがこの頃多くなっています。
120:堺のおっさん:

2020/01/07 (Tue) 09:16:35

host:*.enabler.ne.jp

参考書のご紹介。

「アメリカ情報・文化支配の終焉」
PHP新書  石澤靖治

トランプを嫌う筆者であるが

広い意味でのメディアの役割の分析は見事です。

情勢分析を行う場合、ソースはどこかのメディアにならざるを得ないが

その特徴や目的を頭に入れておけば、現場感が増します。
119:八戸のマタタビ :

2020/01/07 (Tue) 01:40:06

host:*.bbtec.net
 猿都瑠さんから宮沢賢治について書斎スレに書いてほしいと言われてこの文章を書いています。

 宮沢賢治論を語ることはとても出来ませんが

 数年ぶりに再読した岸見一郎 古賀史健『嫌われる勇気』にアドラー心理学の鍵概念である他者を仲間だと見なし、そこに「自分の居場所がある」と感じられることをいう「共同体感覚」

 そして「共同体」の中身は家庭や学校、職場、地域社会だけでなく、国家や人類を包括したすべてであり、時間軸においては過去から未来までも含まれるし、さらには動植物や無生物までも含まれるとアドラーは述べていたと書かれてありました。

 宮沢賢治の作品世界はまさにアドラーの言う「共同体感覚」で出来ているなと思い宮沢賢治とアルフレッド・アドラーの経歴をWIKIPEDIA で調べたら二人が同時代人だと知り驚きました。

 そして昨年の東北一郎会ではぐらめいさんが八戸にゆかりが深い安藤昌益について「日本の社会主義思想の先駆者的に思われているけど全然違うんだよ」と語ってくれたことを思い出し

 安藤昌益ももしかしたら「共同体感覚」を志向していたのかなとぼんやりと思っています。
118:出世外人 :

2019/12/18 (Wed) 03:41:50

host:*.bbtec.net
>>115

 デカルト:「数学は良識(bon sans)である。」

 岡 潔 :「数学は情緒である。」

何か、幾何学的なシンメトリーという感じですね。

あるいはもう一本、原則が入ってくると、「真・善・美」みたいに鼎立して、落ち着きがよくなりそうですね(mespesadoさん、何かないでしょうか)。

そういえば以前、オマンゴロ~さんが、岡潔と小林秀雄の対談集『人間の建設』を読んでいるといった投稿をしていましたが、どうなったんでしょう?

オマンゴロ~さんあたりが、この議論に参加してくると、面白くなるかもしれません(いや、ますます混乱しちゃいますかね)。


>>117

>ということは、このプログラムでは

>「真」であるという状態はどういう状態のことをいうのか、ということが実

>は定義できていない、ということになる。

> つまり、全知全能の神を持ち出すなら、「真であることを神は知ってるが、

>人間がその答を知ることはできない」んじゃなくて、「真である状態とはど

>ういう状態のことを指すのかが、一見定義されているようで実は定義できて

>いなかった。だから定義すらできていないシロモノなんだから、いくら全知

>全能の神であっても定義されてもいないモノの答を持っているハズがない」

>ということになる。というお話。


ん~、何か分かるような感じがします。

とかく「無限」や「無」にまつわることは、割と日常的に話したりするけど、これほど定義の難しいものもないですね。

ちょっとこんな感じ(以下)に近いものがあるのではないでしょうか?


 〇「その人(巷によくいる変わった人)」と「(これもまた巷によくいる)『観念的』合理主義者」の会話

その人:「死んだら、いったいどうなってしまうんだろう・・・?」

観点的合理主義者:「私は宗教も、あの世も信じませんよ。死んだらすべては無になるんです。」

その人:「『無になる』って、簡単に言いますが・・・・『目の前にリンゴがあって、それを食べてしまったから、リンゴは無になった』というレベルの話をしてるんじゃないですよ。

『私』というある意味、自分にとっての『全存在』が無くなってしまったら、どうなるんだろう、という、いわば究極的な無の話をしてるんです。」

観点的合理主義者:「・・・・」

その人:「一体全体、『無』って、どういう状態なんでしょう?

英語にしたら、It is nothing. とでもいうんでしょうか。

でも、『無(nothing)』で『在る・有る(be)』なんて、それこそ矛盾じゃないですか。」


英語のところが適当がちょっと自信がありませんし、数学的な論理からは外れるかもしれませんが、何か、mespesadoさんの論と通じる感じがあります。
117:mespesado :

2019/12/17 (Tue) 22:41:01

host:*.itscom.jp

>>114

「4以上のすべての偶数が2個の素数の和であらわされるなら真、一つでも

2つの素数の和として書けない4以上の偶数があれば偽」として真偽を定義

するという話。

 このようにして定義される「ゴールドバッハ予想」と呼ばれる問題は、多

くの天才数学者の努力にもかかわらず、未だに真か偽かを判定できず、未解

決のままである。

 だけどそれは「人間にとってわからない」だけであって、全知全能の神に

は答がわかっている。ただ、我々人間は神と交信する手段が無いので答はわ

からない…。

 ↑この認識自体がマチガイだ、という話をするんでしたね。

 冒頭の「…」の中で、真の方の定義が、実は定義にすらなっていない、と

いう話をするんでした。

 これね、巷によくいる変わった人、つまり「計算は早いし難しい数学の論

文はすらすら理解できるんだけれど、人の話の行間を読んで省略している部

分を補うのが大の苦手で、しかも想像力が著しく欠如していて連想能力が全

く無い人」に対して「4以上のすべての偶数が2個の素数の和であらわされ

るとき真であると定義するんですよ」と説明して意味を理解してもらえるか、

という話なんです。

その人「すべての、ってどういう意味ですか?」

説明者「え?すべて、という言葉の意味もわからないの?アナタ、ニホンジ

    ンデスカ?」

その人「はい。わかりません。ただし100000000以下の全ての、っ

    てんなら意味はわかりますけれど。4と6と8と10と12と14

    と16と……と99999998と100000000と、って意

    味でしょ?」

説明者「なんだ、わかってんじゃない。無限個の場合も、それと同じ書き方

    で説明するなら、4と6と8と10と12と14と16と……、っ

    て意味ですよ」

その人「その『……』の部分を省略しないできちんと書いたらどうなるんで

    すか?僕の例だと、……の部分は全部書き出そうと思えば書き下す

    ことができるんだけど、膨大で時間と労力の無駄だから省略しただ

    けなんだけど、貴方の場合は省略せずに全部書き出す、ということ

    が実際にできないだけでなく、原理的にもできませんよね?」

説明者「確かに無限個あるから書き下すことはできないけど、言わんとして

    ることはわかるでしょ?」

その人「いや、やっぱりわかりません。それって分かったように錯覚してる

    だけなんじゃないですか?そもそも言葉で全部きちんと書き出すこ

    とができないんだったら、それは定義されてるとは言えないんじゃ

    ないですか?」

説明者「…」


 もう一つ別の例を挙げます。

 コンピューター・プログラムで「1以上の n 以下のすべての整数 k に

対して P(k) が真なら『真』を返しし、一つでもP(k) が偽なら『偽』

を返す」というのは次のように書けばいいですね:


k := 0

do while k < n

k := k + 1

if P(k) = "false" then { return "false"; stop}

end

return "true"

stop


 もしここで「n 以下の」という部分を取っ払って「1以上のすべての整

数 k に対して P(k) が真なら『真』を返しし、一つでもP(k) が偽な

ら『偽』を返す」という内容に変えると、それに対応するプログラムは


k := 0

do while k < ∞

k := k + 1

if P(k) = "false" then { return "false"; stop}

end

return "true"

stop


となるはずですが、k がループ計算でいくら大きくなっても、条件 k < ∞

はいつまでも永久に成り立つから、ループはいくら繰り返しても終わりにな

らないから、end 文の後に続く return "true" に到達することは未来永劫

ありえない。ありえない、ということは、このプログラムでは "true" であ

るという判断を下すことはありえない。ということは、"true" つまり「真」

であると宣言される状態は発生しない。ということは、このプログラムでは

「真」であるという状態はどういう状態のことをいうのか、ということが実

は定義できていない、ということになる。

 つまり、全知全能の神を持ち出すなら、「真であることを神は知ってるが、

人間がその答を知ることはできない」んじゃなくて、「真である状態とはど

ういう状態のことを指すのかが、一見定義されているようで実は定義できて

いなかった。だから定義すらできていないシロモノなんだから、いくら全知

全能の神であっても定義されてもいないモノの答を持っているハズがない」

ということになる。というお話。

 私の説明が下手なんで危惧しているんですが、この書き込みを読んだ皆さ

ん、私が言いたかったことの意味がおわかりになったでしょうか?
116:mespesado :

2019/12/17 (Tue) 21:57:18

host:*.itscom.jp

>>115

 そりゃあ岡潔先生に失礼だw

 で、岡先生と言えば、こんなエピソードが…

 前に名前を出したフランスの『ブルバキ数学原論』の著者のブルバキとい

うのは個人の名前ではなく、実はフランスの天才数学者たちの共同ペンネー

ム。こういう例があるモノだから、岡先生の業績があまりに膨大なため、欧

米の数学者は「岡潔」というのがブルバキみたいな大勢の数学者による共同

ペンネームかと思ったという…。

 で、岡潔とか佐藤幹夫っていう日本の天才数学者。フランスの数学者より

本質を突く能力は絶対上だと思いますね。フランス数学はやはり「人工的」

な匂いが強くて「自然」じゃない。その点、日本の数学者は「自然」な本質

を突いてる感じ。ただ、思うのは、日本人は数学者に限らないのだろうけれ

ど、技術的に微に入り細に入るのが得意で、テクニックが半端ない、という

のが特徴で、逆に物ごとの根幹の方に向かう、公理の本質とかそういう分野

は得意じゃない、というか、好きじゃないみたいな気がする。自分は逆にテ

クニカルな分野はあまり関心が無くて、本質に迫る話の方が好きなんで、こ

ういう日本の数学者の業績に触れても、何か今一つ感動できない。まあ、趣

味の問題っちゃあ趣味の問題なんですけどね。
115:亀さん:

2019/12/17 (Tue) 08:10:24

host:*.t-com.ne.jp
>>114

令和の岡潔が誕生…



感無量の亀さん@人生は冥土までの暇潰し
114:mespesado :

2019/12/17 (Tue) 07:29:20

host:*.itscom.jp

 それから、コンピューターでは出て来ないが、数学にはこのほかに、「す

べての」とか「ある」を意味する ∀(for all) とか ∃(there exists) と

いう論理記号もあって、∀xP(x)「すべての x に対して P(x) が成り立つ」

と ∃xP(x)「P(x) が成り立つような x が存在する」という風に使うわけ

ですが、これらの真理値というのを


∀xP(x)の真理値 = すべての対象 a に対して P(a) が真なら真、P(b)

          が偽となる b が存在すれば偽


∃xP(x)の真理値 = すべての対象 a に対して P(a) が偽なら偽、P(b)

          が真となる b が存在すれば真


って定義する、って通常の論理学の教科書には書いてあるんですが、ここで

問題提起した人がいた。ブラウアーという人で、「これだと ∀xP(x) は真

か偽のどちらかであるとは言えないんじゃね?」と思ったんですね。

 例えば P(x) を、x が 4 以上の偶数である場合の命題で、「x は2個の

素数の和として表せる」という命題のとき、∀xP(x) って、「4 以上の偶

数はすべて2個の素数の和として表される」っていう、数学界では有名な、

「ゴールドバッハ予想」という未解決問題になる。で、今のところ、P(4)、

P(6)、P(8)、…と、かなり巨大な偶数に対してもコンピューターを使って

正しいことは判明しているのだが、「すべての~」というゴールドバッハ予

想になっちゃうと、正しいのかどうかまだ解決していない。

 普通の人は、「それは人間にとって真か偽かわからないだけで、真である

か偽であるかというそのこと自体は決まってるんじゃないか?」と思うでし

ょうが、ブラウアーは、「人間が知り得ない真偽に意味があるのか?」とい

う疑問を持ったわけですね。実際、ブラウアーが「円周率の数字の羅列の中

に0が100個続く部分が出てくるかどうかについて真とも偽とも判断でき

ない」という例を上げたとき、聴衆が「でも(全知全能の)神は真か偽かを

知ってるんじゃないですか?」と質問したところ、ブラウアーは「残念なが

ら、我々は神と交信する手段を持たない」と答えた、とのことですが、この

ような問題「どんな命題も真か偽かいずれかである」という主張を「排中律」

と呼びますが、ブラウアーは論理学史上初めて、この排中律に疑問を呈した

わけです。で、今日では「人間が知り得ない真偽には意味が無い」系列の主

張を踏まえた論理学を「直観主義論理」と呼び、一方の「神の立場」に立つ、

排中律は成り立つとする立場を「古典論理」と呼んでいます。

 で、私がこのやりとりに対して抱いた疑問は次のことです↓

--------------------------------------------------------------------
 排中律がどうのこうのという以前の問題として、最初に掲げた ∀xP(x)

や ∃xP(x) の真理値の定義って、そもそも定義になってないんじゃね?
--------------------------------------------------------------------

 つまり、真か偽かどちらかが人間にわかるかどうか以前の問題として、こ

れらの「定義」では、実は真偽値を定義することに成功していないのではな

いか?という疑問です。

 「え?定義にすらなってない?どういうこと」と思うかもしれませんが、

これは人類の根深い先入観にかかわってきますので、長くなるので続きは今

日の夕方までお待ちください。

                              (続く)
113:mespesado :

2019/12/17 (Tue) 06:47:07

host:*.itscom.jp

>>112

 うおおぉぉぉ…

 出世外人さん、只者ではない!


> 高校の数学では論理学の初歩もあり、三段論法なんかも習いますが、こ
> れも疑問だらけなわけです。

> A=B B=C 故に A=C 

> というわけですが、「こういった論理手法に何か本質的に意味などある
> んだろうか?」と思ってしまうわけです。


 これって私も同じことで悩みましたよ。「三段論法」という推論の問題も

さることながら、そもそも論理接続詞「故に(=ならば)」それ自体の問題。

 コンピューター・プログラムを知ってる人なら、論理接続詞「かつ」とか

「又は」とか「でない」の「真理値」っていうのをご存じだと思いますが、

その真理値の決め方について、「でない」「かつ」「又は」については素直

な決め方なのに、「ならば」についてまず不自然さを感じましたよ。

 ってのは…

「Pでない」の真理値 = Pが真のとき偽、Pが偽のとき真

「PかつQ」の真理値 = PとQが共に真のとき真、他の場合は偽

「P又はQ」の真理値 = PとQが共に偽のとき偽、他の場合は真

という真偽の定義は自然なんですけど、

「PならばQ]の真理値 = Pが偽のときとQが真のとき真、他の場合は偽

ってのが納得できなかったですね。つまり P が偽なら「PならばQ」は真

だ、ってのがどうにも不自然というかなぜなの?って感じで。

 そもそもコンピュータープログラムの世界では、「でない」「かつ」「又

は」の3つと「ならば」では“次元が違”いますよね。だって、どんなプロ

グラム言語にも


 if 〇〇 then ××


っていう命令文がありますが、「でない(not)」「かつ(and)」「又は(or)」

の3つは、この〇〇の部分の中で使いますが、「ならば(⇒)」なんて論理接

続詞は、まず通常のプログラム言語では使わない。しかし、そもそもこの命

令文「if 〇〇 then ××」それ自体が「〇〇ならば××」という意味にな

っている。だから、「ならば」は、他の論理接続詞とは「次元が違う」。

 このことだけで考えても、論理接続詞「ならば」を他の論理接続詞のと同

じく真理値で「定義」することの方が間違っている!と感じちゃうんですよ

ね。

 ちょっと調子に乗り過ぎかもしれないけど、続きます。
                              (続く)
112:出世外人 :

2019/12/17 (Tue) 01:15:39

host:*.bbtec.net
mespesadoさん

>放知技の常連メンバーの中に私以外に「公理」の話に関心を持つ人がいたことに驚き、素直にうれしいです。

前回の書き込みで、公理について「モヤモヤとした疑問」と書きましたが、実は、高校時代、

同世代の多くがあまりひっかからず受験勉強に勤しんでいる中、「公理の部分にこだわっている自分はどこか頭がオカシイのではないのだろうか」と、かなり真剣に悩んでいたのです。

高校の数学では論理学の初歩もあり、三段論法なんかも習いますが、これも疑問だらけなわけです。

A=B B=C 故に A=C 

というわけですが、「こういった論理手法に何か本質的に意味などあるんだろうか?」と思ってしまうわけです。

というのも、A=B というならば、まず「A=B」たる証明をしなければならないし、

そもそも、まずAがAたるゆえんを証明しなければ始まらないわけですが、ここでも「公理」と同じように往々にして、「証明のしようがない」という問題が出てきてしまいます。

大分後年になってから、ラッセルが、

「三段論法は実用性ということではそれなりに便利だが、厳密な論理学としてはあまり意味がない」

といった意のことを書いているのを読んで、デカルトを読んだ時と同様、「なーんだ、やっぱりそうだったのか」と安心したことがあります。

ただ、デカルトを読んだときはもっと若かったこともあり、「腑に落ちた」というより、「やっぱりオレは頭がオカシイわけではなかったんだ」と、大げさでなく心底「ホッ」とした気持ちでした。

ですから公理のことを考えるのは私にとって全然「マニアック」なことではなく、むしろ本質的な関心なんです。

私はこれまで「公理」の問題はむしろ認識論のテーマではないかと感じてきましたが、mespesadoさんは、あくまで数学的にアプローチされるようですね。

私のIQでついていけるか、という問題は別にして、今後の展開、大いに関心を寄せています。
(非常に新しいオリジナルな考えを、一般向けに説明するのは非常な苦心が伴うと思いますので、どうかご自分のペースで・・・)
111:mespesado :

2019/12/16 (Mon) 07:25:10

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>>110

 出世外人さん。私の独り言のようなマニアックな書き込みにレスを戴き、

恐縮です。放知技の常連メンバーの中に私以外に「公理」の話に関心を持つ

人がいたことに驚き、素直にうれしいです。


> 一方で、その根本になっている公理に関する考察があいまいというか、
> 速足に済ませて、いきなり代数幾何とかの応用問題をやりますよね。


 そうなんですよ。これ、私は「高校生には数学の基礎付けのような問題は

難しいから省略してるんだろう」と思っていましたが、そうじゃなかったん

ですよね。実際に「大人」というか「専門家」にとっても、「数学の基礎付

け」については本当のことがわからない、というか、自分たちが想定してい

たような解決ができない(ヒルベルト・プログラムの失敗)という後ろめた

さがあるから、高校生にうまく説明できないから、というだけのことだった

ようなのですね。


> 「公理の正しさを証明できないのに、そこから導かれた公式や結果が正
> しいと断言できるのだろうか?」


 いやもうこれ、私が最初に感じた疑問そのものですよ。でも、この質問を

数学者にしたら笑われます。「いや、ある問題が『なぜ正しいの?』という

疑問を解決するために、その根拠となる、より基礎的な事実を見つけて、そ

こから数学的に厳密に演繹する。更にその『より基礎的な事実』が『なぜ正

しいの?』と疑問に持ち、その根拠となる、より基礎的な事実を見つけて…、

ということを繰り返していくとキリがない。この無限の遡りを防ぐためには、

どこかでこの無限遡及を終了させなければならないだろう?その終わりにす

る一番最初の事実に相当するものを公理というんだ。だから『公理』が『証

明できない』のは仕方がないんだよ」と。

 ↑これは、まことにスキのない理屈ですから、すごすごと引き下がるしか

ないように見えますよね。でも、だからと言って、数学が「実は内容に意味

はない、単なるゲームに過ぎない」ってのは余りにも極端から極端に振れ過

ぎていると思ったのです。


> 哲学の授業でデカルトの翻訳『方法序説』を読んで、ようやく合点がい
> きました。

> 要は、「数学は論理だ、客観性だ」とか言いながらも、根本的なところ
> は「『bon sens』、良識・良心によるんだよ」ということで、「なーん
> だ、結局、根本は『思い切り』というか、ぎりぎりの主観の世界なんだ」
> と腑に落ちました。


 ↑実はこれ、今でも多くの数学者はそう思っていると思うんです。しかも

デカルトってフランス人ですよね。実はフランス人って、「明晰でないもの

はフランス的にあらず(Ce qui n'est pas clair n'est pas francais.)」

というだけのことはあって、何でも明確さを極めるところまで貫くのが彼ら

の性分なところがあります。実際、「形式主義」がデファクト・スタンダー

ドになって以来、この形式主義をタテマエでなく、本当に貫いて数学書を作

っちゃった(『ブルバキ数学原論』)のが、このフランス人なんですね。確

かにこのブルバキ数学原論形式主義で本当に数学が記述できるんだ、という

ことを現実に示した功績は大きいのですけれど、何かものすごく「人工的な

明晰さ」なんですよね。だって、この数学原論においても、「公理」や「推

論規則」は天下り式に与えられ、しかも「普通の日常言語における自然さ」

を全く持たない、超不自然な公理を与えておいて、「これを数学のスタート

地点とするからそれで満足しろ」という構成になってるんですから、これを

bos sens を持った普通の人が見たら、かえって怒るでしょうねw

 つまり、まさにデカルトが言ったことは、要するに「数学ってタテマエは

形式主義でガチガチに寸分の隙もないように組み立ててあるけど、ホンネは

主観なんだよ」ってことじゃないかと思うんです。

 ところが、こういう風潮に異を唱えていたのがドイツ数学で、こういった

数学の基礎の「人工的」さ、「不自然」さに一石を投じたのが、20代で若

くして遭難死したゲンツェンという論理学者です。ゲンツェンは、特に「推

論規則」のところでそれまでのブルバキでも採用されていた、「人工的」で

「不自然」な推論体系を、もっと「自然」な推論体系に書き直すことに成功

しました。で、私の発見も、実はこのゲンツェンの延長線上にあります。大

切なのは、いくら明晰でも「人工的」で「ホンネはタテマエと違うところに

ある」ような解明ではなく、もっとタテマエとホンネが一致した「自然」な

解釈がある。そして、推論規則だけでなく、集合論の公理、というか「集合

とは何か」についても、もっと「自然な」定義がある。そしてその自然さを

極めれば、公理自体が「数学の究極はデジタルな認識にある」という立場か

らきちんと「導出できる」ということだったんです。ですから、数学につい

てはフランス流の合理性は誠に不自然であり、ドイツの方がマシだ。しかし

それとて、もともとポリコレのようなドグマに感化されやすい西洋哲学の限

界がある、と感じているところなんです。
110:出世外人 :

2019/12/16 (Mon) 01:04:38

host:*.bbtec.net
Mespesadoさん 

お久です。

「情報」と「物質」の関係ですが、わかるような感じがします。

物理の「位置エネルギー」と「運動エネルギー」のような関係でしょうか。

あるいは、

・お金に余裕がある(物質が「実」)と、気分はのんびり(精神は「虚」)するけれど、

・お金が減ってくる(物質が「虚」)と、気合を入れて仕事をしだす(精神は「実」)

 みたいな感じでしょうか。

「公理」に関しては、私は高校生の頃、結構悩んでいました。

高校生の数学というのは、それなりに「数学」的な厳密さもありますが、一方で、その根本になっている公理に関する考察があいまいというか、速足に済ませて、いきなり代数幾何とかの応用問題をやりますよね。

一応、パズル的に取り組んだり、解法の手順を覚えるとかして試験問題は解けたとして、いつもモヤモヤとした疑問が付きまとうわけです。

「算術と幾何を結び付けて、複雑な計算をするけれど、大丈夫なんだろうか(公理の部分を厳密に考察しないでいて、演算の中でズレが生じたりしないのだろうか?」
「しかし公理が正しいと、確実に証明する方法などあるのだろうか?」
「公理の正しさを証明できないのに、そこから導かれた公式や結果が正しいと断言できるのだろうか?」等々・・・・・

相当モヤモヤしたものを抱えたまま大学に進んだのですが、哲学の授業でデカルトの翻訳『方法序説』を読んで、ようやく合点がいきました。

要は、「数学は論理だ、客観性だ」とか言いながらも、根本的なところは「『bon sens』、良識・良心によるんだよ」ということで、「なーんだ、結局、根本は『思い切り』というか、ぎりぎりの主観の世界なんだ」と腑に落ちました。

「bon sens」はある意味、倫理・哲学・宗教と科学・数学の分水嶺みたいな地点で、デカルト以降は科学ではあまり関心事ではありませんでしたが、Mespesadoさんの研究は、「bon sens」のところを、科学・数学として改めて深く扱っていくものでしょうか?
109:mespesado :

2019/12/15 (Sun) 10:02:52

host:*.itscom.jp

 めいさんの「移ろうままに」の最近のエントリーで参照されていた同ブロ

グの過去記事に井筒俊彦氏に関する記事:


https://oshosina.blog.ss-blog.jp/2013-09-10


があり、その記事のコメント欄に、めいさん自身が「マドモアゼル愛」さん

という人の「愛の日記」というブログから引用してきた記事↓


ゼロこそリアリティ New! 2013年11月05日(TUE)
http://www.love-ai.com/diary/diary.cgi?date=20131105


があったので読んでみたところ、ハッとさせられる部分がありました↓


> 今回のというか、毎回ですが、セミナーの中心課題はゼロのリアリティ
> にあったと思います。一般にはわからない、意味のない話しかもしれま
> せんが、今後のあらゆる考えの基本になるもかもしれません。

> それは何かというと、ゼロにこそあらゆる世界の入り口があり、あらゆ
> る情報は多次元も含めてゼロからしか訪れないという、考えてみればあ
> たり前のことなのです。


 これだけだと、「またスピリチュアルお得意の謎かけかよ」と、スピリチ

ュアルを毛嫌いする人からは笑われてしまうような話に見えますが、更に読

んでいくと次のような話に発展していきます↓


> たとえば、お金が無くなる、、無一文になる、、、という現象を例に考
> えましょう。

> どんな大財閥もいつかはゼロになる、、、何年、何千年かかるかはわか
> りませんが、形あるものは必ずゼロになるのです。この法則から抜け出
> ることはできません。

> 百億が最大値だった財産家は、やがて十億に一億に一千万にそしてゼロ
> になっていったとしましょう。実際には自分の寿命が先に来て、物質ゼ
> ロの地点に自分が先に行ってしまうわけですが、便宜上、生きていて財
> 産がゼロになる状況を想定してください。

> このとき、百億が最大とすると情報はゼロとなり、最大値において情報
> から途切れたエントロピー最大値で崩壊の過程に入ります。

> 崩壊の過程に入ると質量が減るにしたがって情報は増えていくのです。
> 情報とは思念ととってもいいし、感情ととってもいいし、思いと思って
> もよいでしょう。要するに心や魂の働きのように、間違いなくその働き
> はあるものの、数値とてしては存在していないものを情報という言葉で
> 表現しています。神と思ってもいいです。

> それは質量の減少とともに逆に増大していくのです。百億が10億にな
> る崩壊過程においては、90パーセントの情報が逆に増えています。と
> うとう財産を失ったときには、情報はピークに達しているのです。

> この際の情報は財産に関与したこの財産家特有の情報となりますので、
> 財産家がゼロを嘆かずに受け入れれば100億など目ではない多次元の
> 財を今度は引き込むことが可能となります。

> 人生の悲しみがピークに達したときは、だいたいは質量のある金や家や
> 恋人などを失ってしまっていることでしょう。だから悲しく苦しく不幸
> なわけです。

> しかし、情報はその時極大値に来ていることを私たちはつい忘れてしま
> います。形あるものを失うことで、情報の極大値を得ているのです。そ
> れは多次元につながる入り口でもあるので、その後の人生の成功を得た
> 人は、人生の最悪期においてのみ運を得られることになります。

> おそらくこの方程式は間違いないと思います。形を失う比率に従ってあ
> ちらの世界からの情報が増大してきているのです。

> 人間の死ですら、この原理から抜け出ることはありません。肉体という
> 質量がなくなるにしたがって、情報の世界のエネルギーは増大していき
> ます。そしてエントロピーゼロ、すなわち死によって私たちは多次元の
> 入り口に立つことが可能になるのです。


 まあ、物理に詳しい人から見るとナンセンスに見えるツッコミ所は多々あ

ると思いますが、ここで私がハッとさせられたのは「情報」こそが物質世界

や精神世界の本質だ、とも取れる思想です。

 そうなんですよ。スピリチュアルの精神性って、要するに情報の世界なん

ですね。

 しかも、私が「発見した」と称する数学の「公理」や「推論規則」の本質

も、実は「数学の根幹は『情報』である」ということなんです!

 つまり、「公理」や「推論規則」が私の言葉で「正しい」というとき、そ

れは、これらの概念を「情報の世界」の概念と見做したとき、「絶対的な意

味」で「正しい」ということなんですね。

 ここでちょっと >>105 の中で言及した「ラッセルのパラドクス」につい

て説明したいと思います。これ、数学の概念で、しかも天才数学者たちが発

見したパラドクスだから一般人には理解できないシロモノなんだろうと思う

かもしれませんが、さにあらず。実はすごく簡単なモノなんです(といって

もそれを説明する文章が一見ややこしいことは確かですが)。

 「集合」って、カントールの時代には(今でも大多数の、数学の基礎付け

問題に関心のない数学者にとっては)「モノの集まり」のことなんです。

 で、「集合」それ自体も数学の世界では「モノ」扱いですから、その「集

合」というモノを集めた集合、すなわち「集合の集合」というモノを考える

ことができます。

 そこで、次のような「集合の集合」を考えます:

 「自分自身が自分自身に属さないような集合を全部集めた集合」

 ちょっとややこしい表現ですが、このような集合を Ω(オメガ)と書く

ことにします。さて、ここでクイズです。この Ω は集合なので、当然なが

ら、Ω という「集合の集合」に属すか属さないのかを問うことができます

よね?

 そこで最初に Ω が Ω に属す、と仮定してみましょう。そうすると、Ω

は Ω の定義である「自分自身が自分自身に属さないような集合を全部集め

た集合」に属す、ということですから、これは、Ω が「自分自身が自分自

身に属さないような集合」である、という意味、つまり Ω は Ω に属さな

いような集合である、ということです。でも、これは、最初に Ω が Ω

に属す、と仮定したことと矛盾してしまいます。

 それでは、ということで、今度は反対に Ω は Ω に属さない、と仮定し

てみましょう。すると、これは、Ω が「自分自身が自分自身に属さないよ

うな集合」であるということを意味しますから、Ω は「自分自身が自分自

身に属さないような集合を全部集めた集合」に属す、という意味になり、こ

れは Ω が Ω に属す、という意味になります。あれれ、これも最初の仮定

であった Ω は Ω に属さない、という仮定と矛盾してしまいます。

 つまり、こういう集合 Ω がただ「存在する」と考えただけで、どっちに

しても矛盾が生じてしまうわけです。

 カントールやそれに続く数学者は悩みました。だって、集合という概念が、

「モノの集まり」という、あまりにも基本的な概念である以上、Ω のよう

な集合を考えることは「精神の自由」であり、それなのにそのようなモノの

存在を考えただけで矛盾が生じてしまう。どういうことなんだ?????

…というわけですね。

 数学の世界では、ある数学的対象 a が集合 A に属するということを、記

号を使って a∈A と書くのですが、数学者たちは、仕方が無いから集合とい

う「モノ」がこの世界だか抽象物だけの世界だか知らないが、何らかの世界

に「存在するモノ」であるのだ、という考え方それ自体を諦め、a∈A とい

う表現を、「a というモノが集合 A というモノに属する」という意味を表

す省略記号である、といするう考え方を捨て、単に a 、∈ 、A という「記

号」をただこの順番で並べただけで、この表現 a∈A 自体は「何も意味して

いない、ただの記号の羅列に過ぎない」ということにして、ただ、この記号

列を含む公理と称する記号列の中から「公理」と称する記号列と「推論規則」

と呼ばれる記号列の組み合わせを選んで、これを、ちょうど囲碁や将棋のよ

うなゲームのような単なる「ルール」とみなして、我々は「数学」という名

の「ゲーム」に勤しんでいるだけなんだよ、という位置づけにしてしまった

のです。

 しかし、数学を囲碁や将棋のようなゲームと同じ扱いにする ━━━

 そういうのは、確かに「数学者」にとってはそれでいいかもしれませんよ。

だって、数学者は「未解決問題というパズルを解くことで給料をもらえる」

わけだから、これはちょうど囲碁、将棋のプロが「囲碁や将棋のルールに基

づいた差し手によって勝つことを目的とした対局をして給料を貰う」のと同

じですから、確かに「職業」としては成り立ちますよ。

 でもねえ、数学って囲碁や将棋のようなゲームとは根本的なところで違う

でしょ?それは「他の学問分野(特に理論物理や情報工学の分野)にその結

果を適用できる」という点。これこそが一番大切な「数学」の意義でしょ?

 それなのに、「いやあ、我々が検討したら、実は数学って人間がご都合主

義で定めたルールに従って行ったゲームだったんですよ」などと頭を掻きな

がらヘラヘラと説明して納得してもらえると思いますか?普通の感覚だった

ら「わりゃぁ、そんだけのことだったのかよ、ふざけるなァ」とか頭ドツか

れて終わりでしょ?w

 で、私の「発見」というのは、「いや、『集合論』というのは意味のない

記号列による単なる『ゲーム』なのではない。かといって、一般に思われて

いるような『モノの集まり』でもない。実は、確かにある『現実のモノ』を

表している。ただし、その『現実のモノ』とは、あるデジタルな『情報』の

一つ、という『モノ』である」ということなんです。

 というわけで、思わぬところで自分が今最大の関心をもっていたことが、

めいさんの紹介した記事の中にでてきた話で融合して驚いている、という話

でした。
108:mespesado :

2019/12/15 (Sun) 08:45:30

host:*.itscom.jp

へっぴりごしさんの記事↓


【日本人はすぐ「いい人」になりたがる】遠子先輩さんの仰るのが「正論」ですね。

https://ameblo.jp/yamatokokoro500/entry-12558406572.html


> 遠子先輩さんツイートから~

>> 【日本人はすぐ「いい人」になりたがる】
>> 基本的には同情や親切のつもりなんだろうけれど、ちょっと待て!
>>
>> その薄っぺらな同情や親切が売国奴への最初の一歩。
>>
>> 郷に入っては郷に従え。必要以上に譲るのは止めよう。
>> https://t.co/sHAI55C4Nm
>>
>>> 静岡市、宗教上で学校給食を食べられない子供への配慮検討


 このツイートで参照されている Share News Japan の記事↓


静岡市、宗教上で学校給食を食べられない子供への配慮検討

https://snjpn.net/archives/171261


> 学校給食で宗教上の配慮検討 静岡市、来年度中にも提供

> ▼記事によると…

> ・静岡市は学校給食で豚肉などの食材が宗教上の理由で食べられない子
> 供への対応を検討していることがわかった。静岡市の田辺信宏市長は
> 12日の定例会見で明らかにし、「来年度中に食べられない食材を除い
> た給食を提供できるよう準備をしていきたい」と述べた。

> 静岡市学校給食課は今年5月、市立小中学校129校を対象に調査を実
> 施。約4万7千人中、33人が給食で宗教上の配慮が必要であることが
> 判明した。33人中15人は給食ではなく弁当、残りの18人は食べら
> れない食材を取り除くなどして給食を食べているという。

> 食べられない食材は主に豚肉や料理酒などに含まれるアルコールだった
> といい、同課はこれらの食材を禁止しているイスラム教の子供とみて、
> 対応を検討している。

> 2019.12.12 15:57


 海外からの移民というか、国内の労働者不足から企業が誘致した外国人が

増加し続けていることを受けての「人道上」の措置だと思うが、確かに遠子

先輩さんの主張は、彼らに慈悲を掛けただけのつもりが、逆に従来からの日

本人の住民に不便やら余計な人的・金銭的な負担を強いることになることに

対する警告と思うが、遠子先輩さんは、これに対する正しい対応は「郷に入

っては郷に従え」の原則を貫くことだ、と主張している。

 外国人の割合が静岡市のレベルであれば、これは正論だが(もちろんポリ

コレの人にっては暴論なんだろうが)、実は一般論として考えた場合には、

この認識ですら甘い、ということを警告するのが例の飯山女史の本にあるよ

うな内容だ。

 ある種の宗教は、神への忠義ということが我々の想像を超えるほどに強い

力を持っていて、「郷」よりも「神」に従うことが当然、という思想を持っ

ていることがある。そのような場合、いくらこちらが「郷に入っては郷に従

え」と主張しても聞き入れられないことになる。ただし、ある地域に移住し

た「よそ者」の心理として、自分達が住民の一定割合(ある種の調査ではほ

ぼ5%という数字らしい)以下であれば、あまり自分たちの我を通すような

ことはないらしいのだが、この割合を超えた途端に自分たちの主張を通そう

とする意識が強まるらしい。そうなると、もしこのクリティカルポイントを

超えると、我々にとっての常識、というか生活の知恵である「郷に入っては

郷に従え」が通用しなくなる。これは彼らの民度が低いからではなく、彼ら

にとっては「郷に入って」云々は逆に「郷>神」を意味する「神への冒涜」

に他ならないからだ。

 そうなってからでは遅い。その典型的な例がポリコレで外国人を受け入れ

たテロに晒される欧州の混乱だ。だから、悲劇を防ぐには、そもそも移民を

増やすことそれ自体を止めなければならない。

 世界水準で「お花畑」の日本は、企業のご都合主義で推進しようとしてい

る「移民政策の副作用」の怖さを侮ってはならない。
107:mespesado :

2019/12/13 (Fri) 14:28:16

host:*.itscom.jp

>>106

 おお!そうでした。亀さんも正しい日本史どころか正しい世界史を世に広

める活動をやると宣言していたんでした。しかも3分の1以上既に完成して

いる…。やばい!亀さんの方が先に完成する!これは私にとっても尻に火が

付く絶好のシチュエーションだ。亀さんに感謝!
106:亀さん:

2019/12/13 (Fri) 12:24:30

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>>105

メスさん! ついに、「重大宣言」…

それにしても、今日は凄い日だ。ハリー今村先生のスレで「九州の変人」さんという読者が、オートファジー体験という大変貴重な投稿をしていた。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16474298/157/

早速、ハリー今村先生がボツボツとレスを書いているが、今後のお二人のやりとり、これは見逃せない。

一方、メスさんは重大宣言を、大勢の放知技読者の前でした!

それは…

◎ 数学の「公理」とか「推論規則」には、実はある意味で、客観的な根拠が存在する

これを論文に書いて世に問うと♀さん…、ではなくてメスさんは云う。さぁ、もう逃げられんで…(笑)。

その意味で、皆さん、メスさんの今後に注目しませう。まぁ、尤も小生も「飯山史観を後世に遺す」と、世間に向かって宣言している手前、仕事の合間に纏めているものを、一部ブログ記事に公開、今日まで丁度60本公開したが、最終的には150本前後になると思うので、あと90本前後www 頑張らねば…

メスさん、お互いの尻を叩き合いながら、各々完成を目指していきましょうぞ。

ちなみに、西田幾多郎の小品『或教授の退職の辞』の他、主著の『善の研究』について解説した若松英輔氏の『100分de名著 禅の研究 西田幾多郎』、大変優れており、無論、『或教授の退職の辞』についての言及もあります。

しかし、同氏に関して云えば、やはり『井筒俊彦―叡知の哲学』(慶應義塾大学出版会)だな…


では、仕事に戻ります。



今日は両手両足に花とはいかず両手に花で、残念な亀さん@人生は冥土までの暇潰し
105:mespesado :

2019/12/13 (Fri) 10:53:28

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>>104


或教授の退職の辞 西田幾多郎

https://www.aozora.gr.jp/cards/000182/files/43655_22317.html


> しかしそれに関らず私は何となく乾燥無味な数学に一生を托する気にも
> なれなかった。自己の能力を疑いつつも、遂に哲学に定めてしまった。


 ここに「乾燥無味な数学」と書いてあります。

 私は数学科出身なので、この件について一言(にかこつけて実は重大宣言)。

 大半の数学好きは、実は「パズル好き」なんですね。専門の数学者だって

実はそうです。彼らは当世の未解決問題を解決したいという猛烈なインセン

ティブに突き動かされて、とにかく数学の未解決問題というパズルを解こう

とする。そして、彼らの世界の住人はみなそうだから、彼らにとって興味深

くて難しいパズルを解いた人が最も評価される。

 しかし、そこまで数学の世界に興味が無い人は、「この世の物質世界や逆

に精神世界」にも無縁な数学の世界に何をそんなに血眼になってるの?と感

じるのではないでしょうか。このような現実の物質にも精神世界にも無関係

ということが、上述の「乾燥無味」という印象に集約してくるのでしょう。

 ところで数学という学問には、学問それ自身における深刻な「黒歴史」が

あるのです。それは、20世紀の冒頭に、カントールという天才が「集合」

という概念を追求することにより、すべての数学の分野がこの「集合」とい

う概念を使うと、すべてその「集合論」の一分野として統一的に理解するこ

とができることを示しました。

 ところが、この「集合論」の中に「ラッセルのパラドクス」という矛盾が

見つかり、更にこれがキッカケとなって、数学全般に共通する純粋な「数学

的推論」の世界にすら、次々に深刻なパラドックスが発生してきてしまった

のです。これを数学史では「数学の危機」と呼んでいます。「我々の自然な

感覚に合った概念をそのまま使って論理的に推論していくと深刻な矛盾が生

じてしまう」。このような衝撃の事実を知った数学者は、これに懲りて、矛

盾が絶対に生じないように、ガチガチな「形式主義(数学の世界では、この

言葉にネガティブな意味は無く、むしろ現代数学の基礎として従わなければ

ならない基本中の基本という位置づけにさえなっている!)」で数学を行う

ことがデファクト・スタンダードになってしまったのです。

 ちなみに、この「形式主義」とは、「公理的集合論」という、本当に無味

乾燥な論理式の羅列で書かれたいくつかの「公理」というものを、証明抜き

に正しいものと認め、それのみを基本にして、これに「推論規則」とよばれ

る、これまた無味乾燥な論理式を並べたルールだけを使って数学の議論は行

われなければならない、という方法論このことを言います。

 こうしておけば、あとは機械的に記号の羅列に関する性質を調べることに

よって、形式主義で記述された数学に矛盾が生じないことを確かめれば、パ

ラドクスから逃れられるぞ~、と当時の数学者たちは楽観的に考えたのです。

 ところが、ここで衝撃的な事件が発生します。なんと、ゲーデルという超

天才数学者・論理学者が、「どんなに形式主義を採用して数学を厳密化して

も、数学が矛盾しない(パラドクスが発生しない)ことを証明することは絶

対に不可能である」ということを、カントールの「集合」のような「素朴に

扱うとパラドクスが生じてしまう」ような「危険な」概念を一切用いずに、

小学校で習うような「数(それも整数だけ)」の足し算や掛け算のような、

初等的な道具だけを使って、論理的、厳密に証明してしまったのです!

 この結果、数学者はパラドクスが生じないことを保証するという取り組み

(ヒルベルト・プログラムという)は諦め、この「数学の基礎付け」問題か

らは一切手を引き、再び「パズルの解決」に専念することとなったのです。

 ところで、そもそもこの「形式主義」というのは、驚くべきことに、しか

しまあ「矛盾が生じないことが最優先の課題だ」という動機で発生した主義

なのですからある意味「当然のこと」でもあるんですが、そこで採用された

「公理」とか「推論規則」には、具体的にそれらを選択した理由となる客観

的な根拠というのが、実は「何もない」のです!

 「ええ?!」とびっくりするかもしれませんが、これらの「公理」や「推

論規則」を選択した理由は、それが正当化される客観的な理由があるからで

はなく、単に「形式主義を採用する前の素朴な時代に確立した昔の数学上の

成果を、そのまま形式主義の下でも正しいことにして生かすために、昔から

無意識に使われてきた素朴な推論方法をそのまま正しいということにできる

ような公理や推論規則を選んだだけ」という、単なる「ご都合主義」、「対

症療法」として採用されただけなんです(本当ですよ!)。

 実は私も大学に行くまでは、数学というのは「すべての学問に利用できる

ほど、他の学問のように学問固有の前提を何も仮定せずに客観的な事実と方

法論のみに従って得られる結果だけを証明していく高尚な学問」なんだ、と

素朴に信じ込んでいました。ですから、そのような「汎用性」を持つために

は「無味乾燥」であることは致し方ないことだ、必要悪なんだ、と信じ込ん

できました。

 ところが大学で「数学の基礎付け」に該当する分野に取り組んだ結果、上

に書いたような事実を知ってショックを受けたのです。何か、大げさなよう

ですが、そのことを知ったとき、「生きる意味を失った」と真剣に思うくら

い「絶望感」に打ちひしがれたんです。実は私は他の数学好きと違って、パ

ズルを解くことにはあまり興味は無く、ただ「(抽象世界も含む)世の中の

カラクリを知りたい」というだけの、まあいわゆる「夢見る少年」だったの

で、このような数学界の「パズル解決の成果を競う」だけの、その大元の根

拠については「ご都合主義」を貫く現実には満足できず、それからは、自分

で思考の羽を伸ばして考え悩むことウン十年、なんと、数学の「公理」とか

「推論規則」には、実はある意味で、客観的な根拠が存在するという事実を

「発見」してしまったんです(妄想かもしれませんがw)。でも、それを文

字にして書き起こそうとすると、どうにもモヤモヤしていて、これを数学の

世界で許されるような論文の形にまとめることができず、今日に至っている

のですが、しかしその内容は、自分にとっては明晰で、しかもあまりにも平

凡で何のトリックも含まれないにもかかわらず、結論が衝撃的な事実だった

ので、この話を家人にすると「そんな重大な事実を発見したなら早く論文に

書け」と背中を押されているので、何とか論文にまとめたいと、ずっと思っ

てはいたのですが、生来の wimpy な性格が仇となって、なかなか論文に着

手できないでいました。

 そこで、いよいよ背水の陣ではないですが、この放知技に、このような宣

言をして、逃げがきかないように自分を追い詰めることにしたわけですw

 とううわけで、このスレの趣旨にも合わない「自分語り」をダラダラと書

かせていただき、スレ汚ししてしまいました。悪しからずご了承ください。
104:亀さん:

2019/12/13 (Fri) 03:15:38

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>>103

> 飯山女史は唯物的過ぎ

このあたりは、現在ウォッチャーさんが瞽女について、日本各地で調査を進めており、そのあたりを詳細に書きたいのは山々なんですが、現在は仕事に追われているので、またの機会にさせてください。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-1643.html

最近は、西田幾多郎、鈴木大拙、井筒俊彦といった、先達が遺してくれた書籍に接する機会が増えてきた小生ですが、何故なんだろうかと思っていたところ、昨夜読み進めていた西田の著作に回答がありました。これは、西田の『或教授の退職の辞』という小品であり、それを読んだ若松英輔氏は以下のような感想を述べています。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000182/files/43655_22317.html

「人生は何らかのちからによって動かされていた」

小生が日ごろ漠然と感じていることを、あの西田も感じていたことを若松氏の言葉を通じて知り、あたかも西田という先達と語り合っているのでは、という錯覚に昨夜は陥ったほどです。

現在の仕事が一段落する来年二月以降、気が向けばこのあたりをブログ記事にしたいと思います。いわゆる、最新記事「無」の続編です。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
103:mespesado :

2019/12/12 (Thu) 22:18:21

host:*.itscom.jp

>>102

 飯山陽さんが唯物史観の持ち主であることはわかったけれど、同じイスラ

ム研究者の中田考さんのことが彼女のtwitterで話題にされてるから、どん

な考えの人かと思って読んでみた↓


http://s-scrap.com/3523
第四書簡 タイのイスラーム事情


 このサイトは飯山女史と中田氏がそれぞれ自分の立場から独立に同じテー

マについてエッセイを書いてホチキスしているだけのようなサイトだが…

 前半の飯山女史の文章は、既に読んだ2冊の本とほぼ同じトーンの記事で、

とりたてて意外性はない。

 一方の後半の中田氏の文章は…


> 日本のイスラーム化は妄想、あるいは夢想の類でしかありませんが、日
> 本によってインドネシアを含むマレー・イスラーム世界が軍事的に占領
> され植民地化され、神道の天皇崇拝を強制されたのは、古老たちの記憶
> に残るリアルな「事実」です。私たちは、東条内閣の閣僚としてA級戦犯
> の被疑者になり公職追放になった岸信介の孫で、彼を尊敬すると公言し、
> 靖国神社に参拝し、戦争放棄と戦力不保持を定める憲法九条の改正を目
> 指すと公言する人物が首相を務める国の国民であることの意味をよく考
> えてみる必要があるでしょう。精神分析では、自分自身に認めたくない
> 欲求や感情を無意識に他者へと転嫁して自己正当化することを「投影」
> と言います。イスラームが過度に侵略的で危険だと見える者は、自分自
> 身の姿を相手に投影しているのではないか、とまず自分自身を疑ってみ
> るとよいでしょう。個人であれ集団であれ、自己の実像を直視するのは
> 誰にも難しいものですが。


 うわ~~。もろ自虐史観の塊りだぁ!!しかも典型的な「アベガー」ww

 中田さんよぉ、人のことを「とまず自分自身を疑ってみるとよい」とか言

う前に、自分がWGIPに洗脳されてんじゃないかと疑ってみた方がいいん

じゃないですかねぇ。

 飯山女史がツイートで、従来のイスラム学者が飯山女史のことをイスラム

差別主義者だと主張している、と仰っていましたが、これじゃあ、さもあり

なん。経済学界と同じで、従来学派が(この場合は差別は良くないという)

ポリコレのイデオロギーのバイアスがかかった分析をしてるってことでしょ

うね。だから、そういったイデオロギーに毒されない飯山女史の唯物的な議

論が彼らのイデオロギーに反するから差別的に見えるんでしょう。

 亀さんも言うとおり、飯山女史は唯物的過ぎて、人間の精神の内面の哲学

がわからないという弱点があることは間違いないですが、その唯物史観の人

にすら批判される従来学派ってほんっと何なんでしょうね。
102:mespesado :

2019/12/10 (Tue) 07:22:24

host:*.itscom.jp

>>98

 飯山陽さんの本が「警告の啓蒙書」であることの証拠みたいな、最近のツ

イート↓


https://twitter.com/IiyamaAkari/status/1203686822825492481

飯山陽『 イスラム2.0』増刷決定、みなさまありがとうございます!@IiyamaAkari

> イギリス外務省はイギリス国民に対し、「モロッコではテロリストが攻
> 撃を試みる可能性が非常に高い。常に警戒する必要がある」と渡航情報
> を更新。一方、日本の外務省はモロッコについては変わらず「十分注意
> してください」。渡航の危機管理について日英ではこれだけ差がある。


 実は『イスラム2.0』にも出てきますが、1991年7月に起きた『悪魔

の詩』翻訳者殺害事件。当時イランのホメイニ師が、英国のサルマン・ラシ

ュディが著した『悪魔の詩』がイスラムを冒涜するものだとして著者や出版

に関与した者に“死刑”宣言をした結果、著者のみならず、世界中の同書の

翻訳者が命を狙われ、日本語の翻訳者である五十嵐一氏がイスラム式の死刑

の方法で喉を切り裂かれて殺害された事件ですが、Wikiによれば、日本でも

翻訳者の身辺の護衛を当局が申し出たのに本人が断っていたようですね。

 結果として、五十嵐氏は不意を突かれて暗殺者に殺害されてしまったわけ

ですが、当の著者の方は英国で手厚い警護により暗殺を免れています。

 多分、彼女の上記のツイートは、今も変わらない日本のテロ等に対する認

識の甘さに対する警告として行われたものと思っています。
101:mespesado :

2019/12/10 (Tue) 07:10:28

host:*.itscom.jp

>>100

> しかし、両書とも難解であり、一度読んだくらいでは殆ど理解できない
> 性質の本であり、繰り返し読む必要があると言われいてる本ですね。


 繰り返し読むどころか、1回目の読みで先に進むのすら大変。まるで数学

や理論物理の論文を読み解いているような感じです。

 これは、書いてある内容が難解だから、ということではなく、本来なら言

語で表現することが困難な対象を無理やり言語で説明せざるを得ないことか

ら来る著者から読者への「情報伝達」の困難さから来るものと思われます。

これは例えて言うと、異国の旅で初めて見る大変珍しい景観を写真を使わず

言葉だけで説明する困難に似てるかな?という感じ。

 まあ、それはともかくとして何とか読み通していきたいと思います。
100:亀さん:

2019/12/09 (Mon) 07:53:07

host:*.t-com.ne.jp
>>98

> 『意識と本質』

本当に同書に取り組んだのですね、凄いなmespesadoさんは…(唖然)

井筒俊彦は多くの著書を和漢洋で著していますが、日本語の本で井筒俊彦その人の本質を識るには、『神秘哲学』と『意識と本質』の二冊は欠かせないでしょう。しかし、両書とも難解であり、一度読んだくらいでは殆ど理解できない性質の本であり、繰り返し読む必要があると言われいてる本ですね。

ともあれ、この二冊さえ読めば井筒俊彦の他の本は、読まなくても差し支えないとすら言われているほどで、しかも確か両書とも日本語以外に訳出されていないはずです。その意味で、日本語が解る我々は両書を世界に紹介する〝義務〟がありそうです。

小生の頭では理解は難しいので、『意識と本質』を読了した後のmespesadoさんの読後感というか、解説を今から期待しております。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
99:mespesado :

2019/12/09 (Mon) 07:23:45

host:*.itscom.jp

 単なるメモです

http://www.keio-up.co.jp/kup/sp/izutsu/doc/x11y7.html
98:mespesado :

2019/12/09 (Mon) 07:20:49

host:*.itscom.jp

>>97

 ようやく飯山陽氏の『イスラム2.0』の方を読み終わりました。

 これは、「ある種の思想/ドグマ/イデオロギーについては、原理主義が大

変な影響を及ぼすことがある」ことに対する現実社会への警告書である、と

理解しました。そういう意味では、この本は非常に大切な啓蒙書になってい

ると思います。

 一方の井筒俊彦氏の『意識と本質』の方ですが、全417頁のうち、まだ

34頁までしか読み終えていませんが、これは読むのに頭がとても疲れます。

そんな中で「おお!」と思った部分に差し掛かりました↓


> およそ概念とか概念的・抽象的思惟とかいうものを極度に嫌った本居宣
> 長は、当然のことながら、中国人のものの考え方にたいしてほとんど本
> 能的とでも言いたいほどの憎悪の情を抱いた。


 この本は東洋の哲学、主として中国やインドの哲学の「無」の哲学の観点

から、今のスピリチュアル(=西洋人が東洋哲学に類似する思想に目覚めて

広めた汎宗教的思想)の世界にも通じる思想を紹介しているわけですが、言

われて見れば、本居宣長ってそういう意味で「唯物的」なんだな、と改めて

感じ要るところがあり、そして飯山陽氏もそういう観点からすると、まさに

本居宣長的な人なのだろうな、ということが見えてきたような気がします。
97:mespesado :

2019/12/04 (Wed) 06:59:26

host:*.itscom.jp

 ここに4つの証言がある↓


> 言語学者、哲学者、思想家として世界に名を響かせた井筒俊彦(1914
> ~1993)。子供の頃、父から禅を学び、その後イスラム哲学に傾倒
> したが、西洋とイスラム世界の衝突を目の当たりにし、その解決の糸口
> として東洋哲学を確立した。「多様性」や「他者との共生」を訴える井
> 筒の思想は、不寛容と憎悪が増す今、再び注目を集めている。イラン出
> 身の女優サヘル・ローズが、井筒ゆかりの土地や人を訪ね、独自の世界
> 観を体感する。

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/2443/1878344/index.html



> みたま@int_independent

> 唐突ですが、お礼を述べさせてください。
> 井筒先生の「意識と本質」を出版とほぼ同時に読み、深く感動しました。
> しかし、なぜその後、井筒先生の世界にハマらなかったのか自分でも謎
> だったのですが、飯山先生の前著とツイッターを読んで腑に落ちた点が
> 多くスッキリしている次第です。(新著予約済)

https://twitter.com/int_independent/status/1196773431288590336



> 飯山陽『 イスラム2.0: SNSが変えた1400年の宗教観』 11月23日刊行
> @IiyamaAkari

> 井筒俊彦先生の関心がひたすら「内」へと向かうのに対し、私の関心は
> ひたすら「外」に向かうのが特徴です。私が分析対象としているものは、
> 世界のあちこちで誰でも確認することができますが、井筒先生の方はそ
> うではありません。「誰にも認識できないものをオレだけが知っている」
> 的研究です。

https://twitter.com/IiyamaAkari/status/1197042724366536705



> つくづく、言葉は怖いものだと思った。飯山陽女史の『「誰にも認識で
> きないものをオレだけが知っている」的研究』という言葉、同女史が西
> 田幾多郎や井筒俊彦の云う無の世界に、無知であることを赤裸々に示す
> 言葉になっているだけではなく、この二人の知の巨人には到底及ばぬ器
> であることが一目瞭然となっている。

http://toneri2672.blog.fc2.com/



 ↑これらだけ読んでると、どの発言が本質を突いてるのかわかりにくいが、

飯山陽氏の新書『イスラム2.0』と井筒俊彦氏の『意識と本質』を買って読

んでいるが、まさに知の世界には何重にも仕掛けられた罠があるのを感じて

いて、奥が深いのがわかる。しかし不思議なのは、彼らの本を詳細に読む前

から、直観では何が本質なのかがちょっと見えてきている、もう答は見えて

いる、という気持ちがあるのも確かだ。

 感想は、上記2冊を読み終えてからじっくりここに書き込みたい。
96:亀さん:

2019/12/03 (Tue) 15:43:19

host:*.t-com.ne.jp
猿都瑠さん、昨日、「無」と題するブログ記事をアップしましたが、その中で中沢新一を小生は登場させました。その中沢が著した本の一冊に『レンマ学』というのがあり、レマン学とは何かについて、アマゾンで以下のように紹介されていました。あの南方熊楠の名もありますね。
__________
「レンマ的知性」は、現代数学や量子論、言語学、精神分析、数学、生命科学、脳科学といった人間諸科学の解体と再編成をうながしていく可能性があります。この知的鉱脈を鈴木大拙や南方熊楠、井筒俊彦らは気づいていました。それを現在の知的装備を駆使して掘り起こす試みが、「レンマ学」です。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


水道のポンプが故障し、修理に追われた亀さん@人生は冥土までの暇潰し
95:猿都瑠 :

2019/11/28 (Thu) 22:04:56

host:*.au-net.ne.jp
野崎博士が何処に住んでいるのかを念頭に読み解く、これもインテリジェンスの一環かなと。
94:suyap :

2019/11/28 (Thu) 20:35:23

host:5.62.21.173

>>93 チェキさん

これですね。
 ↓↓
https://gigazine.net/news/20191029-bosstown-dynamics-shooting/

野崎先生の書き方、ときどき「天然」を発揮されるのか、アレッと思う
ようなことがありますね^^

ま、それらもどう読み取る・受け取るかも、「コンテキストを読む」って
作業の一環で(笑)
93:チェキ :

2019/11/28 (Thu) 19:45:46

host:*.dion.ne.jp
本日の野崎センセのボストン・ダイナミクスの動画。あれパロディーやで
なんで誰も指摘しないのかが不思議?16さんが他界されて注目度が下がったってことかな?
92:亀さん:

2019/11/28 (Thu) 15:46:06

host:*.t-com.ne.jp
今日も深夜の一時過ぎに起床、ココ放知技に一本の投稿(>>89)をアップした後、先ほどまで明日締め切りの仕事に没頭していた。まぁ、なんとか明日中には終わるだろうと思っているんだが、果たして…。ともあれ、14時間も仕事に没頭し、疲れたので今日はこれにて打ち止めぇ~♪


>>88

> 物理が本当に苦手な自分。

豚でもない、足し算引き算が最大二十つう数字(両手足の指数)までしか出来ない小生からみれば、猿都瑠さんは哲学者(サルトル)の名に恥じず天才だwww


> 神道の著作や旧漢字が載ってる本に比べたら読みやすいですね。

凄い!!! 拙宅にも数日前に届いたんだが、文庫本だけあって文字が小さいwww これはモー寝る前に、チビリチビリ読み進めていくしかないな…。でも、この本は飯山史観の完成にあたり、欠かせない本になりそうだ。飯山さんではないけど、安倍晋三の実像に迫る上で、格好の書だからだ。
__________
戦前の総理大臣で,安倍晋三に匹敵する強力な総理大臣=政治家(politician)は…

山県有朋ぐらいでしょう.
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16090538/82/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

>>91

> 〇 亀さんの目の前で

メスさぁん~、違いますぅ - ( ̄^ ̄)キパッ 

正しくは、以下です。

> 〇 飯能の高倉健の目の前で

まぁ、

> 〇 飯能の上原謙の目の前で

でもE-んだけどね、どちらもケンさんだしwww


>>90

> ズバリ!これ、私もそう感じてた

違いの解る同志がいて感動!!!


> ケ・セラ・セラ

アッ、これわね、vagabundo1431さんに訊いた方が早いと思う。でも、「明日は明日の風が吹く」つうニュアンスの英語、ハリウッド映画だったかな、様々な表現で耳にした記憶があるんだが、モー思い出せない。直接、山岸先生に訊いてみるのもいいかもしれないwww


> 英語や西語のプロである亀さんへの目ので、シロウトがいっぱし

ナンカ、勘違いしておられるようで…(爆)

ココ放知技で最高の英語翻訳者と云えばパパリン、でわなくてママリン姐御ですぞ!!! アッ、一郎会に参加したアマゾネスこと、Kさんという語学の達人もいた…。ともあれ、時折披露してくれるママリン姐御の英文法講釈、小生にはチンプンカンプンで、あまり良く理解できないwww なにせ、中三の頃に本格的に受験勉強に取り組むまで、「This is a pen.」の意味も分からなかったしwww

メスさん、それよりも早く>>87の、飯山陽著『イスラム教の論理』の読後感、掻いて、もとい書いて頂戴寝!



今日はモー呑み杉の亀さん@人生は冥土までの暇潰し
91:mespesado :

2019/11/28 (Thu) 06:56:28

host:*.itscom.jp

>>90 訂正w

× 亀さんへの目ので

〇 亀さんの目の前で
90:mespesado :

2019/11/28 (Thu) 06:50:31

host:*.itscom.jp

>>89

リンク先より↓

> 上にあるAfter all, tomorrow is another day!という“名セリフ”だが、
> わが国ではこれを、ここにもあるように、「明日は明日の風が吹く」と
> 訳す人がはなはだ多い。だが、(この点にはもう何十年も前に英語専門
> 誌や自著で何度か指摘したことがあるが)、日本語の「明日は明日の風
> が吹く」には、石原裕次郎主演映画「明日は明日の風が吹く」(1958)
> の題名同様、どこか “投げやりなところ”、”捨て鉢なところ”が感じ
> られる。「明日は明日、どうにかなるさ」という諦めの気持ちさえ感じ
> られる。だが、英語の Tomorrow is another day. はもっと前向きであ
> り、明日に希望を託す時の言葉だ。「明日は別の日だ、希望の持てる新
> しい日だ」と言う気持ちで用いるものだ。


 ズバリ!これ、私もそう感じてたところで、まさにそのとおりですね!

 しかし、だからと言って、英語に日本語の「明日は明日の風が吹く」とい

うニュアンスの表現が無いかというと微妙な気がします。

 というのは「ケ・セラ・セラ」っていう、曲のタイトルにもなった言葉が

まさにここで言う「明日は明日の風が吹く」に近いと思うんですよね。

 こう言うと、「ケ・セラ・セラ」ってスペイン語だろ?って言われるかも

しれませんが、これ、正規のスペイン語じゃないんだそうですね。単に、英

語の「What will be will be」の直訳らしくて(歌の中でもそう示唆してい

ますし)、英語の what という関係代名詞には「A thing which ~」という

意味がありますが、スペイン語の「ケ(que')」って確かに英語の疑問詞で

もある what の意味は確かにあるけど、関係詞としてはスペイン語には英語

の関係詞特有のそんな意味はなく、これって完全に和製英語ならぬ「米製西

語」なんだそうで…。んで、スペイン語圏でも英語圏から逆輸入して「ケ・

セラ・セラ」ってそういう意味に使うようになってしまったとか…。

 これって、英語には本来は「明日は明日の風が吹く」っていう表現は無か

ったのに、後にそういうニュアンスの表現が欲しくなって、外国語にかこつ

けてそういう表現を取り入れたってことではないかな~なんて妄想してます。

 おっと!英語や西語のプロである亀さんへの目ので、シロウトがいっぱし

の妄想をホザいてすいませんm(_ _)m
89:亀さん:

2019/11/28 (Thu) 03:03:02

host:*.t-com.ne.jp
八戸のマタタビさんが、他スレで以下のような言葉を述べている。

> なんて美しい日本語を書く人なのだろう
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16992476/18/

いつも、スケベーなことばかり書いている身としてわ、穴があったら入りたい…

言葉といえば、マーガレット・ミッチェルの『風と共に去りぬ』(Gone With the Wind)を読んだり、映画で観たりした放知技の読者は多いと思うんだが、小生は二十代前半の頃、群馬県沼田市の友人宅に数ヶ月居候したことがあり、ビッグマックのように分厚い原書を読破したことがある。その後は映画も数回見た。だから、気の強い女性に未だに惹かれるのも、スカーレット・オハラから受けた影響があったんだろうな、と今にして思う。

そのスカーレットが、終章で天に向かって叫んだ言葉…

Tomorrow is another day.

爾来、その言葉が脳裏から離れたことはなかった。ところが先日、敬愛する山岸先生が「Tomorrow is another day.」について言及されている記事を目にしたのでR。
http://blog.livedoor.jp/yamakatsuei/archives/52288111.html

小生は翻訳本を読んだことがなかったので知らなかったのだが、日本語訳では「明日は明日の風が吹く」となっているのを知った。一瞬、妙な違和感を覚えたのだが、山岸先生の解説を読み、その違和感の正体を知った次第…

つうわけで、ココでの八戸のマタタビさんによる宮沢賢治論、今から楽しみ (*^^*)



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
88:猿都瑠 :

2019/11/28 (Thu) 03:01:57

host:*.eonet.ne.jp
ミニミニ一郎会in神保町、待ち合わせ前に。

量子力学を少しでも理解したい、そもそも物理が本当に苦手な自分。

ファインマン物理学1~5

最後の挑戦かw

宮地神仙道叢書 1・2巻。6冊組。

本当に高かったけどww

~~~

相曽誠治師の著作を更に読み進めて行くと・・・。

村山惣作師の弟子なんですよね。

となると。

世界は日ノ本に帰る 大祓の霊的釈義 上下2冊揃

タマシヒの安定は鎮守様から

相曽師の解説が付いてるものを。

どちらとも読まれた形跡の無い古書、読むべき人の手に来るものなんでしょうか。


山県有朋: 明治日本の象徴

京都市内をうろうろして、ジュンク堂で購入。

神道の著作や旧漢字が載ってる本に比べたら読みやすいですね。

一気に読み切ってしまいたいと思います。
87:mespesado :

2019/11/21 (Thu) 07:14:08

host:*.itscom.jp

飯山陽著『イスラム教の論理』についての感想↓


みたま@int_independent

> 唐突ですが、お礼を述べさせてください。
> 井筒先生の「意識と本質」を出版とほぼ同時に読み、深く感動しました。
> しかし、なぜその後、井筒先生の世界にハマらなかったのか自分でも謎
> だったのですが、飯山先生の前著とツイッターを読んで腑に落ちた点が
> 多くスッキリしている次第です。(新著予約済)

 ↓ ↓ ↓

飯山陽『 イスラム2.0: SNSが変えた1400年の宗教観』 11月26日刊行予定

> 井筒俊彦先生の関心がひたすら「内」へと向かうのに対し、私の関心は
> ひたすら「外」に向かうのが特徴です。私が分析対象としているものは、
> 世界のあちこちで誰でも確認することができますが、井筒先生の方はそ
> うではありません。「誰にも認識できないものをオレだけが知っている」
> 的研究です。


 私はもともとスピリチュアルの世界で「外向き」より「内向き」の方が実

は本質で、やがては後者に向かうのが必然の流れだ、という認識でいたので、

この飯山さんのコメントは意外でした。というのも、飯山さんの前掲著書を

読んで納得し、その後のツイッターにも共感しているからです。

 となると、この井筒さんの本に何が書いてあるのかが大変気になってきた

ので、早速注文して読んでみることにしました。

 読み終わったら感想を書いてみたいと思っています。
86:亀さん:

2019/11/20 (Wed) 18:21:43

host:*.t-com.ne.jp
>>85

本スレにも書いたけど、なかなか仕事の缶詰め状態から抜け出せません。まぁ、綺麗なお姉さんばかりなので、良しとしています(爆)

両宮地師について天童さんと語り合いましたか…。今でも月に一度のペースで八万書店からカタログを送ってきますが、数日前に届いたカタログにも宮地師の書籍のPRがありました。

こうなると、ウォッチャーさんと一日でも早く恐山に行ってみたいんだが、東北はこれから寒くなるので、早くて来年の四月以降だな。八戸ではマタタビさんを囲んで大いに神道について語り合いましょう。

さて、少し寝て仕事を再開するとします…



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
85:猿都瑠 :

2019/11/20 (Wed) 01:14:17

host:*.eonet.ne.jp
>>84
亀さん

何かが見えてきたら、見えて来ると思っていますが。

天童さんに宮地水位師や宮地厳夫師の事を送別会の時に聞いてみました。

相曽師がおられたからこそ、宮地水位師や宮地厳夫師の世界を我々が知る事が出来たのだと仰ってました。



神保町の一番美味しい喫茶店で、相曽誠治師の著作を更に読み進めて行くと・・・。

Aスラヴィク著「日本文化の古層」が須佐之男命に関しての考察としては最高であると。

その場で日本の古本屋サイトでチェックすると、一心堂書店にあると。

一心堂書店は、刀剣や甲冑に関しての在庫が多く、美術書なども豊富。

日本文化に関しての著作も置いてあるので、自力で探して発見。

この著作の併読も開始しました。


>>83 の補足ですが。

青木紀元著

・祝詞全評釈 : 延喜式祝詞中臣寿詞 <延喜式>

これは大手書店にもあるのですが、この手の高価な書籍は色々な人の手に触れてしまい、新本とは言い難い物があるのが実情。

そこで、相曽師の著作を買い求めた十条の鴨書店に日曜の撮影帰りに閉店間際に飛び込みで行ってきました。

探すと無い(苦笑)

何かお探しですか?との声。

これが欲しいんですけどと言うと、隠してあるんですよと。

古書の後ろにビニール袋に入れてありました。

ヤケが恐いのと、ヤケたりすると古書店なので新書も古書と同じになってしまうからと。

相曽師の本をここで買ったんですよ、それでその相曽師の本にこれが載ってたのでと言うと、

そうなんですね、それをレビューに書いておこうかなと。

そんなやり取りを経て、手元にあります。

神道に関しての書籍は新書本でなければ、他人の手を経てからだとお祓いしてからとか言われます。

あまり気にはしないのですが、版元になくて古書となって手に入れた物がありますが、不思議と読まれた形跡がほとんど無いんですね。

これらも全て、天童さんと出会えたこと、飯山さんと出会えたこと、亀さんと出会えたことあっての事です。
84:亀さん:

2019/11/18 (Mon) 04:37:12

host:*.t-com.ne.jp
>>83

> 宮地水位師と宮地厳夫師

相曽師の著作を通じて、両師の名前くらいは薄ら覚えているけど、実際に両師の著書を手にしたことはありません。流石に山浦さんや天童さんも、手にしたことはないのではと思う。次回の東京一郎会あたりで、どのような世界が両師の著書から見えてきたのか、語っていただけたら嬉しいです。そうすれば、日本各地で瞽女の現地調査を進めている、ウォッチャーさんも一郎会に顔を出すかも…。


> jinmoさん

その意味で、早い機会にウォッチャーさんをjinmoさんに引き合わせてみたいと思います。ともあれ、まほろば会の面々との交流が始まり、猿都瑠さんにとっては人脈といった意味での財産になりそうですね。


>> 81

> 玉樹真一郎

昨日の夕方、地元の飯能でネパール人が経営する、カレー店に下の息子を連れて行ったんだが、数日前に手渡した玉樹氏の本の感想を聞いたところ、特にゲームの企画段階についての行は、大いに得るものがあったとのことです。有難うございました。

その下の息子、一昨日のまほろば会に久方ぶりに顔を出しています。天童さんが岡山に帰郷するということで、別れの挨拶をしてこいと送り出したのですが、本人は人脈を築いていくことの大切さを悟ったようで、今後は忙しい学業の合間に、様々な集いに顔を出していきたいと語っていましたが、それを耳にして嬉しく思った次第です。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
83:猿都瑠 :

2019/11/18 (Mon) 00:04:49

host:*.nuro.jp
相曽誠治師の著作を読み進めて行くにつれて、宮地水位師と宮地厳夫師に辿り着きました。

宮地水位著

・類別 異境備忘録 附 幽界記
・神仙秘書
・禁厭秘辞

宮地厳夫著

・本朝神仙記傳

清水宗徳著

・宮地神仙道玄義

そして、相曽誠治師の著作に出てきた「中臣寿詞」に惹かれて。

青木紀元著

・祝詞全評釈 : 延喜式祝詞中臣寿詞 <延喜式>

最初からまず意味なんか分からないんだから、とにかく声に出して音読する事ですね。

漢字にどうしても引っ張られるので、学会のトップに居るような学者ですら意味が解っていない。

五十音にはそれぞれ一文字で意味があり、言霊があるのだと。

まほろば会に出て、天童さんやjinmoさん安西さんといった面々と顔を合わせる事が出来るのは大きな財産になりつつあります。
82:亀さん:

2019/11/12 (Tue) 15:48:56

host:*.t-com.ne.jp
>>81

大谷真樹さんの『世界で学べ 2030に生き残るために』が今日届いたので、仕事を漸く終えた今、パラパラと同書を捲ってみました。そして、大変残念な思いをした次第。

確かに、大谷さんと交流していた四半世紀前の小生は、教育については同じ考え方をしていたし、今でも大谷さんの教育観には基本的に同意します。

しかし、大谷さんは日本の心(The soul of Japan)について、同書の中で全く言及していない。それだけに、同書には深みというものが欠けています。

小生の場合、飯山一郎さんをはじめ、まほろば会の山浦義久さん、天童竺丸さんらといった先達と、長きにわたって深いお付き合いを重ねてきた身だからこそ、大谷さんに欠けているものが、何かということがはっきり見えるというわけなのでせう。

それにしても、お互いに過ぎ去った四半世紀という時間。これほどまでに人と人とを分かつものなのかと、今更ながらに思った次第。

ともあれ、今の大谷さんという人間が、どういう思想の持ち主なのか、その一端が良く分かりました。その点、八戸のマタタビさんに深く感謝致します。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
81:八戸のマタタビ :

2019/11/09 (Sat) 13:07:10

host:*.bbtec.net
 
 最近Amazonでしか本を買っていないので久しぶりに地元の本屋で本を買おうと思い行ったところ雑貨コーナーと雑誌コーナーが拡充されていてその分書籍コーナーが小さくなっていて「自分もここ数年Amazonでしか本を買ってないもんな」と思いつつも若干の寂しさを感じつつ平積みされていた地元出身の二人の本を買ってきました。

 1冊目は大谷真樹『世界で学べ 2030に生き残るために』で亀さんとも縁が深い大谷さんの本です。

 「日本の教育システムは明治維新以来150年間全く変わっていないうえに教育システムの変更は30年ごとにしか行われない」という「怒り」

 「このままでは日本は先進国から脱落してしまうのではないか」との危機感からいままでにない学校を短期間で実際に立ち上げた「熱さ」

 「日本人であるアイデンティティを持ちつつ世界に飛びたっていくべきだ」という「脱藩人」の志など亀さんと意気投合するのが納得出来ました。

 現在は大学の学長を退任され八戸に常駐しているわけではないようですが、新しい学校の他にも就職難のフィリピンの大学を卒業したばかりの人に現地で日本語を教えて人手不足に悩む八戸の企業で働いてもらうという取り組みを行うなど活発に活動されているようです。

 もう1冊は玉樹真一郎『「ついやってしまう」体験のつくりかた』です。玉樹さんは任天堂で開発者をされていて現在は地元に戻り起業されている方でこの本では古典的な名作と最近のゲームを題材になぜゲームはつい熱中して遊んでしまうのかを分かりやすい文章と途中に挟み込まれる問いかけによりまるで自分がゲームをしているかのような感覚で読み進めることができてとても楽しかったです。

 自分の記憶が間違いでなかったらゲームの製作の勉強をされている亀さんの次男さんに読んでもらいたいなと思いました。

 そして巻末の参考文献で専門書が魅力的な文章で紹介されているのを見て高度な知識を平易な文章で伝えていることそして自分と全く同世代の方だということを知りとても刺激を受けました。


 P.S 

 本来なら一郎会スレに書くべき内容ですが明日の行きの新幹線が東京駅に9時23分に到着予定のため会場に少し遅れるかもしれません。

 八戸のマタタビ


80:亀さん:

2019/11/03 (Sun) 03:25:18

host:*.t-com.ne.jp
http://bbs6.fc2.com//bbs/img/_409100/409098/full/409098_1572719118.jpg >>79

宇野正美氏の本は、「落合やバースが三冠王を獲った時」に、『ユダヤが解ると日本が見えてくる』など、二~三冊ほど目を通したことがあり、まほろば会でも時々、宇野氏のことが話題に上ったのを朧げに覚えています。念のため、エクセルで作成した拙宅の蔵書データベースで確認してみたが、ヒットしないので多分遠い昔に処分しているようだ。

> 頭の体操には相応しい著作群

「頭の体操」か…、なるほどなぁwww その意味で、飯山さんをはじめ、堺のおっさんやmespesadoさんらとの出会いは、大きな財産になりましたね。


ところで、週刊ダイヤモンドのオンライン記事に、以下のようなものがありました。
恐怖のGも出現!田舎暮らしを始めたアラフォーが苦悩する「虫との闘い」
https://diamond.jp/articles/-/219366

関東のチベットと言われている秩父山地の麓に棲む身として、どのような〝虫〟と筆者が闘っているのか、念のため目を通してみた。登場した虫たちはと云うと…

ゴキブリ

ナメクジ
ヤモリ
スズメバチ
アリ
ムカデ
クモ

なぁんだ、どの虫たちも毎年顔を合わせる連中ばかりではねぇか…(爆)

虫どころか、家人に聞くと深夜は天井裏で、小動物の運動会が時々行われているとwww

これはネズミであることは間違いなく、春先には小さなネズミとよく鉢合わせします。

また、庭に出るとモグラが穴を掘った跡が時々見受けられる。拙宅の庭の地中にはミミズが多いので、モグラ連中の餌場と化しているwww

ところでヤモリ、漢字では「家守」と書き、一週間ほど前も小生が仕事に没頭していたら、窓から大きなヤモリが「お早う」と挨拶して入ってきやがった(爆)


さて、お陰様で一ヶ月近くに及んだ忙しい仕事も、今週中には終えることが出来そうなので、安心して10日(日)のミニ一郎会に行けそうで、ホッとしている。

suyapさんがノートPCを持参、民間の会議室ではプロジェクタなどを無料で借りられるようなので、ヤップ島の大自然が楽しめる象!! suyapさんは機械オンチのようなので、詳しい人は当日サポートしてあげてください(ペコリ)



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
79:猿都瑠 :

2019/11/02 (Sat) 16:44:19

host:*.kddi.com
何か掘り出し物は無いかと行く元町商店街にある神戸古書店が合同で常時開店している古書店。

宇野正美氏、あのアーサー ケストラーの「ユダヤ人とは誰か―第十三支族・カザール王国の謎」の訳者の方ですね。

ユダヤが解ると日本が見えてくる―「空洞化日本」をユダヤが手中にする時 (トクマブックス)

古代ユダヤは日本に封印された―「聖書」が明かす原日本人のルーツ

ユダヤと闘って世界が見えた―白人支配の崩壊と「二つのユダヤ人」 (カッパ・ビジネス)

前々からずっと置いてあるのは知ってましたが、日本最大のワンコインで買えてしまう。

摘まみ読みすれば良いと思ったんですけど、1冊目を二時間ほどで読了。

流浪の民であるユダヤにとっての開かれた国際化と、国民国家中心の民族派との違いを炙り出した良書でした。

左翼知識人を中心とした、何かと欧米のメディアも日本を批判しているのにと、大上段で斬りかかって来るのはユダヤの掌の上で踊っている。

ナショナリストである安倍総理がユダヤ発のロイターなどが批判を加えるのには、彼らにとって不都合だからだと。

大雑把にでも世界の権力構造に通じてるサヨクの方々ですら、いつの間にかユダヤの掌に乗って自分の首を絞めている事に気付いていないという。

頭の体操には相応しい著作群でしょう。

お金に関する部分も出てきますが、これはメッさんの投稿を読んでいればニヤリとしながら読めば良いでしょう。

何しろ落合やバースが三冠王を獲った時に発売されたものですからw
78:亀さん:

2019/09/26 (Thu) 01:55:49

host:*.t-com.ne.jp
>>77

> 『イスラム教の論理』

紹介、ありがとうございます。面白そうですね。

イスラム教と云えば、佐々木良昭さんの著した『イスラムを見れば、3年後の世界がわかる』を思い出します。また、旧ブログでも取り上げた、佐々木さんの他の著作、『これから50年、世界はトルコを中心に回る』の場合、「ツラン」も登場www
http://pro.cocolog-tcom.com/edu/2012/03/50-887d.html

佐々木さんとは、膝を交えて語り合ったことがありますが、大学教授時代、講義中に日本刀を振り回したという、豪快なエピソードの持ち主だけに、佐々木さんの前ではいつ何時、日本刀で斬りつけられるのかと、ヒヤヒヤしながら話に耳を傾けていたのも、今では懐かしい思い出です (*^^*);


>>76

> 一人だけビール!

愚息が高校三年生の時だったと記憶していますが、まほろば会のメンバーとの忘年会で、東京は浅草にある、「どぜう」という泥鰌屋に連れて行ったことがあります。当時はお元気だった山浦嘉久さんの真正面に息子は座っていたのですが、皆で話に夢中になっていると、突然、「エーッ、息子さんは酒を呑むのか!!」と、日本酒を美味しそうに呑む息子に、山浦さんは小生の顔を見つつ唖然…。

どせうと云えば、昨日の夕方のTVニュースで、貫地谷しほりが一般男性と結婚していたというニュースを耳にした時、咄嗟にTVドラマ「あんどーなつ」で貫地谷しほり演じた安藤奈津を思い出していました。それだけに、あたかも我が娘が結婚したようで、嬉しいニュースでした。
泥鰌屋
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-308.html


> 相曽誠治師

天童さんは相曽誠治師の本を愚息たちに勧めましたが、一方で小生が必読書として中学生だった愚息らに勧めたのが、今東光和尚の「極道辻説法」シリーズ…(爆)



十月を目の前にして唖然とする亀さん@人生は冥土までの暇し
77:mespesado :

2019/09/25 (Wed) 23:14:13

host:*.itscom.jp

飯山は飯山でも、こっちの飯山さんの本も面白いかもしれない↓

https://twitter.com/IiyamaAkari/status/972652262257405958
『イスラム教の論理』
76:猿都瑠 :

2019/09/25 (Wed) 19:34:51

host:*.kddi.com
>>75

告発 コミンテルンの戦争責任 近衛上奏文と皇道派

実質、Amazonにしか売ってないんですね。
途中ですが、唸らされる内容ばかりです。

相曽誠治師のこの2冊が良いかなと思い。

サニワと大祓詞の神髄 (超古代神道1)
言霊と太陽信仰の神髄 (超古代神道2)

まほろば会に行くのに少し早めに到着して、十条の書店まで直接買いに行ってきました。

終わってからの喫茶店で、亀さん長男氏(さすが亀さんの息子、一人だけビール!)とかと二次会の最後に天童さんに見せると、そうこれなんだよと。

相曽師の師匠にあたる先生に大学は行った方がいいですか?と尋ねた所、行くなと。

お前の研究は大学に入ったら出来ないぞと。

学閥に縛られて組織で決まったことしか研究は出来ない、だから在野でやれと。

非常に読みやすく、かつ内容が濃い。

出〇〇〇〇〇は・・・という記述に目が留まります。
75:亀さん:

2019/09/12 (Thu) 02:18:59

host:*.t-com.ne.jp
>>74
__________
言霊精義 [新装版]
言霊百神 [新装版]古事記解義
言霊開眼 [新装版]
神道から観たヘブライ研究三部書―言霊学事始
言霊学事始 神道から観た仏教三部書―法華経要義・歎異抄講話・無門関講話
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
猿都瑠さんは、日の出の勢いの貴景勝や朝乃山を思わせるような、(読書という名の)猛稽古を積んでいますね、末恐ろしいwww

天童竺丸編集長といった道友と月に二回ほど池袋に集い、古事記の暗誦をやったことがあります。互いに古事記の上巻を諳んじるレベルに達したら、全員が池袋駅前に立ち並び、古事記誦習をやろう、という話が出ていましたが、途中で立ち消え…(爆)
__________
その文明地政学協会の一角で、栗原さんを囲んで舎人学級という集いが平均して月に2回のペースで開かれ、そこでは『みち』に毎号掲載される栗原稿の輪読の他、古事記の上巻(ふることふみ・かみつまき)の誦習が行われ、その後は直会(なおらい)に入って酒を酌み交わしながら、栗原さんの国体レベルの講話に耳を傾けるというのが通常の流れです。筆者も舎人学級に末席を汚すようになって1年が経ち、漸く今では上巻の三貴子(みはしらのうづのみこ)の誕生までは、古事記本を見ないでも諳んじることができるようになりました。
http://pro.cocolog-tcom.com/edu/2010/10/post-06f9.html
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ところで、言霊、今東光和尚の「読書と体験」の話ではありませんが、読書と言霊は、全くの別物…。

上述の栗原さんが、かつて以下のように語っていたことがあります。
__________
 渡辺が「遺伝子の構造の中に生命の設計図はない」と断言しうる根拠は、分光のスペクトルを観測する法に卓越したからで、フィンランドに行って電子立国を手助けした窪田規(くぼたただし)も同じであって、色の観測法に優れた者なら等しく知るところであり、あえていうなら、物理化学の基本なのである。

 ただし、理を学ぶ術の分野に生きる学派は、言霊を批判あるいは懐疑的に捉えて成り立つ職能集団であるゆえに、核心を突くことができない。もっぱら科(とが)を学ぶ術の制度により、細分化された学派が競い争うことから、総論賛成・各論反対という無責任な態度に終始するのみである。

 したがって、渡辺が「遺伝子の構造の中に生命の設計図はない」と断言はできても、「では生命の設計図はどこから来るか」という問題に答えを出せないのは仕方ない。
http://pro.cocolog-tcom.com/edu/2011/11/post-5eec.html
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ちなみに、まほろば会では、小笠原孝次師について語っていたのは同師の高弟であった藤原さんのみで、天童さんは相曽誠治師により強い関心を持っていました。小生の愚息らに天童さんが同師の書籍を数冊プレゼント、彼らも熱心に読んでいた姿を懐かしく思い出します。
相曽誠治氏は神界から来た「言向命」だった
http://michi01.com/tendoh/260ktg26671101.html


> 一言だけで一般人が1時間話したことよりも濃い内容だと言う事。

そういう世界、分かります。と同時に思い出すのが、平成天皇(現上皇陛下)と温家宝首相の対談…
◆2011/01/11(火) 金王朝の “深い深い謎” -49-
http://grnba.jp/more16.html#ws0111



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
74:猿都瑠 :

2019/09/11 (Wed) 02:56:45

host:*.eonet.ne.jp
>>73

最近の亀さんブログに触発されて書籍を購入。

言霊精義 [新装版]
言霊百神 [新装版]古事記解義
言霊開眼 [新装版]
神道から観たヘブライ研究三部書―言霊学事始
言霊学事始 神道から観た仏教三部書―法華経要義・歎異抄講話・無門関講話

大阪ミナミ界隈に行く用事序に、ジュンク堂難波店に全部揃ってたのでラッキーと思い購入w

でも小笠原孝次氏は山腰氏の言霊学を学ばれているんですね。

言霊学事始―山腰明將講演録『言霊』から始まる新言霊学宣言

今はこれを読んでいます。パッと読んでも、熟読しても、読み返しても、深奥部に辿り着くにはと。

でも小笠原孝次氏は丸三年取り組んだとあります。まずは一回目。

日本語の奥深さをまず知る所からでしょうか。

かつて飯山さんが仰っていたことを思い出します。

現上皇陛下が天皇陛下の時代に、安倍総理や麻生副総理と並んで会談されていた時にどのような話をされていたか。

一言だけで一般人が1時間話したことよりも濃い内容だと言う事。

確か飯山さんがかつて政治家と話された時の実体験を元に話された記憶が蘇りました。
73:亀さん:

2019/08/22 (Thu) 11:04:39

host:*.t-com.ne.jp
>>72

猿都瑠さん、レスが遅れて申し訳ない。仕事(翻訳)に追われていましたwww


> 言霊に何処まで迫れるか

昨年の暮れに小生がJINMOさんと語り合っていた時、彼が近く言霊について書くと小生に約束していたのを、横に座っていた猿都瑠さんは聞いていたでしょうか…。しかし、あれから別の緊急テーマ、たとえば生石神社といった話が続き、未だに言霊についてスタートせず(笑)。まぁ、それだけテーマ的には重いので仕方がないのですが…。

実は、過去におけるまほろば会の中心テーマの一つが言霊でした。「でした」と言うのは、日本では言霊に関して第一人者だったのは小笠原孝次師で、まほろば会の藤原源太郎さんが幾度も小生をはじめ、参加者の皆さんに語り聞かせくれたものです。その藤原さん自身は小笠原師の高弟でした。だから、言葉の端々に「言霊」についての珠玉の言葉が、至る所に鏤められていたなと、今にして思います。その藤原さん、体調を崩されて、今ではまほろば会に顔を出しておらず、残念です。

小笠原師以外に、相曽誠治師といった人たちがおり、一度「みち」HPの巻頭言の言霊に関する諸記事に目を通すといいかもしれません。相曽師といった人たちの横顔が少しは分かると思います。そして、以下の「霊能者皆本幹雄の霊言」シリーズはお勧めで、ナント!! 飯山さんも登場していますwww

__________
これはまさに、飯山一郎氏の生き方ではないかと私は思った。東奔西走、世のため人のために明るく朗らかに駆け廻って笑い飛ばす飯山さんには、悪霊が取り憑こうとしても一分の隙もない。
http://michi01.com/tendoh/367ktg26720915.html
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
でも、小生には「酒」という悪霊が憑りついたようだ…(爆)

なを、同じく巻頭言にある「二・二六事件」シリーズ、現在執筆を進めているブログ記事の中心テーマとなります。一段落したら、一気に書き上げてアップしますので、お楽しみに!
二・二六事件と近衛上奏文 1
http://michi01.com/tendoh/350ktg26711201.html

ちなみに、二・二六事件は先の大戦(大東亜戦争)の引き金となっただけではなく、先帝(昭和天皇)の真実に迫る事件だったと思います。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
72:猿都瑠 :

2019/08/20 (Tue) 21:50:31

host:*.au-net.ne.jp
亀さんが投稿される4時間前に、八幡書店のサイトを見ていました。

自分が目に留まったのは、大石凝真素美でした。

で「大石凝霊学全集」を探してみると、神保町にもありましたが、本郷の古書店街へ。

大山堂書店は宗教や哲学に強く、東陽堂より廉価(^^;

何度か買ってますが、値札が見当たらない時には何と売価の半額以下で売って貰った時も(笑)

今回も店長も女性スタッフも非常に感じの良い対応をされ、この書籍もここで手に入れるのは必然だったかと。

とにかく色々サイトを見ていると、挫折する率が高そうです。

言霊に何処まで迫れるか、じっくり読んで行きたいと思います。

と言いつつ、今和尚の「奥州藤原氏の栄光と挫折」を読み始めたばかりです。

奥州の側、すなわち藤原氏百年のアンデパンダンには資料が残されていないのだ。

したがってこの独立国の歴史、彼らの目から見た歴史がないために、この日本第二の大都会の様相を伝えるものなく、地上から消滅してしまったのである。

これでよいであろうか。

日本の歴史を正しく知るためには、この奥州の独立国、その主、その民族の興亡を知らなければならないのだ。

P23~24
71:亀さん:

2019/08/20 (Tue) 04:52:11

host:*.t-com.ne.jp
>>70

> 出口王仁三郎と折口信夫

この両者から咄嗟に連想するのは大本教…
__________
白頭山信仰に繋がる「シベリア・シャーマニズム」を研究していたのが今西錦司、梅棹忠夫らであった。従って、今西らは大本教に関係していた。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16639517/94/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
小生が高校生の時に修行した合気道の開祖・植芝盛平は、万教同根の思想に基づいた聖地を満蒙(満州とモンゴル)の地に樹立せんとして、王仁三郎のの身辺警護員として渡満しているし、また、今西錦司や梅棹忠夫の代表作の数冊を若いころに目を通し、生物学から民族学に至るまで、両者から多くを学びました。梅棹とは大阪の国立民族学博物館で偶然、遭遇したこともありました(当時の小生は国立民族学博物館の一般会員だった)。だから、二十代の頃に最も熱心に読んでいたのは、当時流行っていた日本人論に関する本でした。そのきっかけは、十代の頃に三年間にわたる世界放浪の旅だったと思います。

今西錦司と言えば、今西が編集した『大興安嶺探検』を最近紹介しましたが、同書を巡るエピソードをココ放知技でも紹介しています。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/13007953/25/

大本教の出口王仁三郎について、優れた書籍を出版しているのが、猿都瑠さんと一緒にお会いした八幡書店の武田崇元社長ですが、同社長との交流が深いJINMOさんの精神核も出口王仁三郎と深くつながってきますね。一昨日、八幡書店さんから「八幡書店特報」と題した、貴重な小冊子が送られてきましたが、興味深い書籍が数多く紹介されていました。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
70:猿都瑠 :

2019/08/19 (Mon) 18:37:25

host:*.au-net.ne.jp
「神界のフィールドワーク」【霊学と民俗学の生成】鎌田東二著

先ほど神保町で買って読み始めましたが、
出口王仁三郎と折口信夫を中心に組まれた第一章、
「霊」の考察が実に興味深かったです。

スサノオなどの神話に関して初心者なので、今は吸収の時期です。
69:猿都瑠 :

2019/08/19 (Mon) 14:29:56

host:*.au-net.ne.jp
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16851868/175/

本スレの亀さんの投稿ですが。

今岡十一郎の「ツラン民族圏」には、英国がツランに付いて非常に詳しく調べていたとの記述があります。

もちろん、戦後は発禁本になっています。

英国にとっては最大の脅威なのは解りきっていたからでしょう。
68:亀さん:

2019/08/08 (Thu) 06:24:33

host:*.t-com.ne.jp
東京一郎会の余韻は残りつつも、酒に勤しんでいる毎日w

華奴(焼酎)
華奴 紫馬ラベル(焼酎)
上神谷(日本酒)
スーパードライ(ビール)
一番搾り(ビール)
エビス(ビール)
本麒麟(ビール)
濃い赤(ワイン)
赤(ワイン)
ローゼ(ワイン)
白(ワイン)
イチローズ(ウィスキー)
白梅(カクテル)
ドライマティーニ(カクテル)
シーバスリーガル(ウィスキー)
………

焼酎に日本酒にワイン、ウィスキーやカクテル、ここらを飲むと不思議な事に気が休まるんですね。

酒に学べと言いつつ、現代日本人は酒で学ぶ最も重要な事を学んでいないのではないか。そういう思いに捉われるのです。



本より酒の亀さん@人生は冥土までの暇し

発酵学の泰斗・小泉武夫教授が語るウイスキーと人間の熟成のはなし
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/64931
67:猿都瑠 :

2019/08/08 (Thu) 03:43:49

host:*.eonet.ne.jp
東京一郎会の余韻は残りつつも、ヨガに勤しんでいる毎日w

「話と古代文化」古賀登
「霊界物語」出口王仁三郎
「言霊ーホツマ」鳥居礼
「日本巫女史」中山太郎
「諏訪学」山本ひろ子編
「日本神話の研究」松本信広
「日本神話伝説の研究1・2」高木敏雄
「口語万葉集」折口信夫

記紀に万葉集に風土記、神道関係や仏教関係、ここらを探ると不思議な事に気が休まるんですね。

歴史に学べと言いつつ、現代日本人は歴史で学ぶべき最も重要な物を学んでいないのではないか、そういう思いに捉われるのです。
66:亀さん:

2019/07/23 (Tue) 06:21:10

host:*.t-com.ne.jp
>>65

猿都瑠さん、先週の東京一郎会ではお疲れさん!

__________
本の世界にのめり込んでいく。

そうなるとどんどん脳が活発になり、内容がより深く入ってくる。

そうなることで、自分の血肉となります。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
このあたり、野球の素振り、相撲の稽古にも当てはまりますね。たとえばエンゼルスのトラウト、彼は球界を代表する超一流の打者ですが、誰も見ていない所では自身に猛練習を課していることは、知る人ぞ知る事実。また、相撲界で言えば、先程読んだ鶴竜の記事で見つけた以下の横綱の発言…
__________
若い時は30番以上やるのは当たり前。大関に上がる前は『今やらなきゃ、いつやるんだ』という感じで40、50番くらいやっていた。今はそこまでやらないけど、若いころにやった“貯金”があれば年を取ってからも(活躍)できる。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190722-00000023-tospoweb-spo
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
やはり若いころ、読書の世界なら、猿都瑠さんや八戸のマタタビさんの年代に相当しますが、今はガンガンぶつかり稽古(乱読多読)をやっておかないと、故飯山さんや天童さんのような「貯金」ができないのも道理で、天童さんも若いころの「貯金」があるからこそ、先週の二日間接して分かる通り、未だに〝活躍〟できるということ。

放知技の次世代を背負う猿都瑠さん、そして八戸のマタタビさん、ファイトォ~♪

アッ!! 東京一郎会に参加したアマゾネスのお姐さんたちもwww



今日も本より酒の亀さん@人生は冥土までの暇潰し
65:猿都瑠 :

2019/07/22 (Mon) 11:44:10

host:*.au-net.ne.jp
昨日までの2日間、まほろば会~東京一郎会に参加しました。

やっぱり速読ですか?との質問を受けました。

その前に年齢相当には見えないとかの話もあり(苦笑)

ストレス無いねと言われたり。

メッさんが大人になっての方が勉強している。

子どもの時はこれをやらねばならないと思った瞬間に義務となり嫌になるとの話もあり。

速読の話の後、母親の介護の話もしました。

頭で考える事が先走ってるとも言いました。

結論を言いますと、母親の介護でも、介護しなければならないってなると義務になり、心身に負荷が掛かりストレスが溜まります。

飯山先生がありのままを見よ、好き嫌いやルサンチマンで見るなと仰った。

その目で普段の生活を過ごす事を心掛けて居ます。

一種の悟りというか、介護の時もいつの間にか自分が自分の為にすべき行動よりも何の負荷もなく、母親の介護にあたれていたんですね。

天童さんが世の中必然しかないと幾度と仰る、これを聞いてなるほどなと。

読書もそうです。

いろいろな分野に興味を抱くようになります。

良書っていうのは、必ず参考文献や引用があります。

途中まで読んで行って気になれば探してしまう。

そうやって徐々に興味ある分野が広がって行くと。

先達は先に産まれ自分より長い時間を掛けて物事を深く考えています。

その時間を素直に受け入れる。

自分に合った本が自然と寄って来ます。

古書店に行っても、興味を持っていない分野を眺めても光って見えて来ます。

手に取ってパラパラと見ると、あぁこの本は自分を買ってくれる人を待ってたんだよと語り掛けて来ます。

あとは自分が尊敬すると思っている人が薦めている本があります。

それは何も考えず読む。

自分が抵抗なくその方の考えを受け入れているのだから、薦めている本もすんなりと染み込んで行くと思います。

そうやって色んな分野の本が集まって来ると、どの本を読もうかと悩むでしょう。

でもそれは考えない。

頭で考えず心に聞きます。

この本を先に読まねばと思うとそれが義務となり、嫌になる。

勉強を嫌がる子どもと一緒であると。

人間は睡眠を取ると考えが変化している事ってありますよね。

毎日これだけは続けたい、好きな物でも毎日食べれば飽きるじゃないですが、それに逆らうとストレスになる。

何事も必然だと思い、その時の気分でこれを読みたいって思うと、どんどん気分が乗ってくる。

本の世界にのめり込んでいく。

そうなるとどんどん脳が活発になり、内容がより深く入ってくる。

そうなることで、自分の血肉となります。

この方法は普段の生活にも応用できると思います。

ただしどうしても義務と呼ばれる物が大人になれば増えてきます。

でもそれを義務と思わず、自分に取って必然だと思えばストレスは軽くなるんじゃ無いでしょうか。

対人関係でも、ありのままを見て好き嫌いを意識せずルサンチマンにならない。

自分を球体に例えれば、後は時間の流れに乗って転がって行くだけ。

それが好き嫌いだのルサンチマンになると、歪な形になり、抵抗や摩擦が増えると。

これがストレスになるんですね。

と能書きを垂れてみました(笑)
64:mespesado:

2019/07/02 (Tue) 21:52:40

host:*.itscom.jp

 猿都瑠さんが『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』を買って読んで

いるということで、私もこの本を注文しました。

 ところで、この「IUT理論」、つまり「宇宙際タイヒミュラー理論」と

いうのは、数学の中でも「整数論」界隈の理論らしく、その「解説」と称す

る専門家向けの『入門』講座がネットに転がっていました↓


http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~yuichiro/intro_iut.pdf
宇宙際 Teichm¨uller 理論入門
(Introduction to Inter-universal Teichm¨uller Theory)
By 星 裕一郎 (Yuichiro Hoshi)


 私も大学院まで数学出身ではありますが、何せ畑が違う(私は「解析学」)

ので、この『入門』でさえ、土地勘が無いのでサッパリ理解できませんw

 ただ、何となくわかるのは、この「宇宙際」というのが「国際」というと

きの「国」を「宇宙」に置き換えたものであり、どういうことかというと、

多分ですが、我々の宇宙と全く違う物理法則に従う宇宙があったとしたら、

我々の宇宙に存在する具体的な「モノ」をもう一方の宇宙に「移し替える」

ことは不可能ですが(だって成り立つ物理法則自体が違うのなら、我々の宇

宙では電磁力によって原子が固く結びついてできている物体は、全く違う物

理法則が支配する宇宙に持ち込まれたら、たちまち分解してしまってもとの

体を為さないでしょうから)、しかし「情報」だけならやり取りできる可能

性はある。で、もしも物質を「情報」に変換して相手の宇宙に送り、そこで

再び情報をその宇宙の物理法則に合った形で物質に変換するなら可能だ、と

いうようなイメージで考えたとき、数学的対象でも幾何学の対象は、かなり

我々の宇宙の物質「みたいな」世界なのですが、これを他の数学的対象に移

し替えるときに情報として橋渡しをすることを考える。ただ、普通はこの情

報を橋渡しをするときは何らかの「秩序」は維持するのでなければ数学的に

意味が無いはずなのに、望月さんの理論では、その「秩序」とやらをどんど

ん緩めてしまっていて、まるで秩序が無いように見え、「そんな橋渡しが許

されるなら何でもアリじゃないか」という風に見える。しかしそうじゃない

んだ、みたいな話のようです。もしかして私の全くの錯覚で、トンチンカン

なことを言ってるかもしれませんが、私にはそういう話じゃないかな~とい

う風に思えました。
63:contt :

2019/06/30 (Sun) 07:01:24

host:*.access-internet.ne.jp
そして二人だけになった 森博嗣 

 発信するシグナル、デバイスは正確に受信できるのか?

ミステリといえば火曜なので 竹内まりあ   ジャンジャンジャーン デッデッデッ 

  https://www.youtube.com/watch?v=sgHCMp7tlds 

62:やまっち♪ :

2019/06/30 (Sun) 02:50:47

host:*.odn.ad.jp
mespesadoさん 何時もひっそりと拝見しておりますが 『排中律』記事には 余りの小難しさで脳みそが渦を巻き ついつい書き込んで締まった次第です。

勿論mespesadoさんだけに限らず 他の方々の記事にも何時も目から鱗の毎日です。 皆さんにこの場を借りて感謝したいと思います。(勿論このサイトを開かれた故飯山翁には頭が下がる想いであることを書き記しておきます。)
61:はぐらめい:

2019/06/27 (Thu) 07:04:56

host:*.omn.ne.jp
>>60 すみません、無視してください。
60:はぐらめい:

2019/06/27 (Thu) 06:53:04

host:*.omn.ne.jp
× >>797
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/797/
59:亀さん:

2019/06/26 (Wed) 03:19:57

host:*.t-com.ne.jp
>>57

> 梅棹忠夫

確か、野崎博士は梅棹忠夫の愛弟子だったという記憶がwww


> 積ん読のすすめ

御意。尤も、小生の頃は付箋はなかったので、代わりに色鉛筆を使っていました。これは藤原肇氏のアイデアがベースになっています。藤原氏の『日本脱藩のすすめ』に、件の色鉛筆の使い方が書いてありますので、ご参考まで。
http://fujiwaraha01.web.fc2.com/fujiwara/library/dappan/03.html

__________
三本の鉛筆

 ――新聞雑誌に続いて、いわゆる普通の単行本も大分読まれるのではないかと思います。速読法とか多読法とかについては、いろんな秘訣について書いた本も出版されています。藤原さん自身が図書館の方が大学よりも価値があると言い切っているくらいですから、図書館を大いに利用されているのではないかと思います。そういったことを含めて、本の読み方はいかがですか。

 確かに図書館や本屋は大好きでして、大いに活用しています。図書館ではテーマ別に本を一カ所に集めて簡単に斜めに見てどの本が一番よさそうかを選択するのに利用します。そして選択した本を注文して自分の本にしてから、本格的に読み始めるのです。
 すぐれた本というものはそれ相応に毒があり、毒が最後まで毒である愚劣な本なのか、それとも初心者には毒だけど、修業をしたあとの人間には毒が薬になる種類のものかを識別する必要があるので、僕にとって本を読む行為は真剣勝負の意味もあります。
 一日平均して二冊近く読み、日本の本は毎月二〇冊近く取りよせています。それでも、最近は題名がよくても中身のないものが多いので、日本の本の比率が僕の読む本の中で低下しつつあります。
 それはともかくとして、本を読む時に僕は必ず三本の鉛筆を用意します。赤エンピツはデータとして使えるものに線をひきます。たとえば、人名、地名、年月日、値段、数量といったもの、あるいは、地名と人名の組み合わせや人名と事件の組み合わせです。組み合わせの例を言いますと「ナセルが下士官時代、親ナチスの中尉としてナントカグループに属していた……」という記述があれば、そこに赤線を引きます。それからロスチャイルド家の伝記を読んでいたら、エドワード八世はウイーンのロスチャイルド家に頻繁に出入りし、そこで親ナチ派貴族と親交があったと書いてあったら、他の本で読んだ英国政府は国王のナチ心酔に対して憂慮していたことと結びついて、ことによるとこれが王冠を賭けた恋の真相かもしれないというデータのひとつにします。赤線を引いたものはデータとして、必ずカードに写しとるのです。
 それから、本を読んでいて発想法が面白いとか、言いまわしが絶妙だと思うものは青で線を引きます。たとえば「東条英機は間違っていたが、日本国民も間違っていた。もし、あとになって、日本人が自らの過ちや罪悪をすべて東条英機のせいにできると思うなら、日本人は更に大きな過ちを犯すことになるのである」という文章があれば、僕はためらわずに青線を引きます。そして、本によっては二度でも三度でも読むものが出てきます。その時は赤の代わりに橙、青の代わりに緑で線を引き、三度目は桃色と黄緑という具合に色を変えます。すると、前に読んだ時にはどうしてこんな部分に感心したのかと思ったり、ここはやはり素晴らしいレトリックだと感心し直して、二重の感動を体験できます。
 それからふつうの2Hの黒エンピツは、それぞれ自分でひっかかりを感じたところにコメントし、それを頁の余白に記入するのに使います。「どうしてこのような考え方をするのか、僕だったら別にこうも考え得る」と書きこんだり、「ここは更に発展させたら、あの事件との共通性が出て来て、ことによると逆の結果を生むことになるかもしれない」と注を加えるわけです。いい本と悪い本の両方にコメントは沢山つきますが、いいコメントは短く、悪いものについてのコメントはどうしても長くなります。そして内容的に優れた本は赤と青が多く、非常にカラフルです。
 僕が読んだ日本語の本で青線が一番多いのは最も感銘した本ということでして、座右の書になります。そのひとつを紹介しますと、英国の歴史学者のA・J・P・テーラーが書いた『ヨーロッパ 栄光と凋落』という本で、日本語訳は未来社から出ています。この本を読む度に人類における真の洞察力を持った知識人とは、こういう人間のことを言うのであり、この英国の歴史学者に比べると、自分がいかに修業不足で史眼において劣っているかを思い知らされます。人間における英知とか偉大さというのは、これだけ歴史を自由自在に斬りまくれる、達人と呼ぶに値する人に備わった属性ではないかという気がします。それからもう一冊参考までに青線・緑線の多い本をあげますと、ニイチェの『ツァラトゥストラ』です。僕は高校生時代からこの本を何十遍読んだかわかりません。そして読むたびに吐き気を催し、いまだに、どんなことがあっても、好感を抱くことのできない本です。しかし僕がきらえばきらうほど無視できなくなる親の仇のような本で、僕は自分がとても及ぶことのできない偉大な敵を、生涯かけて持ち得たことを、光栄に思わざるを得ないと感じています。
 次に僕が読んだ本の中で一番劣悪なものは、三年か四年前に『知的生活の方法』とかいう本でマスコミ界に登場した人物の書いた『腐敗の時代』だったか『クオリティ・ライフのナントカ』といった本だったと思います。これらの本は、余白に書きこんだコメントの黒字だけを集めたら、一冊の本で三冊の本が上梓できるほど黒ずくめのコメント本になりました。一番悪いことは、何十万という人々が、虚栄心にもとづいてニセ者の売りさばくタワケとサガを知性と誤解し、消化不良のプロシア・スピリットを飲み下して、初期の早発性痴呆症に感染して、それに気がついていないことです。自覚症状がないことが、この伝染病が猛威をふるう理由でして、『デカメロン』が書かれた頃のイタリアでは、こういった病気をペストセラーとか呼ばなかったでしょうか。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


亀さん@人生は冥土までの暇潰し
58:WARNIGN :

2019/06/25 (Tue) 23:12:10

host:*.tortuguero.tech
FC2 反社会的勢力
57:猿都瑠 :

2019/06/25 (Tue) 18:10:16

host:*.au-net.ne.jp
亀さんブログの記事で、梅棹忠夫氏の話が出て、はて何か読んでるよなと書店で確認。

「知的生産の技術」を読んでました。

本の読み方は非常に参考になってます。

昔ならば同じ本を何度も繰り返し読んだ。

読めば読むほど理解は深まる。

しかし現在は本が多すぎて、昔のような繰り返し読む時間はない。

そこで積ん読のすすめだ。

1回目は普通に読む。

その時に付箋を貼りメモを取る。

2回目は効率が上がり、重要な所を読む。

読み終わった本を積む。

こんな感じですね。

探すと全集出てるんですね。

困ったな(笑)
56:亀さん:

2019/06/24 (Mon) 11:16:42

host:*.t-com.ne.jp
>>55

> パソコンの前から離れて、本だけ持って外出。

小生は、パソコンの前から離れて、酒だけ持って外出。

> 「ツラン民族圏」

えっ… (;・∀・) ナン! (; ∀・)・ デス!! (; ∀ )・・ トー!!!

小生も手許にある…、つうても、『みち』の編集室だけどwww

編集室にわ、色んな本(エロ本わ無い!)がズラーッと並んでいる。貸出ノートに記入するだけで、何冊でも自由に無期限に借りられる。無論、『ツラン民族圏』もアル! (爆)

だから、『ツラン民族圏』を買うんだったら、華奴を買えば良かったのに…

でも、あの本は滅多に手に入らぬ希少本、おめでとうございます!!!



今日はエロ本三昧の亀さん@人生は冥土までの暇潰し
55:猿都瑠 :

2019/06/23 (Sun) 18:13:00

host:*.au-net.ne.jp
パソコンの前から離れて、本だけ持って外出。

毎回ですけど、亀さんがブログに上げる記事を見て、これと言う本だけ買ってます。

「ツラン民族圏」
「ツラン詞文学全集」

今岡十一郎著。

「大興安嶺探検」

民族圏は日本の古本屋には無くAmazonで。
詞文学全集は日本の古本屋で。

恐らく、これらの書籍は神保町の古書店街の倉庫にはあるでしょうが、表には出てないでしょう。

民族圏は値が張りましたが、躊躇せず注文してました(^^;

旧仮名遣いや旧漢字にも慣れて来ましたが、やはり弱い。

白川静に戻ってきて、遂に「字通」「字訓」を購入しました。

後は「字統」を購入するのみw


「水運史から世界の水へ」
「グーグルが消える日 Life after Google」
「宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃」

陛下の著作を探しに行って、ジュンク堂の新刊の所に並んでいたこれらも購入。

その時の気分の乱読で、遂に50冊併読に(笑)
54:亀さん:

2019/06/03 (Mon) 16:56:20

host:*.t-com.ne.jp
>>53

> 露伴全集に引き続き、鴎外選集に飽きたらず鴎外全集を購入しました(-_-;)

凄い、本当に猿都瑠さんには亀の頭も下がりますwww

ところで…

> オオトリテエ

これはフランス語だけど、英語では"authority"ですね。英英辞書では以下のように定義しています。
Authority is the right to command and control other people.

それはともかく、日本の翻訳の父と言えば西周、西周は権利(right)とか哲学( philosophy)といった語彙を和訳した偉人…。その西周の親戚筋にあたるのが森鴎外でした。だから、何故に鴎外がオオトリテエと書いたのか、西周の影響があったのか、そのあたり分からないので今度教えてください。m(.__.)m

さて、そろそろ一か月前後は要しそうな仕事が、今週中にも入ってくる予定デス。それまでに、できるだけブログ記事を書き進めたい。(急ぎの仕事が入らなければ)明日は童話の闇世界あたりをアップします。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
53:猿都瑠 :

2019/06/03 (Mon) 13:57:03

host:*.kddi.com
露伴全集に引き続き、鴎外選集に飽きたらず鴎外全集を購入しました(-_-;)

亀さんと和尚の影響です(爆)

亀さんの酒代に比べたらお求め易いって値段で(笑)

実は小学生の頃に鴎外の「高瀬舟」はそれこそ100回は繰り返し読んでます。

時代劇が好きだった影響なのかは分かりませんが、「オオトリテエ」は何だって所でしょうか。

和尚と言えば「毒舌日本史」。

つい最近手に入れ読んでいます。

飯能スレを遡ると、去年のツーデーマーチで話が出てたなと思い出しました。

その時の気分で読む書籍を変える、自分流の乱毒ぢゃない乱読ですw

名著だと解ってても無理して読んでも頭に入らないので。
52:猿都瑠 :

2019/05/20 (Mon) 17:09:05

host:*.kddi.com
「法隆寺を科学する」天野正樹著。

てげてげだったか放知技で紹介されて以来、亀さんブログで思い出す前は忘却していました。

序で最初の二行を読んで、この文体はもしかしたらと思ったら、やはり飯山先生。

猿都瑠さんお久し振りって言われた気がして、懐かしさが込み上げて来ました。

少し時間が出来そうな6月下旬にでも、法隆寺や飛鳥、三輪山の一帯を散策して、飛鳥時代と呼ばれた時代に思いを馳せようかなと。
51:たかひろ :

2019/05/14 (Tue) 19:10:56

host:*.au-net.ne.jp
亀さんコメントありがとうございます。お酒に食事処は色々あり悩みます(笑)飯山さんが、まだご存命の時に宗像大社と、もしかしたら志賀海神社も行かれてたようです。志賀海神社は海の神様の総本山だそうです。志賀海神社の近くにある中西食堂のチャンポン、サザエ丼、サザエの壷焼きなど、お勧めです(笑)
50:亀さん:

2019/05/14 (Tue) 17:02:18

host:*.t-com.ne.jp
>>48

conttさん、返信多謝。

> なので記記以前の文字は無いと仮定してのコメントです

そうでしたか、神代文字を未だに信じ切っている人たちが多く、アレ? conttさんも…と勘違いしておりました。申し訳ない。今後もいろいろな書籍の情報をお知らせください m(.___.)m


>>49

たかひろさん、小生、機会があれば福岡に行き、安曇族と宗像族関連の史跡を見学したいと切望しています。特に、宗像大社…。拙ブログにも書きました。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-486.html

もし、互いにスケジュールが合えば、一杯やりましょう!!! 何処か、美味い飯と酒を呑ませてくれる店を案内してください。

金印事件ですが、三浦佑之氏が著した『金印偽造事件』が、拙宅の何処かに眠っているはずなんですが、見つかりませんwww でも、飯山史観の編集に着手してから、読む気がしなくなりました。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
49:たかひろ :

2019/05/14 (Tue) 15:01:36

host:*.au-net.ne.jp
>>46亀さんへ。私の実家エリアは志賀島から橋を渡ったエリアで車で10分もかからない場所です。金印出土は、偶然にしてはタイミングが良すぎと思いますね私の通った志賀中学校には校内に、いくつか、万葉集の歌碑があります。もしかしたら、福岡市の北にある古賀市、宗像市の出土したものに、なんか関係あるかもです。後、志賀島の安曇一族や宗像一族も、もしかしたらです。
48:contt :

2019/05/14 (Tue) 10:09:12

host:*.access-internet.ne.jp
硯からの古代文字に関しては可能性と書きましたが・・・・

リンク以外でも検索されるとブログ等で硯を取り上げている方はいます

神代文字は知っていますが一般に文字として扱っていない

なので記記以前の文字は無いと仮定してのコメントです

田中氏は邪馬台国に関して飯山さんほどではないのだと思いますね

飯山さんに質問してましたが読解力も異常に高かったです 的確でしたね

実感してます







47:亀さん:

2019/05/14 (Tue) 01:54:05

host:*.t-com.ne.jp
>>46

× 稲荷山古墳の木簡
〇 稲荷山古墳の鉄剣


亀さん拝
46:亀さん:

2019/05/14 (Tue) 01:44:07

host:*.t-com.ne.jp
>>45

リンク先を確認してみましたが、毎日新聞の有料記事であり、最初の数行だけしか読むことができないwww こうした記事の有料化、最近に至って顕著な傾向であり、読売も同様なことを始めましたね。しかし、今まで無料だった記事を読んできたからこそ分かるのですが、日本の大手マスコミ記事の場合、お金を払ってまで読む価値は、全部とは言わないまでも、殆どないと思います。小生の場合、一年前に長年続けてきた東京新聞の購読を止めましたが、止めてもちっとも困らない…(爆)

ともあれ、紀元前二世紀~一世紀の硯が福岡の遺跡で発見されたとのこと。時代は下って古墳時代の木簡、たとえば小生の地元の稲荷山古墳の木簡のように、福岡で硯の他に文字が残っているものも発見されたというのなら、小生も注目したでしょうが、硯だけではねぇ…。同時に思い出したのは、同じ福岡で〝発見〟されたという金印出土事件www。


田中英道氏の『日本の起源は日高見国にあった』に目を通したことはありませんが、同書のカスタマー・レビューを読む限り、同書に目を通す価値はなさそうです。たとえば、「キリシタン」というハンドル名の人は以下のような書いていました。

__________
 記紀の内容を否定するにしては、その根拠が主観的かつ薄弱であり、著者のいう記紀に書かれていない真実の根拠が全く明示されていない。また日高見国は特定の場所を指すのではなく、朝廷からみて日の出にあたる東方に対する尊称である。その根拠として、大祓詞に「大倭(おほやまと)日高見国を安國と定め奉りて」と書かれてある。つまり、日向から見て大和は東の方角に当たる。神武天皇が東征される前は日向に朝廷が存在したのであるから、日向を中心に考えると大和は日向の東方すなわち日の出の方角にある。これにより大和は日向にとって日高見国にあたる。大和に朝廷が移れば、関東地方や東北地方が朝廷にとって東方にあたる。故にこれらの地域が日高見国とされるのである。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

また、『邪馬台国は存在しなかった』という本にしても、山形秋郷先生の書籍に目を通していればお分かりのように、日本に邪馬台国は存在していなかったのは確かですが、遼東半島には存在していたということを田中氏は気づいていません。

ここまで書いて、「神代文字」を思い出しました。放知技のトップにある「検索」に“神代文字”と入力してみてください。飯山さんや小生のカキコもあります。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
45:contt :

2019/05/13 (Mon) 19:56:05

host:*.access-internet.ne.jp
 亀さん本は役に立ちますかね

北部九州に紀元前の硯製作跡 国内の文字使用開始
  https://mainichi.jp/articles/20190219/k00/00m/040/236000c

古代文字の可能性が高くなってきました 

歴史系の発表は国際情勢が絡むようなのでこれから色々出るのでは
44:亀さん:

2019/05/13 (Mon) 03:45:54

host:*.t-com.ne.jp
>>42

猿都瑠さん、貴重な情報ありがとうございます。価格も良心的だし、一家の宝物になりますね。

> 開くだけでも精神が落ち着くようです。

御意。古事記には神意が籠められています。

また、飯山さんも記紀について以下のように書いていますね。
__________
しかし,「古典」と言われる本は別だ.

とくに『日本書紀』と『古事記』は,全文・全行を熟読し,さらに「行間」を読み抜かなければ,古代史の真相・真実は見えてこない.
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16422161/950/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
日本史の深奥に迫る上で、また飯山史観を編集する上で、記紀は重要な古典だと再認識した次第です。


>>43

conttさんが取り上げてくれた三冊の本、特に『日本の起源は日高見国にあった: 縄文・弥生時代の歴史的復元』(田中英道)の「日高見国」、10年ほど前、さる神社の宮司に日高見国について数回にわたり語り聞かせていただいたことを思い出し、久しぶりに旧友に街中で出会ったような懐かしさを覚えました。

縄文時代の東北と言えば咄嗟に三内丸山遺跡を連想するのだし、大湯環状列石については、「縄文の息吹」と題する拙記事でも少し取り上げました。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-1200.html

無論、三内丸山遺跡についても少しだけですが言及しています。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-1619.html

このあたり、拙ブログの「古墳時代」シリーズで、太陽信仰、聖方位、ツラン等を絡めて記事にしたいと思います。

ありがとうございました。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
43:contt :

2019/05/12 (Sun) 21:20:24

host:*.mvno.net

 

 日本精神分析   柄谷行人

 日本人を肯定する―近代保守の死  田中英道

 日本の起源は日高見国にあった: 縄文・弥生時代の歴史的復元  田中英道

 
42:猿都瑠 :

2019/05/12 (Sun) 16:58:56

host:*.kddi.com
『朗読のための 古訓古事記』

http://yamato.la.coocan.jp/ts-02.html

今日、書店で誰でも購入できる角川文庫や岩波文庫などの『古事記』は、みな本居宣長の書いた『古事記伝』や『訂正古訓古事記』がもとになっています。
しかしそのもとになっている「古訓古事記」を読んでみたいと思ってもなかなか簡単に手に入らないのです。
そこで本書は『訂正古訓古事記』を忠実に書き下している岩波文庫の『古事記』(幸田成友・昭和19年改訂版)をもとにして再編集を試みました。
本文の文字も大きく、総ふりがなになっていますから読みやすいと思います。
そして『古事記』は古代の祝詞(のりと)のような力強いリズムを持っています。黙読だけでなく、声に出して読むときに、『古事記』の本当の魅力が伝わってくるように思います。
そんな思いをこめて、『朗読のための古訓古事記』と題してみました。

和綴じ本で文庫分に比べて遥かに文字が読みやすいサイズ、先日届いて見開いてみました。

開くだけでも精神が落ち着くようです。

早速寝る前に音読してみます。
41:亀さん:

2019/04/30 (Tue) 04:01:58

host:*.t-com.ne.jp
http://bbs6.fc2.com//bbs/img/_409100/409098/full/409098_1556564518.jpg >>40

> 音読をすると意味が朧気ながら輪郭が見えてくる

仰せのとおり! 

小生と古事記との付き合いは高校生の時に始まり、爾来50年が経ちました。

その後、十年ほど前に天童竺丸編集長が作成した↑『ふることふみ かみよのまき』↑を、毎晩風呂の中で諳誦しています。ちなみに、ココ放知技でも、古事記と音読についての良記事を紹介したことがあります。題して「古事記の讀み方」。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/13007953/153/

ちなみに、この投稿に添付した『ふることふみ かみよのまき』は、幸田成友の手による校訂版です。数ある古事記の校訂版の中で、何故に幸田成友のものが最高なのか、という理由が分かります。ちなみに、幸田成行(露伴)は幸田成友の兄です。

露伴と謂えば、今東光和尚は露伴を高く評価しており、拙ブログでも和尚の記事を紹介しました。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-10.html
幸田家の人びと



平成最後の日を独り静かに過ごす亀さん@人生は冥土までの暇潰し
40:猿都瑠 :

2019/04/29 (Mon) 03:26:49

host:*.eonet.ne.jp
>>38
メッさん

奇跡の経済教室【基礎知識編】は近々購入します。

確かに何か一つに突出した著作は多々ありますが、常に思うのは物足らない部分が目に付く事でしょうか。

國體論とか読んでいても、やはり飯山史観を知る者としては、そこを修正しながら読まなければならない。

一つ上の次元から俯瞰してるように見えるので、その修正を言語化する作業が必要となる。

幸いにも幾人もの先達が放知技にはおられるので、幸せな環境に居るんだなと、飯山翁の偉大さに感謝する日々を過ごしています。



>>33
亀さん

はい、柳田翁のその部分の記述も勿論目に留まってます。

柳田翁が神話と取り組んでいれば、南方熊楠と並び立ってたのではないかと。

南方熊楠については、鶴見和子の1冊を読んだに過ぎないので何とも言えませんが。

去年3月の堺の集まりで、飯山翁が鶴見和子は鶴見俊輔の娘って言ってましたけど、姉ですって訂正出来なかった事が悔やまれます。

それにしても読書と名著と呼ばれる著作と向き合うと、どんどん知らない世界が見えて来て、謙虚になれますね。

上から目線で一端の評論家気取りなんか恥ずかしくてw
39:猿都瑠 :

2019/04/29 (Mon) 03:03:24

host:*.eonet.ne.jp
『昭和天皇の学ばれた「倫理」―倫理御進講草案抄』杉浦重剛著

天皇霊性の時代に杉浦重剛氏の事が書かれており、そこに「倫理」があったんですね。

早速探してみると、最近に出版されてる事を知り、ジュンク堂神戸店に立ち寄りました。

すると、『昭和天皇の学ばれた教育勅語』杉浦重剛著 も並んでるじゃありませんか。

二冊を持ってレジに行きました。

亀さんは今、古事記を音読されてるとの事ですが、今まで自分は黙読でした。

しかしこの二冊は音読が良いとの直感がして、音読を始めました。

昭和天皇の受けられた帝王学の極致が詰まっている。

霊性を知るには同じ道を辿ってみたらどうかと。

不思議と音読の方が頭に入っていくようです。

当時の文体そのものなので、現代語訳は無い。

しかし不思議なもので、音読をすると意味が朧気ながら輪郭が見えてくるんですね。

戦前の教育の最高峰のエッセンスを吸収すれば、その頃の独立国家としての我が国の雰囲気だけでも味わえる気がします。

日本という国は世界で最も過去と断絶が無い国と思ってましたが、やはり戦前と戦後の断絶は日本国建国以来最大と言えるでしょうね。

この溝を埋める日本人が一人でも増えることを祈って。
38:mespesado:

2019/04/28 (Sun) 16:13:25

host:*.itscom.jp

 たった今、メインスレの #419 で紹介した中野剛志氏の記事の最後で紹介

されていた氏自身による新刊:

奇跡の経済教室【基礎知識編】

https://www.amazon.co.jp/%E7%9B%AE%E3%81%8B%E3%82%89%E3%82%A6%E3%83%AD%E3%82%B3%E3%81%8C%E8%90%BD%E3%81%A1%E3%82%8B-%E5%A5%87%E8%B7%A1%E3%81%AE%E7%B5%8C%E6%B8%88%E6%95%99%E5%AE%A4%E3%80%90%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E7%9F%A5%E8%AD%98%E7%B7%A8%E3%80%91-%E4%B8%AD%E9%87%8E%E5%89%9B%E5%BF%97/dp/4584138958


 が届いたので一気に読みました。

 読み終わって「う~ん。他のあらゆる経済学者の本より基本的なところで

マシな本だな~。だけどちょっと違うな~」という感想を持ちました。

 どうも「経済」の理解には2つのレベルがあるような気がしていて、その

下層は「現実への応用という意味で科学的に正しい経済学を理解しているか」

というレベル、それに対して上層は「人間の情動や“霊性”なども含んだあ

らゆる現実に即した本質を理解しているか」というレベル。この2つのレベ

ル感で見た場合、中野さんの著書は下層のレベル感の中で論じた場合、ほぼ

完璧と言っていい内容で、他の経済学者がいかにポンコツかわかるというも

のです。

 しかし、上層での理解という面ではイマイチです。例えば中野さんは反グ

ローバリズムですし、そもそもの根底で「生産者/労働者の幸福第一主義」

です。「消費者の都合」を副次的に考えている、という点で私は満足できな

かった。本来なら「生産は消費のための手段に過ぎない」のだから、「消費

者の都合」こそ第一に考えるべきで、そうなるとグローバリズムは悪いこと

ではない。

 ただ、そういう弱点はあるものの、こと「科学としての」経済学という点

でいえば、在来の「経済学」のアカデミズムに対する批判は全くもって適切

であるし、基本的なところで氏の書いた内容を超える経済学の著書は存在し

ない、と断言してよいレベルだと思います。
37:亀さん:

2019/04/28 (Sun) 06:42:45

host:*.t-com.ne.jp
やっと暖かい春の気候に慣れてきたというのに、昨朝と今朝は例年になく寒く、キーボードを打つ手を幾度もこすり合わせるほどでした。北海道は雪だったというから無理もないか…

>>35


> 日本神道は宗教などというものではない。

御意。また、神道には教祖がいない、というmespesadoさんの視点、言われてみればなるほどであり、新鮮でした。

教祖の有無という視点に痺れた後、もう一つの痺れがありました。それは、神計らいで今日発行の『みち』を校正中に目にした、聖書についての一文です。

__________
神が複数存在する。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

小生は時折ブログで、「一神教vs.多神教」という話を引き合いに出しますが、一神教と言うと「唯一の神」というイメージを抱きがちです。しかし、聖書には"Gods"という複数形や名を変えた〝神々〟が多く登場していることに、十代の頃に住み始めたアメリカで、特に最後の一年間ほど毎週のように通っていた、教会で何となく疑問に思っていました。このあたりは長年腑に落ちなかったのですが、「神が複数存在する」という明確な背景を指摘していた、ミュージシャンであるJINMOさんの一文に接し、大いに頷けるものがあったのだし、また、今まで断片的だった聖書の〝神々〟について、漸く納得のいく視座を獲得できたような気分になった今朝でした。

加えて、見事なアナロジーにも接しました。
__________
アブラハムによってユダヤ教が始まってから、その聖典・旧約聖書が完成するまで1200年もの長きを要している(執筆期間は400年間)。

例えるなら、平安時代の初期に始まった宗教団体が、21世紀の今日、ようやく聖典を手にしたようなものだ。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
神道の八百万の神々同様、原始ユダヤ教にも複数の神々が存在していたことは知っていたが、それが唯一の神に変わっていった過程はどうだったのか、今後の研究対象にしたいと思った次第。それにしても、「平安時代の初期に始まった宗教団体が、21世紀の今日、ようやく聖典を手にしたようなもの」という比喩、お見事です!


それから、>>34で紹介した動画の我那覇真子さん、今でも政治活動家として活躍中です。


亀さん@人生は冥土までの暇潰し
36:猿都瑠 :

2019/04/27 (Sat) 15:25:15

host:*.au-net.ne.jp
>>34

サヨクは二言目には安倍政権は嘘つきだと言いますけど、

自説を強化する為に、作話を我田引水的にさぞ事実の様に喧伝してきた罪は、相当に重いものですよね。

陛下こそが護憲を訴えておられるみたいな、まぁこれは彼らの都合のよい思い込みでしょうけど。

昭和天皇も1975年を最後に靖国参拝をされなかったんですが、靖国参拝をしたい想いは「うた」に込められてるんですよね。

決してサヨクが言うような、ましてや中韓に対する配慮なんかではない。

中韓に配慮し続けて来たのは政の方であったと。

やはりこの国と言うような言い方をする人間が増えた結果でしょう。

ところが、我が国と語る安倍晋三という政治家が出てきた。

日本という国家を下に見ていた連中からすると、国家を上に見る政治家とは嫌悪の対象以外何物でもない。

それが安倍政権支持と反安倍の現象としての今現在の政治批評なんでしょうね。
35:mespesado:

2019/04/27 (Sat) 09:34:41

host:*.itscom.jp

>>33

> 神話は神話などというものではない。


 おお、この一文に痺れましたw!

 神話、あるいは宗教ですが、日本神道もタテマエ上は数ある「宗教」の一

つと見做されていますが、上の引用文になぞらえると


> 日本神道は宗教などというものではない。


ですよね。なぞらえ、というよりは、全く同じことの別表現に過ぎないくら

いです。つまり日本神話、日本神道は土着な要素が非常に強い。例えば儒教

やキリスト教や仏教やイスラム教は「教祖」がいます。日本神道に対応する

のはヒンズー教くらいでしょうか。

 対する「神話」の場合も、戦後の歴史学者は『古事記』や『日本書紀』の

日本神話を、『古事記』や『日本書紀』完成時点である7世紀に後から創作

されたものだ、などと根拠のないことを言う。これは戦前の、日本神話をそ

のまま史実であるとして社会科で教えてきたことの“WGIP洗脳による”

反省から、完全否定してしまったことの現れでしょう。
34:mespesado:

2019/04/27 (Sat) 09:18:09

host:*.itscom.jp

>>33

> ちなみに、「この国」という言い方についての小生の愚見は、拙ブログ
> 「沖縄の心」にも少し書きました。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-60.html


 リンク先の動画見ました。2013年(皇紀2673年、平成25年)の

段階で既に保守側というか、アンチ左翼の内容を評価しておられた亀さんに

は敬服です。

 さて、「この国」と「我が国」の違いですが、確かに「この国」というの

は、一見すると自分の母国である日本を冷静に眺めるための「客観視した言

い方」のように見えるかもしれないが、それは絶対違いますね。

 もし客観的に眺めたいときは「この国」とは言わず、ただ「日本」と言っ

てますよ、そういう場合は。

 ではどういうときに「この国」という言い方をするかというと、日本を見

下している場合ですね、特にサヨク界隈で。サヨクな人は、保守から「反日」

と呼ばれていますし。ただ、サヨクからすると、「日本が嫌いなわけじゃな

い。政府が気に入らないんだ」と言うのですが、選挙で自民が圧勝するたび

に、「おかしいな、あんな悪政ばかりしている自民党政権が何で選挙で勝つ

んだろう。そうだ!それはきっと大多数の国民は金持ちに雇用や賃金で首根

っこ掴まれてるから金持ち優遇の自民党に投票を強要され、本心である野党

に投票できないからだ。じゃあそんな金持ちを力で倒すしかない。革命だ!」

という流れになるからサヨクは革命が好きなわけですネ。

 いずれにせよ、サヨクな人たちは、自分たちが正しい。一番エライという

考えに凝り固まってる。「この国」という上から目線の表現は、まさにその

象徴です。
33:亀さん:

2019/04/27 (Sat) 02:23:25

host:*.t-com.ne.jp
>>32

> この文章には痺れました。

『天皇霊性の時代』p.119の行に痺れると書いた、猿都瑠さんに痺れました。ちなみに、「この国」という言い方についての小生の愚見は、拙ブログ「沖縄の心」にも少し書きました。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-60.html

同書の次小節、「神話は霊性の大河の水源である」(p.120)にも目が留まったと思いますが、竹本は柳田國男を取り上げていますね。
__________
民俗学の大家、柳田国男翁は、最晩年に、こう痛恨の一言を発したと伝えられています。
------------
「しまった。言語や方言などに熱をあげるんじゃなかった! 神話を研究すべきだった。なぜなら、神話は、神話などというものではないからだ。日本人とは何かを知るために自ら聞いた民俗学の目標は、究極には日本の神々の研究によって果たされるべきだった。だが、もう時間がない!」
------------

神話は神話などというものではない。

では何か、といえば、それは霊性の大河である、と筆者(柳田國男)は言いたいように思います。その大河には、さらに、水源がある。そこに遡って、流れと身をなして下るべし--と。

柳田翁の後悔を私どもも引きずってはなりますまい。

『天皇霊性の時代』p.124
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
小生、その霊性と五月一日に接してきます。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
32:猿都瑠 :

2019/04/26 (Fri) 16:39:28

host:*.au-net.ne.jp
>>31
亀さん

『天皇霊性の時代』を読んでます。

『昭和天皇のおほみうた』と併読中です。

天皇陛下に付いて語る上に於いて必読ですね。

天皇陛下こそが憲法護持の云々とか、そんなものは戦後民主主義に毒された寝言であると言って過言じゃ無いでしょう。

それはさておき、まだ半分ぐらいなんですけど、『天皇霊性の時代』P119から。

「この国の形」というような、客体化した、冷ややかな物言いを聞くことはあっても、

「我が国の姿」という、血の通った理想像を語る声は稀にしか聞かれなくなりました。

形は作るものであり、外的なものですが、姿は全体であり、もともとある、何かしら内面の顕れです。

天皇皇后両陛下の熱祷※に日本の真姿は支えられてきましたが、

憲法に名を借りて、政の府は、あまりにもそこから遠去かりすぎてきたのではないでしょうか。

この文章には痺れました。

※熱祷(ねつとう)の祷は示壽

何とか平成の間に読み終わりたいと思います。
31:亀さん:

2019/04/21 (Sun) 07:23:16

host:*.t-com.ne.jp
>>30

> 『毒舌仏教入門』

和尚の『毒舌仏教入門』に目を通すとは流石です! 同署は確か、戸津説法をベースにした本だと朧気に記憶していますが、久しぶりに再読したくなりましたwww

仏教といえば、最近本スレで霊性について言及するようになりましたが、霊性といえば鈴木大拙の『日本的霊性』ですね。確か過去に読んでいるはずと、今個人データベースで確認しましたが、同師の別の本でした。だから未読なので一瞬取り寄せようと思いましたが、すでに『天皇霊性の時代』で霊性を知っているので、まぁ読まなくてもいいかと…。>>28の愚山人さんの言葉ではないけど、亀さんも「今や 寡読」、つうか、今は本より酒です(爆)

『言志四録』は小生の手許にもありますが、素晴らしい人生指南の書だと思いマス。同書に目を通した人たちに南洲や今東光がいますが、以下は『言志四録』と同時に和尚のことも取り上げたサイトです。
https://www.utok.jp/%E4%BB%8A%E6%9D%B1%E5%85%89%E3%81%AE%E6%AF%92%E8%88%8C%E4%BA%BA%E7%94%9F%E7%9B%B8%E8%AB%87%EF%BC%8D%E3%81%9D%E3%81%AE%EF%BC%91%E3%80%8C%E6%9C%AC%E9%9F%B3%E3%81%A8%E5%BB%BA%E5%89%8D%E3%80%8D6/



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
30:猿都瑠 :

2019/04/20 (Sat) 16:04:19

host:*.au-net.ne.jp
先日読了したのが、今東光著『毒舌仏教入門』です。

戸津説法の五日分が収まっており、1日分ずつ読むのがちょうどいい。

今東光和尚の著作は、飯能の高倉健こと亀さんに去年のツーデーズマーチから薦められており、今月に神戸の古書店で手にしました。

和尚の著作はあるようで売ってない(^^;

しかし本との出会いは最近特に、本の方が手招きして来るんですね。

今回も本棚の上段を見上げると、今東光の文字が目に入る。

読み始めたら止まらない。

参議院議員も務めたので、政治の話も入ってくる。

中道とは、とか、明治憲法の方がお気に入りだが、信仰の自由が良くないとか、政教分離とかアホかと言う。

もちろん日本仏教の祖である天台の僧なので、仏教に付いても非常に分かりやすい入門書になっている。

同じ比叡山で修行した苫米地のように頭でっかちな所がまるでない。

日本って国をホンマによー見てますわ。お薦めします。
29:猿都瑠 :

2019/04/20 (Sat) 15:45:17

host:*.au-net.ne.jp
>>28

言志四録から大西郷が選んで手抄言志録として入ってるというあれですね。

昔の偉人や学者と言うのは、現代人より遥かに素養があったんだなと思います。

言志四録は分厚い辞書みたいなのが家にありますが、ググる事なく少し読んで購入しましたが読んでいない(^^;
28:愚山人 :

2019/04/19 (Fri) 16:13:24

host:*.asahi-net.or.jp


壮年までは 飯のタネたる専門書ばかり読んでおりました。

ある時 己の専門バカに気づかされ

視点を変えて 意の動くまま 本を読み漁りました。

所謂乱読です。

しかし、

老境に入るに及んで乱読を反省し(体力の衰え!?)

今や 寡読です。


8年前の 大地震とこれに起因するフの黒煙……

あの日以来 逃げる(避難)準備をしていますが、

取り敢えず 咄嗟に掴んで逃げるショルダーバッグに一冊の本を

収めました。

悩んだ末の 究極の一冊 僅僅108頁の小冊子 

岩波文庫の『西郷南洲遺訓』です。五百円です(税別)。

付録で手抄言志録と遺文とがあります。

薄い本ですが、内容は濃いです。


27:猿都瑠 :

2019/04/19 (Fri) 15:27:04

host:*.au-net.ne.jp
ままりん様、放知技の末っ…ぢゃなかった、初めてのスレ主になりました猿都瑠でございます(笑)

面白そうな本ですね。

エピジェネティクスって何だったっけとググりましたよ(^^;

自分は今、西原克成先生や三木成夫教授の読書は一旦休憩中です(^^;

國體や天皇関係ばかりに。

飯能の飲兵衛のおぢさんの影響が大きくて( ´∀`)Σ⊂(゚Д゚ )

いづれ生命論方面に戻る時期が来ると思いますので、読んでみたいと思います(*⌒∇⌒*)

『昭和天皇のおほみうた』は昨日、一気に百頁を読んでしまいました。

同じ展転社から出ている、里見岸雄氏の『国体思想史』を先日、神保町で発見してしまい、これも読み始めました。

軽々しくWGIPに染まってる事も分からない左翼系の学者が國體に付いて語る軽薄さが如実に現れますね。

早速、今出ている残り6冊も注文。

全14巻、原稿用紙35000枚の大作です(^^;

発売されるまで時間が掛かっている事から、全て発刊されるか心配です(^^;
26:ままりん :

2019/04/19 (Fri) 12:53:54

host:*.infoweb.ne.jp
猿都瑠さま

遅まきながら(⌒▽⌒;;;A、新スレッド開設、おめでとうございます ✧٩(ˊωˋ*)و✧。

今、夢中で読んでいる(といっても、すき間時間を活用してなんで
あんまりはかどりませんが ^^;)のが、

ロバート・C・フルフォード&ジーン・ストーン著
アンドルー・ワイル序文
上野恵一訳
『いのちの輝き フルフォード博士が語る自然治癒力』 

です。あまりに感動して、原作と照らし合わせて読んでいます。

この本のことで、今村先生のとこにお邪魔しに行こうと思っていたところでしたが、
前に、真柄俊一著『がんは治療困難な特別な病気ではありません!』で
書かれていたエピジェネティクスに通じることが書いてあったので、ビックリ!

是非是非、読んでみて欲しい一冊です。

25:亀さん:

2019/04/13 (Sat) 06:54:36

host:*.t-com.ne.jp
>>24

> 両方とも即Amazonで注文しましたw




カプセルよりラブの方かE-亀さん@人生は冥土までの暇潰し
24:猿都瑠 :

2019/04/13 (Sat) 02:47:10

host:*.eonet.ne.jp
>>19

両方とも即Amazonで注文しましたw

ビジネスとカプセルを使い分ける猿都瑠@絶賛乱読中
23:虻 solute :

2019/04/13 (Sat) 00:44:39

host:*.enabler.ne.jp


猿都瑠先輩曰く・・・<禁断の果実とゎ「金利」ぢゃ無いのかと> とわ


ぬぁんと申しますか・・・一刀両断ですね

エンデの「利子のないお金」の世界が ふと頭をかすめ

ニンゲンわ 既に自然界からも「金利」を貪っているのでわないかと

今更叫んでも 一笑に付されるのがオチでしょうけど


かのイスラム金融世界わ グローバルスタンダードとなりうるか

現在のイスラム教徒わ 世界中に16億人存在し

イスラム金融の資産総額わ 250兆円とも言われており

遠い将来 2100年頃にわ イスラム教徒が最大勢力になるとの予測もあり

近代文明の在り方(国家・都市・支配構造など)そのものが変容しようとも

その日わ 必ずや訪れるであろう・・・なーんてヨタ飛ばしたら


猿都瑠先輩やメスペちゃんから 嗤われるであろうから この辺で
22:堺のおっさん:

2019/04/12 (Fri) 18:12:10

host:*.enabler.ne.jp

ここの所、道州制を盛んに書き込んでいるが、

反応がないので、少々がっかりしている。

日本を取り戻す、と言う日本とは何だろうか?

明治のそれではない。

私は、國體と政体の二重構造には道州制こそふさわしいと思う。

明治以前の日本で中央集権的であった時代はほとんどない。

だからこそ、国家としての統一を保つために國體は必要でもあった。

権威と権力は並立するが、権力もまた、真の意味で一元的ではない。

中央集権国家は、國體の権威の意味合いが薄れてしまうのである。

そして、分権国家は権力を分散することで地方が競い合ってこそ

存在意義を発揮する。

我々現代の日本人は、中央集権国家を当たり前と思っているからこそ、

分権的な国家像が想像できない。

中央政体は国防・経済金融など、統一的に運用しなければならない

課題に集中し、地方政権は産業・生活に注力していく。

こうした棲み分けの中で、國體は本当の意味を持てるだろう。

日本を取り戻す意味を現代に限って考えては、大きな落とし穴に落ちる。
21:猿都瑠 :

2019/04/12 (Fri) 16:14:11

host:*.au-net.ne.jp
>>18

虻先輩

薄暗い山中、そこにかつて人間は畏れを抱き、信仰の対象にしたと。

しかし『お金』と言う人造的に産み出されたものが取って変わって、進歩した科学技術宜しく、山を平気で崩していく。

宗教に代わり、マネーがポジションを奪った。

ところが東日本大震災が起こり、人類万能と誇示するスーパー防波堤は根刮ぎ津波で破壊された。

津波を受け止めたのは自然の山であり、人間の無力さだけが残った。

山を削り、際まで家を建てた結果、土砂崩れが家々を押し潰す。

自然を人類の下に置く傲慢さは悉く返り討ちに遭う。

人間を自然の一部と捉え、自然に寄り添った街造りこそが、災害に強い街でゎないかと。

と色々考えて、キリスト教じゃないが、アダムとイブが禁断の果実を食べた訳だが、禁断の果実とゎ「金利」ぢゃ無いのかと。

今からでも遅くゎないので、自然に対する畏怖を認識しなければと思った次第。
20:猿都瑠 :

2019/04/12 (Fri) 15:57:22

host:*.au-net.ne.jp
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16074479/450/

ローレンス・クラウスと言えば、『宇宙が始まる前には何があったのか? 』が出た当初、目に付いて買ったなと。

宇宙関係の著作を買い漁った時期、それから読んでない(^^;

ホーキングとブラックホールで思い出したのだが、『ブラックホール戦争 スティーヴン・ホーキングとの20年越しの闘い』と言う本がある。

著者のレオナルド・サスキンドは、物理学会の反逆者との異名を取る物理学者。

宇宙のランドスケープと併せて読んだのは10年前。

面白かったと言う余韻しか記憶していないが。



最近の本スレで。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/342/

放知技でメッさんに色々連載して頂いたお陰で、お金に関する話の概要は掴めている、非常に大きなアドバンテージを頂いている。

その中で、メッさんが薦めている『富国と強兵』。

それと平行して読んでいるのが、安西正鷹氏の『国際金融資本がひた隠しに隠すお金の秘密』。

この並読が実にE~。

経済産業省の官僚と銀行員の2つの視点が、お金と言う物の本質の視野を大きく広げてくれる。

未だ読んで3合目ですが、お薦め出来ます。

乱読ばかりで今回こそ完読しなければ(笑)
19:亀さん:

2019/04/12 (Fri) 03:05:43

host:*.t-com.ne.jp
>>17 猿都瑠さん

> 小川秀之氏の著書

加えて、太田明氏の『百人一首の魔方陣』も読むと、和歌の奥深さが分かりますwww
http://pro.cocolog-tcom.com/edu/2010/05/post-16c9.html

そして、やはり『昭和天皇のおほみうた』(鈴木正男著 展転社)だな…
http://pro.cocolog-tcom.com/edu/2011/01/post-27a8.html



一度はカプセルホテルに泊まってみたい亀さん@人生は冥土までの暇潰し
18:虻 solute :

2019/04/11 (Thu) 16:44:20

host:*.enabler.ne.jp

猿都先輩

遠くから眺める山わ 人心をほっとさせるものがありますが

・・・昼なお暗い山中 ワタスにとって恐怖以外の何者でもありません

もし どうしても入山しなければならない事態に陥ったならば

般若心経でも 懐に携えてみようかと・・・雑談しておりましたら

素人がそんなもの 携えて入山しようものなら エライ目に遭うぞと
17:猿都瑠 :

2019/04/11 (Thu) 14:57:48

host:*.au-net.ne.jp
>>14

魔坂、オマンゴローさんにお越し頂けるとは。

そう言えば、加藤鷲ってのもいましたね(笑)

>>15

亀さん、小川秀之氏の著書、とにかく栗本慎一郎より敷居が高い(笑)

1ページ読むのに骨が折れると言うか、脳内温度の上昇でフリーズしそうになります。

途中で挫折したままなので、再度立ち上がって読もうと思いますw

>16

虻さん。

自分はかつての新興住宅街に住んでますが、まさに山を切り崩した後なので、西に走れば1分で山中に、南に2分走れば1分で国有林に突入出来ます。

高学年にもなれば、山中の方が落ち着く自分がおりまして、住みたいと思っていたぐらいです。

小学校の目の前にも森がありまして、時間があったら遊んでましたね。

歩き遠足で行く不動尊近くに民家がありまして、住みたいなと。

しかし当時は暗闇が苦手でして、夜は真っ暗やでと母親に言われて断念した覚えがw

ここ放知技も異界とも呼べるので、お薦めの本はすんなりと読めるのでゎないかと。
16:虻 solute :

2019/04/07 (Sun) 11:49:05

host:*.enabler.ne.jp
http://bbs6.fc2.com//bbs/img/_409100/409098/full/409098_1554605345.jpg

 ~ 山怪 ~ 山人が語る不思議な話(山と渓谷社/田中康弘)


山というのわ 信仰の対象にもなり 現代人にしてみれば 異界に限りなく近いもので

そんな山で 暮らし慣れている人々わ 何を体験しているのか? という

民俗学的アプローチで書かれた インタビュー集


各タイトル「真夜中の行軍」「闇に笑う男」「青い服の女」「行者の忠告」等


文章わ 淡々としており 人々が体験した事実だけを

脚色せず 書いて終わるスタイルが・・・逆に不気味さを倍増させ

起承転結が あやふやだからこその リアリティーがあり

・・・思わず背筋が 寒くなる話もあるが


民話というほど 教訓めいたモノでも無く 怪談というほど

ホラー的要素も無く いわば警告的暗示の役割を果たしており


本書わ すでに 壱・弐・参とシリーズ化され

「ヤマケイの黒本」として密かな人気を博しているので R.


 -以上-
15:亀さん:

2019/04/04 (Thu) 17:26:35

host:*.t-com.ne.jp
きのこ組長さんのブログ記事が実にE-!!!

万葉集の謎を解読した人がいた
http://kinokokumi.blog13.fc2.com/blog-entry-12258.html

これは毎年恒例の歌会の儀についても言えて、小生も陛下の御製と殿下の御歌について、少しだけ深読みして書きました。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16074479/425/

だから、未だ短歌の方に気を取られていて、律令まで手が回りませんwww

小川氏秀之の『額田王の童謡』と『古代天皇制研究』、今度じっくりと再読してみたいと思います。


オマンゴロウさん、お久!!

奈良林祥とわ、何とも懐かしい芳名…。博士の本は性書、もとい聖書ですね!


亀さん@人生は冥土までの暇潰し
14:オマンゴロ~ノヴィッチ・ニコチンスキー :

2019/04/03 (Wed) 18:50:15

host:*.dion.ne.jp

ピ~ポ~パ~ポ~ピィ~

アイゴ~

新板の立ち上げ おめでとうございます<(_ _)>

お久でござます(^^)

っちゅーか

僭越ながら・・・

私目の座右の書・・・


医学博士 奈良林 祥 著

HOW TO SEX.


加藤 鷹 著

秘技伝授.


行き着く処 この二冊しか

アリマセン(^^)/

是非とも一読下さいませ

いじょ(*^_^*)
13:猿都瑠 :

2019/04/03 (Wed) 18:18:14

host:*.au-net.ne.jp
メインスレからの繋がりですけど、『負債論』を購入しました。

600ページは優にある弩級の書籍ですけど。

自分の場合は時間を空けずに一気に読む鹿無いかなと(^^;
12:亀さん:

2019/04/02 (Tue) 15:28:32

host:*.t-com.ne.jp
>>8

> 酒場の話は飯能スレでイイのでわ?www

了解です!

でわ、堺のYさん、今後は呑兵衛と助兵衛の話は「飯能スレ」でやりませう。

ところで、現在ブログ記事をまとめていますが、『祈りの御歌』(竹本忠雄 扶桑社)、お勧めです。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し
11:contt :

2019/04/02 (Tue) 06:32:04

host:*.access-internet.ne.jp
 「禅とオートバイ修理技術」価値の探求  ロバート・M・パーシグ
 
  あなたのクオリティはなんですか? 
  

 隠れてしまったerogはR指定な69でシュポルトに長江からウラルそしてバイエリッシュ辺りを
 駆け抜けているのか?


 
10:猿都瑠 :

2019/04/01 (Mon) 23:02:27

host:*.ucom.ne.jp
さて、自分が最初に紹介しようと思う本は、ごく最近手に入れた本です。

「恐山」

南直哉(じきさい)著 新潮新書です。

著者は禅僧、それも永平寺で修行して恐山の副住職になった経歴の持ち主です。

実は南直哉氏の著書と出会ったのはこの恐山ではなく、ジュンク堂で本を購入しようとしていた時でした。

だいたい一冊ではなくまとめ買いをするので、何かないかなと探していた時に手に取った本です。

「超越と実存 「無常」をめぐる仏教史」。

小林秀雄賞受賞の文字が大きく載った帯以前に、最近特に古書店街であれ大書店であれ、本の方が手招きする事があります。

持ち歩いてはいたんですが、不思議と開いてすらいませんでした。

そこへ「恐山」と出会い、数日後に開いてみたんですね。

言い方はあれですけど、お菓子のカールみたいな本です。

止められない止まらないってCMのあれです。

ただ、道元に興味があり、禅にも興味があり、そして恐山とは、イタコとは等々、そのような意識が明確にある方にこそお勧めできると思います。
9:猿都瑠 :

2019/04/01 (Mon) 22:46:30

host:*.ucom.ne.jp
>>6
メッさん。

また手に入れて読む本が増えました(笑)

そうそう、以前漢文を前から読んでいくと言われてたので、自分も論語をそう読み始めた所、不思議ですね。

あれだけ嫌いで苦手だった漢文が、ストレス無く読める気になってくるという。

アレルギーすらあったぐらいですけど、前向きになるとこうも向き合う態勢が変わってくるんですね。
8:猿都瑠 :

2019/04/01 (Mon) 22:42:56

host:*.ucom.ne.jp
>>2
たかひろさん。

自分は佐藤氏の著作は読まずに古本屋に売却しました(笑)

確かに神田神保町を体験してしまうと、他の古書店街に行っても揃ってませんから。

日本の古本屋で調べて大阪近辺にある時は、足を伸ばして行っています。


>>3
亀さん。

しばらく新スレを立ち上げるかどうかここ半年は迷っていたんですが、自スレを持っても良いかなと思ったのでw

ぎのご姉さんの新スレを見て、立ち上げる決心がつきました(笑)

酒場の話は飯能スレでイイのでわ?www

>>4
Yさん。

まさかの書き込み、ありがとうございます。

志布志行きは御老公(方)にお仕えする身で行ったので、気になされないでください(笑)

東北一郎会の感想も是非カキコして下さい。
7:たかひろ :

2019/03/31 (Sun) 21:54:00

host:*.au-net.ne.jp
メッサさん、私も富国と強兵を買って読もうかと思ってましたよ。明日、ネットで取り寄せます。あまりに東大法学部は相変わらず官僚組織を牛耳ってますな&#12316;。
6:mespesado:

2019/03/31 (Sun) 20:45:46

host:*.itscom.jp

 すでにメインスレでも書いていますが、中野剛志氏の『富国と強兵』は、

「実用」経済学を知りたい人にはオススメの本です。

 とにかく最初から経済学それ自体の問題点を、経済学の中心的学説をきち

んと研究史を踏まえてファクトの部分を仮説の部分と明確に切り分けて解説

しています。経済官庁というと、まずは「財務省」を思い浮かべる人が多い

と思いますし、確かに財務省OBの高橋洋一さんは有名ですが、そもそも財

務官僚のほとんどは法学部出身で、法律は専門だが経済はシロウトが多い。

また財務官僚では異例の技術系出身者である高橋さんとて専門は数学だった

ので経済が専門なわけではないし、あとから経済学を教科書で学んだような、

「経済学非ネイティブ」の理解する経済学は、経済学の教科書を書いた経済

学者の受け売りでしかなく、その経済学者の大半が真の意味で「経済オンチ」

なのですから話にならない。

 これに対して中野剛志さんは現役の経産官僚であり、経産省は一番の「経

済官庁」で、企業を所管する、いわば「生きた経済学」を実践している官庁

なので、経済に対する理解は(経済学者の机上の空論と違って)筋金入りで

す。なので、この本はイイです。メインスレの連載「新しい金融理論」では

この本をベースに(ただし中野さんが「この理論が正しい」と指定している

経済学者の説も本質的なところでオカシイところがあるので、この本を全面

的に信用していいわけではないです)しばらく論じたいと思います。
5:亀さん:

2019/03/31 (Sun) 07:19:44

host:*.t-com.ne.jp
>>4

ありゃ魔~、堺一のスケ●ー、Yさん… (;゜ロ゜)エェ??


飯山さんが生前、あれほど「放知技にカキコして猪!」と言っていたのに、一度も登場しなかったくせに、今度はドーユー風の吹き回し???

それはともかく、放知技への初登場、ウェルカメ…、ウェルカムです!!!

こう鳴門、ココ、猿都瑠さんの「書斎」つうスレに相応しいのは『古事記』…

実わ、小生、毎晩風呂で20分ほど古事記を唱えています。
__________
爾伊邪那岐命詔「我身者、成成而成餘處一處在」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
続けて…
__________
爾伊邪那岐命詔「然者、吾與汝行廻逢是天之御柱而、爲美斗能麻具波比」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
と、「成餘處一處在」(男の一物)とか、「美斗能麻具波比」(男女の〝秘め事〟)を一日一回は必ず唱えている…、つうことになります(爆)


> 東北、本妻同伴

今回は〝本妻〟同伴ですかwww えっ、東北ツウことは、東北一郎会に出席するつうことですか?



飯能の渥美清…、ではなくて高倉健こと亀さん@人生は冥土までの暇潰し
4:堺のY :

2019/03/30 (Sat) 09:21:03

host:*.mesh.ad.jp
猿都瑠さん御開帳みてますよ
志布志ではヘロヘロでごめん
亀さん仕事も秘め事も頑張ってください
堺のおっさん東北、本妻同伴で逝ってきます
夫人関連の本しか読まない@Y
3:亀さん:

2019/03/30 (Sat) 06:08:43

host:*.t-com.ne.jp
猿都瑠さん、初のスレッド開設、初のスレッドオーナー、おめでとうございます!

これから、猿都瑠さんを中心に、皆さんから、どのような本が話題になるのか、非常に楽しみにしております。新スレッドのリーダーとして頑張ってください。


小生も、「放知技の酒場」とでも題して、助兵衛…、ではなくて呑兵衛同士のスレッドを立ち上げたくなりましたwww



老骨に鞭打ちお仕事中の亀さん@人生は冥土までの暇潰し
2:たかひろ :

2019/03/29 (Fri) 22:43:15

host:*.au-net.ne.jp
猿都瑠さん、恥ずかしながら、今は元外務省情報分析官だった佐藤優氏の埼玉県立浦和高校を読んでいます。あと10冊ほど彼の書籍があるので一通り読む予定です。東京の神田などのように古書街がこちらにもあれば良いのですが。まともに読みたい本を買えば十万以上になるので、なかなか難しいです(^^;

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